VRデバイスの用途として、非ゲーマーが期待するのがVR映画の視聴だ。通常の映画と異なり、視聴者が自分の意思で見る方向を決めることのできるVR映画には、独特の魅力がある。
ただ、この新しい表現形態で作品を制作するための環境は整っていない。ノウハウが蓄積されていないので整備されたマニュアルが不足しており、定番と言える編集ツールも存在しない。従来の映画で使われていたテクニックの中にはVR映画で上手く機能しないものもあるため、プロの映画監督も試行錯誤を重ねているところだ。
Adobeは現在、VR映像の音声編集に利用できるツールの開発に取り組んでいる。Varietyが伝えたところによれば、VR映像に使用される立体音響の把握と編集を容易にしてくれるツールのようだ。
Adobe SonicScapeプロジェクト
Adobeが木曜日にラスベガスで開催するカンファレンス「Adobe Max」で発表するのがSonicScapeプロジェクトだ。彼らがこのプロジェクトで発見した360度映像の音声を可視化する新しい方法により、VR映画の編集が容易になるかもしれない。
映画撮影に使われるカチンコ
カチンコという名前に聞き覚えがなくても、映画撮影の現場で撮影を始めるときに鳴らされる道具は見たことがあるのではないだろうか。ハリウッドやユニバーサルスタジオでは、土産物のデザインにもよく採用されている。
あのカチンコは、ボード部分にシーンナンバーやテイクナンバーを入れることで映像の編集を容易にすると同時に、編集時に映像と音声を同期させるための基準でもある。
映像と音声を別の機材で記録する場合、動作と音がずれないように編集者が揃える必要がある。そのときの基準となるのがあの音なのだ。最近では家庭用のビデオカメラのように映像と音声をまとめて記録できる機材を使うことも多いようだが、映画に音声が付いた頃から使われている伝統の道具である。
VRにおけるカチンコ
映像と音声のタイミング(時間的関係)がずれるのを防ぐために使われるのがカチンコなら、SonicScapeは音声が聞こえてくる方向(空間的関係)がずれるのを防ぐためのツールと言える。
2D映画では時間的関係を揃えるだけだったが、360度の映像と立体音響が組み合わされたVR映画ではユーザが見ている方向によって音が聞こえてくる方向も変化させる必要がある。あらゆる方向から来る音を記録しているので、音と映像の方向を揃えなければならないのだ。
このツールを使えば、編集者は音がどの方向から来ているのかを画面上で確認することができる。音の高さや大きさと合わせて方向を目で見て確認できるので、編集が容易になるシステムだ。
VR映像における音声
VRヘッドセットのスペックとして注目されがちなのは解像度やリフレッシュレートといった視覚情報に関わる部分だが、音声もVR映像の没入感に大きく影響する要素だ。音源の方向や距離が聞き分けられるようなコンテンツであれば、自分がその場に居る感覚が強くなる。
立体音響を作成する
VRへの没入感を高めるリアルな音を作るためのツールも複数の企業で開発されている。
VR Awards 2017でInnovative VR Company of the Yearを受賞したG’Audio Labの「Works」もその一つだ。主に360度動画で使用されているシーンベース方式の立体音響を構築することが可能なソフトウェアである。この方式はVR空間に配置された各オブジェクトに音を配置するわけではないので臨場感で劣る面もあるが、録音・編集のしやすさなどのメリットがある。
音をリアルに録音する
あるいは、録音の仕方そのものを変えることを考えている企業もある。専用ソフトウェアを使って立体音響を作成するには時間的・金銭的コストがかかるが、マイクを変えるだけならば低予算のプロジェクトでも利用できるかもしれない。
Lifelike ScenesやHooke Audioの3D録音に対応したイヤホンがそのためのデバイスだ。録音者が自分の耳にイヤホンをはめる(またはマネキンヘッドやスタンドを使う)ことで、「人間の耳に聞こえてくる感覚」を持った音を記録できるという。
こうしたバイノーラル録音が可能なマイクによって作られた音声やその音声を使った動画は、普通のイヤホンやヘッドホンで聞くだけでもリアルに聞こえるのが特徴だ。耳元や頭の近くから音が聞こえてくる感覚を再現できる。
iPhone専用ながら、国内では上海問屋が同様のイヤホンを販売している。
立体音響のコストを下げるソフトウェア
Adobeは、SonicScapeによって360度映像に立体音響を組み込みやすくすることを目指しているようだ。編集が容易になれば、ファイル管理のためにプロジェクトの予算が浪費されるのも防ぐことができる。
SonicScapeはまだプロトタイプの段階であり、Adobe製品の一部として提供されているわけではない。しかし、この機能が提供されるようになれば専門の映画会社が手がける本格的なVR映画でなくてもリアルな立体音響を利用できるようになるだろう。YouTubeなどのサイトにも、そうした質の高い動画が増えるかもしれない。
参照元サイト:Variety
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