現代ビジネスのDX(デジタルトランスフォーメーション/以下:DX)の中でも、AI技術の活用は特に注目されています。
中小企業においても、AIの力を借りることで、社内の様々な課題を解決し、更には新たな競争力を獲得して、持続的な形で成長できる可能性が広がることは間違いありません。
中小企業の多くは「ヒト」「モノ」「カネ」「情報」などのリソースが限られています。その中でも、特に多くの企業が抱えている課題が「ヒト」のリソース不足です。
この原因は少子高齢化による労働人口の減少だけでなく、人材育成を担える指導者の不足や教育のノウハウが十分でないことなど、効率的な人材育成ができないという問題によって生じている部分が少なくありません。
つまり、採用活動に力を入れて「人手」を確保しても、その人を自社にとって有益な「人材」にまで育成することが課題になっているのです。
しかし、近年は人材育成においてもDXが進められており、この「ヒト」のリソース不足の課題に対する解決策が示されています。
それが、組織全体の最適化を計るタレントマネジメントシステムにAI技術が加わった、効率的な人材育成方法です。
そこで今回は、AI技術を活用した人材育成の現状と可能性について深掘りします。
本記事をお読みになり、人材育成のDXに取り組む際の参考にしてください。
AIによる人材育成の変革
従来の人材育成は、集合研修やOJT(On the Job Training)が主流でしたが、AI技術の進化に伴い、社員1人ひとりの特性やスキルレベルに合わせた教育が実現可能になりました。
本章では、従来型の人材育成アプローチを整理し、それに対してAIがもたらす変革について詳しく解説します。
従来の人材育成と課題
厚生労働省が実施した「令和元年度能力開発基本調査」の結果が示す通り、人材育成を行う上で必要な指導者、資金、時間を備える余裕がなく、十分な指導を行うための環境が不足しているという問題が存在していました。
特に中小企業においては、こうしたリソース不足の問題が顕著に現れています。
また、従来の人材育成のアプローチは、主に人事部門や上司などの経験に依存していました。
その結果、属人的になりやすく、また指導担当者との相性などによっても育成結果が大きく左右されていたのです。
育成の対象となる社員の評価は、年次の業績評価や上司からのフィードバックなどに基づいて行われており、特定の評価者の主観が介入しやすい方法になっていました。
同僚や部下からの360度評価(複数人の評価者で従業員を評価する手法)の導入など、可能な限り、公平・公正な評価を実施しようとする取り組みも進められていますが、この方法も客観性を確実に担保できる仕組みとは言えないでしょう。
さらに、人材育成において提供される教育プログラムは一律のカリキュラムが主流でした。
そのため、従業員1人ひとりの特性や希望に合わせた育成を行うことは難しい状況にありました。
個別の特性や希望などに考慮できない画一的な人材育成プログラムの性質上、このアプローチが合わなかった従業員の育成は失敗に終わることが多く、離職率の上昇にも影響を及ぼしていたのです。
コストをかけて採用した従業員が、育成プログラムの失敗で離職するという事態は、企業にとって大きな課題です。
しかし、近年のAI技術の急速な発展によって生まれた技術は、カスタマイズされた教育プログラムの提供をはじめとする、新しいアプローチで従来の問題を解決しようとしています。
AIが人材育成に与える影響
近年、企業の人材育成アプローチは大きな転換点を迎えています。この変革の主な要因としては、AIを活用したタレントマネジメントシステムの導入が挙げられます。
タレントマネジメントシステムとは、企業における人材の採用、選抜、適材適所な配置、リーダーの育成、評価、報酬の決定、後継者養成などの人材マネジメントのプロセスを総合的に支援するシステムを指します。
タレントマネジメントシステムを有効に活用すれば、社員1人ひとりの細かな情報を解析し、多様な個性を持った人材が最大限のパフォーマンスを発揮できるような人材育成を戦略的に進める事が可能です。
その主な機能は次のようなものです。
個別の育成プランの提供
人材育成の第一歩は、社員のスキルや経験の現状、そして将来のポテンシャルを正確に理解することから始まります。
AI搭載のタレントマネジメントシステムは、各社員の現時点でのスキルや経験、過去の業績などのデータをもとに、最適な育成プランを自動的に提案してくれます。
このプランに従って育成計画を立て、各社員の特性に合わせた育成が可能となります。
社員の基本情報から異動履歴、研修履歴、資格情報、スキルレベルに至るまでの情報を一元的に管理・分析することにより、特定の人事担当者の主観ではなく、客観的な情報を総合的に判断するこの仕組みは、各社員の強みを活かした人事マネジメント体制の基礎となるでしょう。
