2022年7月、経済産業省(経産省)からDX(デジタルトランスフォーメーション/DX)に関する4本目のレポート「DXレポート2.2」が発表されました。
2018年の「DXレポート~IT システム『2025 年の崖』の克服と DX の本格的な展開~(DXレポート)」発表から4年。DXレポートの中で警鐘を鳴らした「2025年の崖」まで残すところ3年となった今、経産省は日本のDXの現状をどのように分析し、何を訴えるのでしょうか。
この記事では、レポートの目玉でもある「デジタル産業宣言」に注目し、経産省が打ち出した新たな指針を解説しながら、日本政府が目指すDXの未来について考えていきたいと思います。
DXレポート2.2にみる経産省の「デジタル産業宣言」
2022年7月に経産省が発表したDXレポート2.2では、デジタル産業の変革に向けた具体的なアクションと方向性が示されました。
そのアクションについて解説する前に、まずは改革を実現させるために新たに提唱された「デジタル産業宣言」を打ち出した経産省の意図とは、どのようなものなのでしょうか。
「レガシー刷新=DX」ではない
2018年、経産省が最初のDXレポートを発表すると、それまで「DX」という言葉に馴染みが無かった日本国内では、大きな話題となりました。
しかし、それから4年が経った現在においても、経産省からのメッセージを正しく受け止め、DXの真の価値を理解した上で、DX推進に取り組んでいる企業は決して多くはありません。
特に、DXレポートで警鐘が鳴らされた、「2025年の崖」に対する企業の理解と取り組みについてはその傾向が顕著です。
DXレポートにおいて経産省は、「2025年の崖」が起こる最も大きな要因として、「煩雑化するレガシーシステム」を挙げており、レガシーシステムを刷新して新しいシステムを作り上げることを、DXの大きな目標の1つと位置づけていました。
しかし、この4年間で日本国内においてDXが着実に進んでいるかというと、残念ながらそうではありません。
現在に至ってもDXに未着手という企業は多く、取り組んでいる場合でも「まだ道半ば」というような企業がほとんどです。
DXに取り組む企業のみに限ってみても、約8割の企業は「既存ビジネスの維持・運営」に投資を振り分けており、バリューアップ(サービスの創造・革新)の取り組みで成果を上げている企業は、1割未満に留まっている(参考:DXレポート2.2)という報告もあります。
この状況について、経済産業省で商務情報政策局 情報経済課 アーキテクチャ戦略企画室長を務める和泉憲明氏(工学博士)は、日経ビジネスのインタビューで次のように答えました。
「レガシーシステムの刷新=DXである、あるいは現時点で競争優位性が確保できていればこれ以上のDXは不要であるといった誤解が、我々の想定以上に広まってしまった。」
引用:「DXレポート」の生みの親が語るデジタル勝者への方法論/日経ビジネス
そもそもDXとは、データとデジタル技術を利用して新たなビジネス価値を創出することが目的で、業務の省力化や効率化は、その過程に過ぎません。
しかし、これまでDXに取り組んできた多くの企業はレガシーシステムの刷新や脱却が目的となり、省力化や効率化が果たされた段階でDX推進そのものを止めてしまうケースが多く見られます。
それでは真のDXとは言えないどころか、DXを掲げて行ったデータやデジタルツールの導入が、結果的にはレガシー化が進む古いビジネスモデルの延命に加担してしまうことにもなりかねません。
時代に合わなくなっているビジネスモデルを続けていっても、その先にはデジタル競争で敗者になる道しか残されていないのです。
「デジタル産業宣言」はDX推進の指針
経産省がこれまで提唱していた要点を、DXレポートの発表順にまとめると次の通りです。
- レガシーシステムから脱却し、経営を変革すべき(DXレポート1.0/2018年9月)
- レガシー企業文化から脱却し、本質的なDXの推進を目指す(DXレポート2/2020年12月)
- 目指すべきデジタル産業の姿・企業の姿とは「デジタル社会の実現のために必要となる機能を社会にもたらす」と提示(DXレポート2.1/2021年8月)
そして、今回発表されたDXレポート2.2(2022年7月)の要点は、「デジタル産業への変革に向けた具体的な方向性やアクションとは何か」です。
