ゲイリー・オールドマンがイギリスの政治家ウィンストン・チャーチルを演じ、第90回アカデミー賞で主演男優賞を受賞した映画『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』。チャーチルの首相就任からダンケルクの戦いまでの知られざる4週間という実在の歴史を見事に描き切った傑作ドラマです。
実際はチャーチルと似ても似つかないゲイリー・オールドマンを、本人ソックリに変身させたのは、メイクアップアーティストの辻一弘さん。アカデミー賞3回目のノミネートで見事「メイクアップ&ヘアスタイリング賞」を受賞しました。
ガジェット通信は映画のPRの為、一時帰国した辻さんご本人にインタビューを敢行。「映画業界を退いていたが、ゲイリー・オールドマンたっての希望で本作に参加した」という胸アツエピソードについても伺ってきました。
――アカデミー賞受賞おめでとうございます! いきなりミーハーな質問ですみません。受賞した後にはお祝いメールがたくさん来ましたか?
辻:はい、たくさん来ました(笑)。返事を書くのが大変で、一行で済まさせてもらったり。
――賞の為に映画を作っているわけでは無いにせよ、やはりアカデミー賞という存在は大きいのですよね。
辻:そうですね、業界にいた時はアカデミー賞を獲るのは夢でした。これまでノミネートされた事があっても受賞した事は無くて、ゲイリーさんも一緒でした。今回賞をいただいて、この栄誉がどれだけ大きい事か改めて実感しています。そして、この映画で獲れて良かったです。この映画で受賞出来た事がとても意味のある事だと思っています。
――辻さんは現在映画業界から現代美術家に転向していて、ゲイリー・オールドマンの打診によって本作に参加したという事ですが、このエピソード自体が私にとっては映画レベルの感動でした。
辻:ゲイリーが僕以外とは仕事したくなかった、と言ってくれてすごく光栄でした。他のアーティストもあたったそうなのですが、やりたい事を実現出来る人がいなかったそうなんですね。でもその時には僕は映画の世界から退いていたので、僕がNo.と言ったらこの映画は存在しなかったと。
――今後もゲイリーさんの様な熱い想いを持った方が現れれば、辻さんがまた映画に携わるかもしれないのでしょうか。
辻:ゲイリーが特別な人なので、なかなかあの人と同じ様な人はいないとは思います。なので、依頼をいただいたらその内容を見て考える感じですね。ハリウッドでは、特殊メイクを頼んでおいて特殊メイクを嫌がる俳優ばかりなので(笑)。状況に不満があった時に、文句を言えば言うほどさらに状況は悪くなってくる。人生と一緒だな、と思っていました。その役を受ける前に状況を把握しておくべきでだと思います。
――自分が文句を言うことで、さらに仕事をしづらくしているという現状ですね……。本作での、実際の作業の進め方はどんなものでしたか?
辻:ジョー・ライト監督はここまで特殊メイクを多用した撮影をしたことが無かったので、不安も大きかったと思うんですね。メイクの可能性と制限というのもご存知なかったので、 「撮影中にこういう事が起きる可能性があります」というリスク等も説明して。色々話し合いながら作りましたが、結局は僕の頭の中にイメージがあるので、監督や他のスタッフが思ったとおりに出来ないかもしれないというのが、難しいところでもありました。
――なるほど。実際にメイクが固まらないと撮影が始まらないわけですが、制作期間はどのくらいかかったのでしょうか?
辻:2ヶ月で3種類のメイクを試して、その後1ヶ月かけて直して、ロンドンのスタジオに持っていってフィルムテストをして。全部で5ヶ月くらいかかりました。自分達が納得した仕上がりになってからスタジオに見せようと最初からこだわっていました。
――「マスクにはしたくない」という強いこだわりがあったそうですね。
辻:顔をカバーしすぎて、俳優の良さを殺してしまってはダメだと思っていました。貼り付けるものは柔らかくて、若い俳優さんだと肌にハリがあってブレンドしやすいのですが、年をとった方の肌だと貼った直後はブレンドできていても、動いた途端、貼ったところが分かってしまいます。それを考えて、本人の顔を残しながらチャーチルに見える様にマスクの様にしたくないと。
――ちなみにゲイリーさんの肌質ってどんな感じなのですか?
辻:ゲイリーさんも60歳前(撮影時)でしたので、肌が、やわらかくメイクをする時に、かなり気を使いました。でも肌は結構丈夫ですね。荒れなかったので撮影も無事に乗り越えられたのだと思います。
――映画撮影のガジェットや、メイクの素材等、技術は日々進化していると思いますが、 辻さんが現在の映画界の技術について感じる事はありますか?
