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【新人DX担当の教科書⑧】社長と現場の板挟みにならないために|数字だけでは見えない現場を翻訳する仕事


「DX(デジタルトランスフォーメーション)を早く進めてくれ」と社長からせかされる一方で、「また余計な仕事を増やすのか」と現場からは距離を置かれる。新人DX担当者から、こうした板挟みの悩みをよく聞きます。説明会を開いても資料を作っても、現場の協力がなかなか得られない。かといって、社長からは成果を急かされる。板挟みの真ん中で、疲れ切ってしまう担当者は少なくありません。


【新人DX担当の教科書】第8回となる本記事では、この板挟みがなぜ起きるのか、その構造を整理したうえで、DX担当が担うべき「翻訳」という仕事について考えます。読み終える頃には、板挟みになったとき、どちらの言葉を、どちらへ翻訳して伝えればよいかの見取り図が見えてくるはずです。



【本記事の要点】



  • 社長と現場の板挟みは、社長の理解不足や現場の非協力といった人柄の問題ではなく、情報の見え方が違うことから起きる構造的な問題である

  • 社長側は数字(人数・時間など)でしか現場を見られず、現場側は個人差を含む「勘」でしか状況を説明できないという、情報の非対称がその正体である

  • DX担当の仕事は、現場の勘を頭ごなしに否定して数字だけの管理へ置き換えることではなく、勘の中身を汲み取ったうえで会社の言葉へ翻訳する橋渡し役である

  • 板挟みは、説得力や気合いの問題ではなく、練習すれば身につく「翻訳」という技術の問題として乗り越えられる



読者の悩み(社長と現場の板挟みで疲弊する)



早い進行を求める社長と仕事を増やしたくない現場の間で板挟みになるDX担当者




  • 社長:「早く進めてくれ」と社長

  • 現場:「また余計な仕事を増やすのか」と現場



人DX担当者の多くが、就任してすぐにこの板挟みを経験します。説明会を開いても、資料を丁寧に作っても、現場からの反応は鈍いまま。一方で社長からは、進捗を尋ねられるたびにプレッシャーを感じる。


このとき、多くの担当者は「自分の説明が下手なのだろうか」「もっと熱意を伝えれば分かってもらえるのだろうか」と、自分の力不足のように受け止めてしまいがちです。しかし、この板挟みの正体は、実は個人の能力や説得力の問題ではありません。


社長と現場の板挟みは「翻訳」で解決できる



経営層が見る数字と現場が持つ勘を、DX担当者が双方向に翻訳する構造


先に結論から述べます。社長と現場の板挟みは、社長の理解不足や現場の非協力といった人柄の問題ではなく、両者が見ている情報がそもそも違うことから生まれる構造的な問題です。


社長は、現場に常駐しているわけではありません。日々の業務は、報告される人数や作業時間といった「数字」を通じてしか把握できません。一方の現場は、日々の業務のなかで1人ひとりの力量差や、その日その日の細かな事情を肌で知っています。この「数字でしか見えない側」と「勘でしか説明できない側」の間に立ち、両者の言葉を翻訳して伝えることこそが、DX担当という仕事の本質です。


なぜ板挟みが起きるのか|数字でしか見えない側と、勘でしか説明できない側



人数と時間を見る管理者と、作業者の力量差を知る現場との情報の非対称


ある倉庫・物流の現場では、次のような光景がよく見られます。現場に常駐しない管理者は、人数と時間という数字でしか作業の進み具合を把握できません。そのため、作業者を均質な「1人分の働き」としてとらえてしまいがちです。


しかし実際の現場には、作業者ごとに力量差があります。慣れた人と不慣れな人、早い人とそうでない人が混在しており、現場の管理者はその個人差を肌で理解しています。だからこそ、単純な人数×時間の足し算・掛け算では進捗を正確に予測できないとわかっており、個人差を織り込んだ「現場の勘」で日々の調整をおこなっています。この勘がなければ、そもそも数字だけの管理は機能しないのです。


この構図は、倉庫・物流に限った話ではありません。多くの現場で、経営層は数字でしか状況を把握できず、現場は勘でしか状況を説明できないという情報の非対称が、形を変えて存在しています。


DXが掲げる「見える化・数値化」は本来この溝を埋めるためのものですが、やり方を誤ると、現場の勘そのものを「非科学的なもの」として切り捨ててしまうリスクをはらんでいます。勘を否定して数字だけの管理へ一足飛びに置き換えようとすると、現場の反発を招きやすくなるのはこのためです。


DX担当ができる「翻訳」の実践方法



現場の話を先に聞き、小さく試し、反対意見にも耳を傾ける3段階の実践方法


では、DX担当はこの板挟みのなかで、具体的に何をすればよいのでしょうか。カギになるのは、数字と勘のどちらか一方を正しいものとして扱わず、両方の言葉を橋渡しする姿勢です。


まず、見える化の話を持ち出す前に、現場の懸念を先に聞くことです。「なぜ今のやり方にしているのか」「どこに気を使っているのか」を尋ねると、数字には表れていなかった判断の理由が見えてきます。