最初の2つのレポートでは、レガシーシステムやレガシーな企業文化からの脱却に重点を置いていた経産省ですが、前回のDXレポート2.1ではさらに進んで「デジタル産業」という、より積極的な企業の未来像を提示しました。
その未来像を実現するために、具体案として今回新たに打ち出されたのが「デジタル産業宣言」なのです。
経産省が「デジタル産業宣言」という言葉を選んだのには、次の2つの意図があります。
- 企業がデジタルで明確に収益向上を達成できるよう、全社に対して「行動指針」を浸透させる
- 社会運動論的アプローチの実践にあたり、経営者自らの価値観を外部へ発信させることを目指し、「宣言」という形式を採用する
まず、1つ目に、DXにより「明確に収益向上を達成する」ことを、デジタル企業の共通の目標として位置づけました。
DXを推進しデジタル産業を目指す企業のゴールは、単なる業務の効率化に留まらず、新たなビジネス価値を創出し収益向上を果たすということを改めて強調しているのです。
2つ目に、経営者が自身と企業の価値観を企業の内外に対して明確に言葉として発信することを求めて「宣言」という表現を使用しました。
経産省としては、企業内部でDXに取り組むだけでなく、外に向けてのデジタル産業を目指すということを宣言する企業を増やすことで、積極的に「デジタルの渦」を発生させようと考えているのです。
これにより、既存産業の全ての企業が影響を受けて渦が大きくなり、共にデジタル化の方向性で成長していくことを目指しています。
これが「社会運動論的アプローチ」の意味でもあり、デジタル化の「未知の顧客と繋がり取引できる」というメリットを活かし、デジタルに長けた人・企業が互いを見つけやすくして、相乗効果を加速させる狙いがあるのです。
(参考:経済産業省 商務情報政策局 情報経済課 アーキテクチャ戦略企画室長・和泉憲明氏工学博士の談/日経デジタルフォーラム)
ちなみに、「デジタル産業宣言」は、2001年に米国ユタ州で17人のソフトウェア開発者によって作られた「アジャイルソフトウェア開発宣言」から着想を得て策定されました。
アジャイルソフトウェア開発宣言は数多くのソフトウェア開発者から支持され、大きなムーブメントを起こし、アジャイル開発がソフトウェア開発にイノベーションを起こすきっかけにもなった宣言です。
アジャイルソフトウェア開発宣言がアジャイル開発の指針となったように、DXレポート2.2で提唱されたデジタル産業宣言は、日本のDX推進の指針となることが期待されています。
「デジタル産業宣言」5つの項目
デジタル産業宣言は、DXを推進する上で最も重要な5つの項目から構成されています。
【デジタル産業宣言】
- ビジョン駆動
- 価値重視
- オープンマインド
- 継続的な挑戦
- 経営者中心
注意しなければならないのは、個々の企業がこの5項目をそのまま実践するだけでは十分とは言えないという点です。
真に意味のあるデジタル企業宣言にするためには、この5項目を参考にしながら、企業ごとにカスタマイズし、「自らの宣言」として経営者から、社内と社会に対して宣言することが求められているのです。
ビジョン駆動
「過去の成功体験や柵(しがらみ)を捨て、自らが持つビジョンを目指す。」
DXレポート2.2
新しい価値を創出し、企業として次のステージへ羽ばたく際には、痛みが伴うこともあるでしょう。
過去の成功体験にこだわり続けたり、社員や取引先を含むステークホルダーに配慮しすぎたりという状態では、DXの真の成功はあり得ません。
時には企業理念やビジネスモデルの根本から組み直し、新たなビジョンとして前へ進み続けることでDXの成功は手にできます。
過去に捉われずに、企業として掲げたビジョンをひたむきに目指す姿勢こそが「ビジョン駆動」です。
価値重視
「コストではなく、創出される価値に目を向ける。」
DXレポート2.2
DX推進の初期段階では、業務の効率化やコスト削減など目先の数字に目が行きがちですが、本来のDXはそこから新しい価値を創出していくことを指します。
無駄なコストを削減して利益を確保することも重要ですが、DXにおいてそうした「守りのDX」だけではなく、より積極的に新たな利益を生み出す「攻めのDX」が極めて重要なのです。
デジタル産業として競争力を持つためには、新しいビジネスモデルを確立し、これまでにない収益を上げていくことを目指さなければ、企業としての未来はありえません。