辻:技術はどんどん進化するので、大事なのはそれをどう使うかですね。昔、特殊メイクが流行った頃はやたらめったら使って、クオリティが低いものも多かったんです。そこから良いものだけが淘汰されて残っていったと。技術はあくまでも技術なので、それを使う人のこだわりと努力によって、どう変化していくかという事だと思います。
(C)2017 Twentieth Century Fox
――辻さんは、アカデミー賞作品賞を受賞した、ギレルモ・デル・トロ監督の『シェイプ・オブ・ウォーター』にて、クリーチャーの目の制作にも携わったそうですね。
辻:はい。ギレルモとは『ヘルボーイ』(2004)で初めて仕事をしました。その頃僕はリック・ベイカーさんの所で仕事をしていて、メインのキャラクターの色の塗り方と髪型に携わりました。後はコンタクトレンズを作りました。今までの映画のコンタクトレンズ のクオリティに不満があって、ずっと「自分にやらせて欲しい」と眼科医にお願いしてい たんです。それが『ヘルボーイ』の時にやっと叶って。それでギレルモがすごく気に入ってくれたんですね。それで、『シェイプ・オブ・ウォーター』は彼にとって特別な作品な のでぜひ目を作って欲しいとお願いされました。
――そんなつながりがあってのオファーだったのですね。
辻:僕がアメリカにスタジオを作る時に、家を売ってスタジオとなる物件を買ったんですね。その時に、僕が作ったディック・スミスさんのポートレートの引っ越し中の保管場所が無くてどうしようか悩んでいたんです。そうしたら、ギレルモがそれを買ってくれて。彼のコレクションにしてくれたんです。
――あのデル・トロコレクションに辻さんのポートレートが! 素晴らしいです。最後に 映画の率直な感想を教えていただけますでしょうか。
辻:観終わった瞬間に「自分はすごい作品に携わったんだ」と実感してしばらく動けませんでした。映画を観ている間、自分がゲイリーにメイクをした事を忘れてしまっていたの で。ストーリーも素晴らしいし、歴史モノって途中でダレることって多いと思うんですが、テンポも良くて一気に観られるというか。すごい作品です。ぜひたくさんの方にご覧いただきたいです。
――今日は貴重なお話をどうもありがとうございました!
辻一弘さん
【関連記事】全く似ていない2人をソックリに! 世界に認められた特殊メイク・アーティスト辻一弘氏インタビュー/映画『LOOPER/ルーパー』
http://getnews.jp/archives/282693 [リンク]
【ストーリー】940年5月、第二次世界大戦初期。ヒトラー率いるナチス・ドイツの勢力が拡大し、フランスは陥落間近、イギリスにも侵略の脅威が迫っていた。 内閣不信任決議が出されたチェンバレン首相の後任として、外相のハリファックスが最適任者だという声があがるが、本人はこれを固辞。そこで、国民からの人気は高いが、たび重なる失策から政党内の “嫌われ者”であったウィンストン・チャーチルに白羽の矢が立つ。 朝から酒をたしなむ変わり者の夫を叱咤激励する妻クレメンティーンや、気難しくもウィットとユーモアに富んだチャーチルの言葉をタイピングする秘書エリザベスのサポートを受けながら、国難に陥ったイギリスの新首相に就任したチャーチルは、ドイツとの和平交渉をすすめるチェンバレンとハリファックスらに陰口を叩かれながらも、「決して屈しない」と徹底抗戦を誓う。
そんななか、ドイツ軍に追い込まれた英国軍は、フランス・ダンケルクの海岸まで撤退し孤立状態となっていた。30万人もの兵士が包囲され、救出するすべがない。ならば彼ら兵士を救うべく船をダンケルクへ向かわせるのだ、大型船はもちろん、ボートや小型船など民間の船もすべて召集して。こうしてダイナモ作戦が実行された。
日に日にナチス・ドイツの勢いは増す一方で、英国にも上陸の危機が迫る。ヒトラーに屈するのか、それとも戦うのか。ヨーロッパのみならず世界の運命がチャーチルの手に委ねられた。日々悩み、葛藤するチャーチル。そんな彼の姿に、就任当初はチャーチルに対して懐疑的だった英国王ジョージ6世も心を開き、二人は絆を育む。そしてついに、チャーチルは歴史的決断を下す。
http://www.churchill-movie.jp/
(C)2017 Focus Features LLC. All Rights Reserved.
―― 表現する人、つくる人応援メディア 『ガジェット通信(GetNews)』