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VRを利用する企業やデベロッパーが守るべき倫理


VR技術も使い方次第


新しい技術が登場した場合、問題になるのがその技術をどのように利用するかという倫理規範が存在しないことだ。特に人を傷つける可能性があるような技術の場合、誤った使い方によって大きな被害が出ることも考えられる。


VR技術もそうした力を持つ技術の一つだ。利用者の心に大きな影響を与える能力を持っている上に、アイトラッキングシステムが搭載されればユーザ自身も気付かないような視線の微妙な動きから個人の嗜好を収集することもできるようになる。


この技術の利用を規制するルールは存在していないが、ドイツの哲学者2人がVR技術の利用に関する倫理規範を提案しているという。Mother Boardが伝えたこの規範は、業界のルールを構築していく上で参考になる部分があるかもしれない。


VRの持つ力


高所恐怖症を治療する試験


VR映像が人を恐怖症にする?


VRの特徴の一つに、体験がリアルなことがある。この特性を上手く活かせば恐怖症の治療にVRコンテンツを利用することも可能だとされているが、逆に考えればVR映像がユーザを恐怖症にしてしまうこともあり得るのではないだろうか。


リアルな恐怖コンテンツを強制的に見せることでPTSDのような状態が引き起こさる、もともと何かのトラウマを抱えているユーザがその対象を間近に感じる映像でパニックを起こしてしまうといったことが考えられる。


ユーザが自由にVRヘッドセットを外せる状態であれば気分を害するだけで済むだろうが、VRヘッドセットとジェットコースターを組み合わせたアトラクションなどではユーザの意思で視聴をやめるのが難しくなってしまう。


事故ではなく、懲罰・拷問目的にVR映像が悪用される可能性もある。


個人情報が収集される


現行のVRデバイスでアイトラッキングシステムを搭載しているものは少ないが、次世代のVRヘッドセットにはユーザの視線をトラッキングする機能が搭載される可能性が高い。


アイトラッキングが可能になればコントローラー不要で視線を使ってVRコンテンツを操作できるだけでなく、レンダリング技術を組み合わせることでGPUの負荷を抑えることも可能だ。結果的に、同スペックのマシンでより解像度の高いVR映像をレンダリングすることも可能になる。


しかし、視線の動きに関する情報はユーザが普段は隠している部分を暴いてしまう可能性がある。視線の移動は半ば無意識なものであり、ユーザが意識的にコントロールするのは難しい。


収集した情報が興味に合わせたターゲティング広告に利用されるだけならともかく、趣味嗜好や思想信条が流出すれば就職や保険の加入といったシーンで差別を受ける可能性すらある。


VR空間で行われる嫌がらせ


最初期のVRコンテンツはソロプレイ専用のものが多かったが、今では人気のあるVRコンテンツの多くがマルチプレイに対応している。ミニゲームをしながら遠く離れた国の人とアバターの身振り手振りだけでコミュニケーションするのも、VRゲームの楽しみ方だ。


しかし、別のユーザと繋がれるゲームでは悪意のあるユーザと出会ってしまうことも少なくない。これはVRアプリに限ったことではないが、一般的な2DのオンラインゲームやSNSよりもソーシャルVRアプリは没入感が高い。相手から嫌がらせを受けたときも、より気分が悪くなりやすいと言えるだろう。


この問題はユーザだけでなくアプリのデベロッパーも認識しており、コミュニケーション要素の強いPC用VRアプリ『Rec Room』ではハラスメント行為への対策が行われているようだ。


VR利用の倫理規範


手錠


VRの特性を上手く活用すれば良い効果が得られる反面、悪用されれば良くない効果も大きい。


将来は法的に規制される・業界が何らかの自主規制を設ける可能性が高いが、現時点でVRの利用に制限はかけられていないので、上記のようなトラブルが起きることも考えられる。それを防ぐために哲学者が考えたVR利用の規範は、以下のようなものだ。


1.実験対象に害を与えない


VRを使わない実験の場合でもそうだが、心理学の実験では人間の反応を見るために被験者が不快に感じるような体験をしてもらったり、実生活ではなかなか体験しないような特殊な状況を作り出したりすることがある。そうした実験で受けた悪影響が被験者に残らないようにするのは研究者の努めだ。


実験によって被験者が人を疑うようになったり、自己効力感が低下するようなことがあってはならない。VRを用いた実験でもこれは同様で、研究者は被験者に重大な、あるいは持続的な悪影響が発生していないことを確認しなければならない。


2.実験が持つ行動に対する影響について説明する


良いものであれ悪いものであれ、VRを使った実験によって被験者の行動や習慣が変化する可能性が指摘されている。実験中の一時的な変化だけでなく、実験終了後も継続する効果も確認されている。


特に大きな変化が予想される場合や継続的な変化の可能性がある場合には、事前に十分な説明がなされなければならない。


3.過剰な宣伝を避ける


新製品や新技術が大きく取り上げられる傾向があるのは仕方がないが、研究者やメディアはVRのメリットを過大評価するべきではない。特に医療目的でVRを利用する場合、その治療効果を正しく見積もることが必要だ。