次に、小さな成功を先に見せることです。いきなり全業務を数値化しようとするのではなく、現場が「たしかに楽になった」と実感できる小さな範囲から見える化を始めると、次の協力を引き出しやすくなります。


そして、反対派を最初から敵にしないことです。見える化に懐疑的な人ほど、実は現場の勘を最もよく理解している人物であることが少なくありません。反対意見のなかに、数字だけでは見えなかった現場の事情が隠れていないか、耳を傾ける価値があります。


よくある失敗パターン



説明の省略、報告の先延ばし、現場の勘の否定というDX担当者の3つの失敗パターン


ここからは、板挟みに悩むDX担当者が陥りやすい失敗パターンを、編集部の視点で整理します。いずれも特定の企業を指したものではなく、複数の現場で共通して見られる傾向です。


1つ目は、社長から急かされるあまり、現場への説明を省略し、いきなり新しいツールや数値目標を導入してしまうパターンです。現場からすれば、なぜそれが必要なのかを理解できないまま作業だけが増えるため、強い反発を招きやすくなります。


2つ目は、逆に現場の意見を尊重しすぎて、社長への報告を先延ばしにしてしまうパターンです。現場の事情に共感するあまり、社長側が求める進捗の数字を示せず、DX担当自身への信頼が揺らいでしまいます。


3つ目は、現場の勘を「属人化」の一言で否定し、全員が同じ手順で動けることだけを目指してしまうパターンです。個人差を織り込んだ調整能力そのものが、実は現場の強みであることを見落としてしまいます。


いずれの失敗も、数字と勘のどちらか一方に偏り、もう一方を翻訳せずに切り捨ててしまったときに起きやすくなります。


チェックリスト



現場の懸念、数字の理由、小さな成功、反対意見をDX担当者が点検する図解


板挟みを感じたときは、行動を起こす前に次の5つを自分へ向けてみてください。ここまで説明してきた「翻訳」の実践方法を、自己点検の形に落とし込んだものです。


#チェック伝える前に自分へ向ける問い
1社長に伝える前に、現場がその変化に懸念を持つとしたら何かを考えたか
2現場に説明する前に、社長がその数字を求める理由を自分の言葉で説明できるか
3現場の「勘」を、非科学的なものとして頭から否定していないか
4小さな成功を、全体への展開より先に現場へ見せられているか
5反対意見を、最初から敵の意見として扱っていないか

このチェックリストは、社長か現場のどちらかに何かを伝える「直前」に使うことを想定しています。会議に入る前、報告のメールを送る前、現場へ説明に行く前の数分で、5つの問いを順にたどってみてください。


5つすべてに答えがそろってから動くのが理想ですが、時間がないときは、少なくとも「相手が反対するとしたら何を根拠にするか」を1つ思い浮かべてから口を開くだけでも、伝わり方は変わります。表の5項目それぞれについて、何を点検するためのものかを順に見ていきます。


1. 現場の懸念を、先に読んでおく


これは、社長へ提案する前に、現場がその変化のどこに引っかかるかを先読みできているかを見る項目です。現場の反対は、提案が経営層に承認されたあとで噴き出すことが多く、そうなると担当者は前に進めることも引き返すこともできなくなります。


「入力の手間が増える」「これまでのやり方を否定されたと感じる」といった反応は、事前に一度現場をのぞいておくだけで見当がつくでしょう。反対の理由を先に1つでも想定できていれば、提案の段階で対策を織り込め、板挟みそのものを小さくできます。


2. 社長が数字を求める理由を、自分の言葉にする


現場へ説明する前に、経営層がなぜその数字を欲しがるのかを、自分の言葉に置き換えられているかを見る項目です。「社長がそう言っているから」としか説明できないうちは、現場から見たDX担当は、会社の指示をそのまま運ぶだけの役回りに見えてしまうのも道理です。


数字の裏にある狙い、たとえばコストの見通しを立てたい、繁忙期の人員を前もって手当てしたい、といった経営の事情まで語れて初めて、翻訳役として受け止められます。社長に「この数字は何のために使うのですか」と一度聞いておくとよいでしょう。


3. 現場の「勘」を、頭から否定しない


現場の「勘」を、単なる思い込みや古い習慣として切り捨てていないかを見る項目です。記事の前半で見たとおり、個人差を織り込んだ現場の調整は、数字だけの管理では代わりが利かない実務の知恵です。


まず勘の中身を言葉にし、そのうえで一部だけでも数字に置き換えられないかを考える、という順序を守れているかを問い直してみてください。「なんとなく」で片づけられている判断ほど、聞き出してみると明確な根拠が隠れていることが少なくありません。


4. 小さな成功を、全体展開より先に見せる


小さな成功を、全体への展開より先に現場へ届けられているかを見る項目です。「すべて見える化してから効果を判断する」という進め方は、現場に負担だけを先に背負わせます。狭い範囲でも「これは楽になった」と実感してもらえれば、次の協力は引き出しやすくなるものです。最初に手をつけるのは、毎日発生していて、失敗してもすぐ元に戻せる作業が向いています。