そのためには、創出される価値に目を向けることが重要なのです。
オープンマインド
「より大きな価値を得るために、自社に閉じず、あらゆるプレイヤーとつながる。」
DXレポート2.2
IT技術の発展に伴い、グローバル化が急速に進む現代においてはどんな中小企業であっても、その戦うフィールドとして国内だけではなく、世界を視野に入れておく必要があります。
市場のグローバル化は、外国企業が日本国内に進出してくることで顧客を奪われる可能性があるという点で、脅威であると同時に、国境を越えた先のまだ見ぬ顧客と出会うチャンスでもあるのです。
しかし、「世界と戦う」といっても、具体的なイメージがつかない企業も多いでしょう。
そうした企業がデジタル産業としてグローバル社会で世界の企業を相手に戦い続けるためには、デジタル化を進めていくだけでは不十分です。
より大きな成果を手に入れるためには、これまで関係のあるステークホルダーだけでなく、業界内の競合他社や他業界の企業、さらには国境を越えた先の企業まで含めて、あらゆるビジネスプレーヤーと協業することも重要となります。
そのためには、内向きではなく、オープンマインドで外に開いていく姿勢が不可欠なのです。
継続的な挑戦
「失敗したらすぐに撤退してしまうのではなく、試行錯誤を繰り返し、挑戦し続ける。」
DXレポート2.2
DXとは一朝一夕に成し遂げられるものではなく、アジャイルなPDCAを回しながら、常に試行錯誤を繰り返し続けることが求められるものです。
むしろ、小さな失敗を繰り返さない限り、真の成果は得られないと言っても良いでしょう。
そのため、多少の失敗でDXを諦めてしまうのではなく、試行錯誤を繰り返しながら新たな価値が生み出せるまで挑戦し続ける姿勢が欠かせません。
その先にこそ、成功は生まれるのです。
DX推進において失敗を繰り返しながら、試行錯誤して目標達成をすることができれば、その過程で得た経験は、その先にある事業の継続性のある「サステナブルなDX」にも活きていくでしょう。
経営者中心
「DXは、経営者こそが牽引してはじめて達成しうるという理解のもとに、その実現に向かって(全員で)積極貢献する。」
DXレポート2.2
DXに取り組んでいる企業の中でも、「世間で話題になっているから自社でもやってみよう」というくらいの認識で始めた企業は、実際のところ意外なほど多いはずです。
また、正直なところその必要性を理解していないものの、積極的な社員や役員に背中を押されたので重い腰を上げたという経営者も少なくはないでしょう。
しかし、「誰かにやらされているDX推進」では、絶対に成功を手にすることはできません。
経営者自身がDXを推進する覚悟を決めて、むしろ経営者が率先してDX推進にあたり、そのリーダーシップのもと全社が一丸となって前に進むことで、ようやくDXは成功へと進んでいきます。
DXに取り組む経営者自身の覚悟を改めて問うのが、この「経営者中心」という項目なのです。
まとめ
今回は、経産省が2022年7月に公開したDXレポート2.2の概要と、その中で謳われている「デジタル産業宣言」について解説しました。
デジタル時代のビジネスは、良い製品・サービスを提供していれば、それだけで売れるというほど簡単なものではありません。
グローバル化に伴って多様化するエンドユーザーの要望に答えるためには、これまでにない新たな価値の創出が必要不可欠です。
そのためには、デジタル技術を使って業務効率化やコスト削減を行う「守りのDX」に加え、自社の強みを増幅していく「攻めのDX」が必要であり、その先にようやく「真のDX=新たな価値創出」があるのです。
この考え方こそがDXであり、効率化・省力化だけを考えてコモディティ化したDXになってしまっては、デジタル社会で競争力を持つことなど程遠いでしょう。
DXレポート2.2は、経産省がこれから第2幕へ進む日本のDX推進政策のための指針として発表したレポートです。
これまでの守り一辺倒のDXではなく、より積極的な攻めのDXを実現するためにも、DXレポート2.2で提言された5つの項目と貴社の状況と照らし合わせて、今一度DX推進の施策を考えてみてください。
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