VRを用いた治療を盲信して副作用や効果がない患者の存在を見落とす、一定の効果が確認された投薬や従来のセラピーを受けるのを中止させるといったことがないようにしなければならない。VR技術に可能性が秘められていることは確かだが、同時に良くない面や限界もあることを正しく伝える必要がある。


4.二次的利用の制限


一度発明された技術は、他の分野にも転用されるのが一般的だ。


VR技術がエンターテイメントや工業の効率化に使われるだけならば問題はないが、人を傷つけるために使われる可能性が指摘されている。たとえば軍事分野での利用だ。


実際に戦闘機パイロットのトレーニングや歩兵の訓練にVRが利用され始めている。防衛・軍事分野でのVR利用は自国の兵士を守るためのVR利用であると同時に、敵国の兵士を殺すためのVR利用でもあるということを忘れてはいけない。


VRを使った拷問器具や、兵士の感受性を低下させて敵兵を殺すことを躊躇しない人間にするためのVRコンテンツが作られる可能性もある。VRに限らず、非人道的な目的のために技術を利用するべきではない。


5.商業VRにおけるプライバシーの確保


エンタープライズ向けの用途と異なり、個人を対象としたVRデバイスで利用できるエンターテイメントコンテンツや、ショッピングアプリなども開発が進められている。こうしたデバイス・コンテンツで問題となるのがユーザのプライバシーを守ることだ。


VRデバイスを使うことで、これまで記録できなかったユーザの細かな行動を全て記録することもできるようになる。こうしたデータを適切に管理し、保護を確かなものすることはVRの研究者やVRの商業利用を考える企業にとって非常に優先度の高いタスクだ。


パソコンやスマートフォンを操作するユーザがどこを見ているかは想像するしかなかったが、VRヘッドセットならばユーザが向いている方向が分かる。アイトラッキングシステムが搭載されれば、さらに詳細に視線の動きまで追うことが可能だ。コンテンツによっては、手や足の動きをトラッキングすることもできる。


6.広告におけるプライバシーの確保


前項とも繋がるが、広告の世界ではユーザの情報が大いに価値を持つ。Googleなどはユーザの閲覧したウェブサイトなどの情報から属性(年齢や性別、使用する言語)をかなりの精度で特定し、ユーザがクリックする可能性の高いバナー広告を表示する。


これと同じことがVRデバイスの取得したデータに対して行われれば、よりユーザの興味に沿った広告が表示されることになるだろう。それだけならば良いが、個人情報が流出すれば詐欺やなりすましに悪用されることも考えられる。


一般企業がユーザの情報を収集する場合、その情報が秘密裏に販売されたり不適切な管理によって流出したりすることも考えられる。VRデバイスで個人情報を収集したい企業には、プライバシーの管理に関する認証などが求められるようになるかもしれない。


守るべき規範から守られる規則へ


VRでバイオハザード7

人を選ぶVRコンテンツも存在する


いずれもヨハネス・グーテンベルク大学マインツの哲学者Michael MadaryとThomas Metzingerによって提案された6項目の規則は、「VR技術の利用は危険だ」「VRの研究をやめるべきだ」と主張するものではない。


むしろ、彼らはVRの研究を進めるために守るべき倫理規範を作ったのだ。彼らが目指すのは、VRの研究が倫理的に責任を持って行われ、一般市民が受ける害が少なくなることである。


執行機関の欠如


この規則の最大の問題は、これを守らない個人や団体に対する罰則が存在せず、守るように指導する機関もないことだ。これを守るかどうかは研究者や企業に任されており、全てを無視してVRの軍事利用に邁進する企業が出てこないとも限らない。


それでも、彼らの示したものは一つの基準になるだろう。まだVRの影響については不明なところも多いが、業界が成長すればVRがユーザに与える影響がより詳細に判明するはずだ。そうなれば、「VRを使ってしてはいけないこと」もはっきりする。


業界の対応


悪意を持ってVRを使おうとする団体に対しては法整備を行って罰則を設ける必要がある。


しかし、VRコンテンツによる意図しない悪影響については業界の自主規制によって対応可能な部分もある。ユーザ側で苦手とするコンテンツを避けられるようにすれば良いのだ。


一般的なテレビゲームでは特定の要素(暴力、薬物、性的表現など)を理由に対象年齢が定められたり、国によって表現が変更されるものがある。VRでは、恐怖を感じる人が多い「高所からの落下」「蜘蛛」といった要素が細かく警告されるようになるかもしれない。


 


VRは様々な業界で活用されている技術だが、それだけ悪用できる範囲が広いということでもある。現在は野放しとなってしまっているが、業界の健全な発展のためにもいずれは明確なルールが必要になるだろう。


 


参照元サイト:Mother Board


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