

年齢を重ねるにつれ、「あの人の名前が出てこない」「買うものを忘れてしまった」という経験は誰にでも増えていくもの。
一方で、その“うっかり”の中には、単なる加齢ではなくアルツハイマー病のサインが隠れている場合もあるといいます。
では、気を付けるべきもの忘れと、そうでないもの忘れの違いはどこにあるのでしょうか。
9月の世界アルツハイマー月間に合わせ、日本イーライリリー株式会社の神戸本社で開かれた体験型イベント「年のせいじゃない”もの忘れ”展」で、神戸大学大学院教授で認知症予防推進センター長の古和 久朋先生に話を聞きました。
旅行に行ったこと自体を忘れる? 注意すべき「もの忘れ」の境界線

認知症全体の約7割を占めるのがアルツハイマー病。その初期症状としてよく見られるのが"もの忘れ"ですが、加齢によるものとの違いはどこにあるのでしょうか。
「人の名前や固有名詞が出てこないというのは、得意・不得意もありますし、基本的にあまり心配はいりません」と古和先生。人前で名前が出てこず、恥ずかしい思いをしたと受診される方もいるそうですが、その出来事そのものを語れるなら心配は少ないといいます。
注意したいのは、体験そのものがすっぽり抜け落ちてしまうケース。「旅行に行ったとき、何時の便に乗ったかまで覚えていなくても、"旅行に行った"ことを覚えていれば大丈夫です。けれど、行ったこと自体が思い出せないとなると、これは注意が必要なもの忘れです」
料理の順番が分からなくなる…物忘れより先に現れる「暮らしの異変」

脳が担うのは記憶だけではありません。今日が何月何日かがわからなくなる「時間の見当識」、目で見たものを正しく処理する「視覚認知」、段取りを立てて最後までやり切る「遂行機能」。こうした力の低下も、初期に現れやすいサインです。
視覚認知が弱まると、前後を確かめて袖に腕を通すという動作が難しくなり、服が着づらくなることも。
遂行機能の変化がいちばん表れやすいのは料理だそう。「献立を決め、買い物をして、順番通りに調理する。とても複雑な能力ですから、ふだん料理をされている方は、ご家族が先に気づくことも多いんです」
日常のちょっとした違和感から知る脳の変化

会場に設けられた「アルツハイム921号室」は、脳の変化が暮らしにどう現れるかを疑似体験できる展示です。名称は世界アルツハイマーデーの9月21日にちなんだもの。
一見おしゃれなその部屋には、冷蔵庫を開ければケチャップが2つ、味噌は3つ、財布がしまわれ、アイスは溶けたまま。壁のカレンダーは4月で止まり、出かける鞄にはなぜかテレビのリモコンが入っています。

「財布を大切なところへしまっておかなければ、という意識自体は正しいんです。ただ、それがたまたま冷蔵庫になってしまう」と古和先生。
思わず笑ってしまう光景も、背景にある脳の変化を知ると見え方が変わってきます。
変化に早く気づき、適切なサポートへつなげるために

アルツハイマー病の原因の一つとされるのが、脳にたまる「アミロイドβ」というたんぱく質。誰の脳でも日々つくられていますが、体には脳の外へ押し出す仕組みがあり、その流れを生んでいるのが動脈の拍動。動脈硬化が進むと押し出す力が弱まり、たまりやすくなります。
血圧やコレステロール、血糖値、運動不足、喫煙、難聴といったリスク因子に向き合うことが、そのまま予防につながります。
アミロイドβの蓄積は、もの忘れなどの症状が現れる10〜20年以上前から始まるそう。少しずつ増え、やがて神経細胞が傷つけられていきます。近年は取り除く薬も登場しましたが、神経細胞が失われてからでは効果を期待しにくいのだそう。
「早めにサインに気づいて正しい診断を受け、できるだけ早く治療を始める。それが今いちばんよい対応です」と古和先生は話します。
「最近ちょっと今までと違うかも」そんな小さな違和感に気づいたとき、年齢のせいと決めつけず、一度立ち止まってみることが大切です。
アルツハイマー病は、早い段階で気づき適切な診断や治療につなげることが重要だとされています。
自分自身のためにも、家族のためにも、“いつもと違うサイン”を見逃さないことが、これからの安心につながるのかもしれません。