具体的には、研修履歴と現状のスキルレベルをもとに、次のスキルアップの方向性を提示したり、これまでの経験や資格情報などをもとにバランスの取れたプロジェクトのメンバーを選定したりと、人材育成だけでなく、人事部門全体の具体的なアクションをサポートしてくれます。
公平な評価とフィードバック
AIの活用は、膨大なデータをもとに客観的な基準を策定し、それに基づく公平な評価を実現します。
また、それをもとにした適切なフィードバックが提供できるようになるという利点があります。
例えば、従来の評価システムでは、営業など結果が具体的な数字で現れやすい部門に比べて、目立ちにくいバックオフィスの仕事が評価されにくいなど、意図的ではなくとも、不公平な状況が生じている場合が少なくありませんでした。
こうした状況が改善され、公平な評価が可能となれば、社員のモチベーションの向上が期待できます。
また、評価指標が明確になることで、それぞれが評価を挙げるために必要なスキルの習得を後押しすることにも繋がるでしょう。
目立たない成果も含めて、それぞれの業績が適切に評価される状況が整えば、企業への信頼度や帰属意識も高まり勤続の安定度も高まるはずです。
こうした好循環は、多くの企業が抱える、「人材を育成しても辞めてしまう」という課題の解決にも繋がると期待されています。
さらに、AIは詳細な分析に基づく評価に加えて、個別具体的なフィードバックを行うことも可能です。
しかも、フィードバックの方法は従業員1人ひとりの特性や強みに合わせてカスタマイズすることができるのです。
フィードバックの方法としては、例えば以下のようなものが挙げられます。
- 個性に合わせたアプローチ: ポジティブなフィードバックを積極的に行うことで社員に自信をつけさせたり、反骨心のある人には課題点や欠点をしっかりと指摘することによって行動を後押ししたりと、それぞれの特性に合った形でのフィードバックを行う。
- トラブル時のサポート:社員が課題や困難に直面した際には、膨大なデータに基づくサポートを提供する。単にアドバイスをするだけでなく、社員の内省を促し、自己理解の促進や自己解決の機会も与えて、成長に繋げる
- 意欲を伸ばす役割の提供:社員の探求心や学びたいという意欲を最大限に活用し、新しいスキルや知識の習得を促進する
これら個別のアプローチにより、社員のモチベーションを高めるとともに持続的な成長とキャリアの発展をサポートし、より効果的な人材育成を実現することが期待されます。
キャリアパスの提示
AIの分析能力を活用することで、社員の適性や希望を考慮したキャリアパスの提案が実現します。
これにより、社員は自身の将来を明確にイメージし、目指すべき具体的な目標を持ちやすくなります。
大量の人材情報や客観的な評価をAIが高速に分析することで、各事業部や職種ごとの活躍モデルを定義し、各社員の適性や適職を明確に可視化することができるようになるのです。
適性を可視化することで、社員1人ひとりのキャリアパスを明確にし、成長とスキルアップの動機付けが可能になります。
さらに、社員が自分の適性や強みを理解することで、自己啓発やスキルアップへの意欲が向上します。
キャリアパスの情報をもとに人材の最適な配置や異動を行い、それぞれの社員が最も効果的に活躍できる環境を提供することは、真の人材育成に繋がるでしょう。
タレントマネジメントシステムの活用事例
株式会社ニトリホールディングスは、2032年までという長期的なビジョンの実現に向けて、人材の育成と配置の最適化に注力しています。
その中心として取り入れられているのが、AI技術を駆使した「配転教育」です。
同社では、全社員約6,000名の研修履歴、適性、経験などのデータをAIで一元化し、分析することで、3年に1度という高ペースで配置換えを行っています。
この独自の教育プログラムは、AIのデータ分析能力を活用して、社員が自分のスキルを伸ばすために必要な部署や役職での経験を積むことを促進する仕組みです。
AI技術の導入により、従来の人間中心の直感や経験に頼っていた配置の判断が、より精度高く、迅速に行えるようになりました。
また、このデータベースを活用した配置換えは、経営戦略や目的に基づいて、最も適切な人材を適切な場所に配置することを可能にしています。
同社のこの取り組みは、単に効率化や業務の最適化を超え、社員1人ひとりのキャリアや夢を実現するためのものとして位置づけられており、その結果、組織全体が未来志向になり、持続的な成長を達成することを目指しています。
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