5. 反対意見を、最初から敵にしない


見える化に反対する人を、はじめから邪魔者として扱っていないかを見る項目です。反対する人ほど現場の事情に詳しく、その指摘は数字に表れていないリスクを早い段階で教えてくれるものであることが少なくありません。反対意見を、翻訳すべき情報の一部として受け取れているかを問い直したうえで、反対の言葉をそのまま社長へ運ぶのではなく、「なぜ反対なのか」の理由を翻訳して伝えると、経営層の判断材料も増えます。


答えられない項目があったとき


これらの項目にすぐ答えられない場合、翻訳の材料はまだ揃っていません。ただし、答えに詰まること自体を気に病む必要はありません。答えられなかった項目は、そのまま次にやるべきことの一覧に変わるからです。


1つ目に詰まったなら現場へ懸念を聞きに行く、2つ目に詰まったなら社長に数字の狙いを確かめる、というように、空いた項目を1つずつ埋める行動へ移せば、翻訳の準備は前に進みます。このチェックリストは、できていないことを責めるための道具ではなく、次の一歩を指し示すための道具です。


今日からできるアクション



現場担当者にやり方の理由を聞き、メモした内容を経営層へ伝えるまでの流れ


あなたの今日からできることは、大きな仕組みを変えることではありません。ここまで説明してきた「現場の懸念を先に聞く」「小さな成功を先に見せる」という考え方を、1週間で試せる4つの手順に分けて紹介します。


ステップ1:現場の1人に「なぜそのやり方か」を聞く


まず今日、現場の担当者を1人選び、いま取り組んでいる仕事について「なぜそのやり方にしているのか」を、否定せずに聞いてみます。ツールの話も数値目標の話も持ち出さず、理由だけを尋ねてみましょう。


記事の前半で見たとおり、板挟みの多くは、経営層が見ている数字と現場が持っている勘の間に情報のズレがあることから起きます。その勘の中身を知ることが、翻訳の出発点です。相手が身構えないよう、「改善のためではなく、まず現状を理解したい」と前置きするとよいでしょう。


ステップ2:聞いた話を「現場の言葉」と「会社の言葉」に分けてメモする


次に、聞いた内容を2つに分けてメモします。1つは「現場の言葉」のまま、もう1つは「会社に伝えるとしたらどうなるか」という言い換えです。たとえば「あの工程はベテランでないと回らない」という現場の言葉は、「特定の担当者に頼りきりで、その人が休むと納期が遅れるリスクがある」という会社の言葉に翻訳できます。


この2列のメモが、そのまま社長への報告材料になります。うまく言い換えられない項目は、現場の意図をまだ理解しきれていないサインなので、もう一度聞きに行きましょう。


ステップ3:次の報告で、メモから1文だけ社長に添える


次に社長へ進捗を報告するとき、そのメモから1文だけを添えます。全体像を語る必要はありません。「現場を1人ヒアリングしたところ、この工程に人の偏りが見えた」と伝えるだけで、DX担当が現場を見て動いていることが経営層に伝わります。


失敗パターンで触れたように、現場に共感するあまり社長への報告を止めてしまうと、担当者自身への信頼が揺らぎかねません。小さくても報告を続けることが、板挟みの真ん中で立ち位置を保つことにつながります。


ステップ4:1週間以内に試せる改善を1つ提案する


最後に、聞いた話のなかから、1週間以内に小さく試せそうな改善を1つだけ選び、現場へ提案します。狙いは成果を出すことではなく、現場に「相談すれば少し楽になる」という感触を持ってもらうことです。


ここで一気に全体を変えようとすると、なぜ必要かが理解されないまま作業だけが増え、反発を招きかねません。範囲は狭いほどよく、うまくいかなければすぐ元に戻せる程度から始めます。


このサイクルを、繰り返す


この一連の手順は、どれも1日か2日でできることばかりです。板挟みを一度に解消する方法はありませんが、「聞く・翻訳してメモする・報告する・小さく試す」というサイクルを繰り返すうちに、社長と現場の両方から「この人は間に立てる」と見られるようになります。それが、翻訳という技術が身についていくということです。


まとめ:数字と勘の両方を、否定せずに翻訳する仕事


社長と現場の板挟みになるDX担当者はつらいものです。だからといって、どちらかが悪いからあなたが苦しい思いをするという話ではありません。数字でしか現場を見られない側と、勘でしか説明できない現場側との間に生まれる、情報の非対称という構造的問題が横たわっているだけなのです。


DX担当の仕事は、この両者の理解を互いの理解できるカタチに変え、「翻訳」をして両者をつなぐことにほかなりません。板挟みは、気合いや説得力で乗り越えるものではなく、現場の懸念を先に聞き、小さな成功を先に見せ、反対派を最初から敵にしないといった、小さく地道な積み重ねでしか解消しないのです。そのために、翻訳という技術を少しずつ鍛えていきましょう。


シリーズ【新人DX担当の教科書】。次回は、DX担当者が日々の情報収集をどう効率的に続けていくかについて解説する予定です。

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