VRを初めて使うユーザにとって不安な要素の一つが、VR酔いだ。あるいは、既にVRでの酔いを体験したユーザもいるかもしれない。
この不快感は視覚から入ってくる情報と身体が感じる移動や傾きのズレが原因だと言われており、自動車や船などで起きる乗り物酔いに似た状態になってしまう。人によってはテレビゲームでも同様の症状を感じた経験があるかもしれない。
不快な症状の発生には体質や体調、あるいは単純にVRコンテンツへの慣れも関わっている。しかし、コンテンツデベロッパーの工夫によって発生を抑制することもできるようだ。Googleは、VR空間における視点の移動を工夫することで酔いの発生を予防しようとしている。
VR空間での移動
移動できないVRアプリ
初期に登場したVRアプリケーションでは、プレイヤーの場所が固定されていることが多かった。これは、立った状態・もしくは座った状態で使うことを想定したVRデバイスが主だったこともその理由だ。
HTC Viveや追加のセンサーを用意したOculusRiftはルームスケールVRに対応しているが、Google Cardboard/DaydreamやSamsung Gear VRといったモバイルVRヘッドセットはユーザが移動したことを認識できない。こうしたプラットフォームには、ユーザの立ち位置が固定されていて360度を見回すことができるコンテンツが適していた。
移動できるVRアプリへ
ユーザが自分で動けないことを逆手に取る、優れたコンテンツも存在する。無力な傍観者という立場にユーザを置くことで、ダイレクトに感情に訴えかけるようなコンテンツが作られている。
だが、VRデバイスは進化している。コンテンツもリッチ化しており、ユーザの意思で視点を移動できる作品が多くなった。長く楽しめる、質の高いコンテンツの増加は喜ばしいことだが、同時にVR酔いの問題も表面化してしまった。
VRの世界をワープするように、あるいはアナログスティックを使って自由に移動できるようになったことで、ユーザの感覚とヘッドセットが見せる映像の乖離が大きくなってしまったのだ。
人間の身体には、自身の傾きや移動を感じ取る機能がある。普段は視覚から入る情報と他の感覚が捉える情報が一致しているので問題は置きない。しかし、VR映像を見ているときには視覚だけが異なる情報を伝えてくることがある。
この不協和がVR酔いの原因になるようだ。そのため、目まぐるしく展開が変わる激しいアクションのあるゲームや、空中で振り回されるような自分の場所が分かりにくい映像では気分が悪くなってしまうユーザが多くなる。
Googleの提案
スタンドアロン型のヘッドセットも開発が進められているGoogleのVRプラットフォーム、Daydream。GoogleはハードウェアだけでなくVRコンテンツの研究にも力を入れており、Daydream Labsや他のGoogle社内チームがユーザにとって楽しいアプリを開発するために研究を続けている。
VR空間を快適で直感的に移動できるようにする方法も、彼らが模索しているものの一つだ。Googleが先日公開したDaydream Elementsにも、その成果は含まれている。
Daydream Elementsは、開発者向けに公開されているデモ集だ。高品質なVRコンテンツを開発するための基本原則やテクニックを学ぶことができ、彼らが作成するアプリケーションに応用することもできるように作られている。
GoogleはVR空間での移動について、いくつかのコツや酔いの軽減に利用できるテクニックを見つけている。
一定の速度で移動させる
現実である地点から別の地点へと移動する場合には、止まった状態から加速していき、目的地に着いたら徐々に減速して止まることになる。こうした動きをするのが自然だが、VRでは一定の速度で移動を続けるようにした方が酔いが発生しにくいようだ。
これは、先述したVR酔いが発生するメカニズムと関係がある。映像が一定の速度で移動するものであれば、他の感覚と映像からの情報をすり合わせやすい。
VR映像で少しずつ移動のスピードが上がっていくと、脳は自分が加速しているはずだと考える。しかし、ユーザの身体は移動していない。他の感覚は脳に「止まっている」という情報を送るため、混乱が起きてしまうのだ。
この混乱を抑える方法は、一定の速度で移動させることである。速度を変化させるのはスマートフォンのアプリで移動していることを示すためには有効な手法だが、VRでは一定の速度で移動する方が快適に感じられる。
どうやらこの差は次のトンネリングのテクニックとも関係しているようだ。スマートフォンの小さな画面でアプリを実行するのと、VR映像で視界を覆ってしまうのでは脳の認識が異なるのだろう。
トンネリング
「トンネリング」を行うことも有効だ。このテクニックは、VRアプリの中でユーザがテレビを見ているような状態を作り出す。
VRではユーザの視界を全て映像が覆ってしまうため、全画面を使って移動シーンを表示するとユーザを混乱させやすい。そこで、移動シーンでは視野の周辺部を固定された映像で覆ってしまう。Google Earth VRでは、グリッドが表示されることでユーザの脳に認識の基準を与えられる。
VR映像で気分が悪くなる人でも、テレビを見ていて気分が悪くなる人は少ない。それはテレビの映像がユーザの視界に入るもののごく一部でしかないからだ。テレビ画面の外にある壁や家具が、自分が実際には移動していないということを教えてくれる。
トンネリングテクニックでは、周辺に表示されたグリッドが壁や家具と同じ役割を果たす。移動時はいきなりグリッドを表示したり非表示にしたりするのではなく、フェードを利用するとスムーズだということも判明している。
Google Earth VRでは、このトンネリングを採用している。コンフォートモードでは、ズームを行うときに上の画像のようなグリッドを見ることが可能だ。
テレポート
テレポートは、VR空間上で視点を移動させるときに採用される方法の一つだ。一人称視点で表示されるアプリでは、瞬時に目標の場所へと移動するためにテレポートが使われることがある。
この方法は便利で、「移動シーン」が表示されないので移動時に気分が悪くなることも少ない。一方で、場所と場所の繋がりが分かりにくくなってしまうという欠点も抱えている。テレポートで移動していると、自分がどこに居るのか、どうやってそこに来たのかが分からなくなるということがあり得る。
この視点と視点が切り離された感覚を緩和するのが、”implied motion”「暗黙の移動」と呼ばれる効果だ。実際に移動するシーンが表示されなくても、移動した感覚を与えられれば空間同士の繋がりは把握しやすくなる。
Daydreamプラットフォーム用のストリートビューアプリでは、移動方法にテレポートが採用されている。だが、移動時に使われているエフェクトのためにユーザは滑らかに移動しているように感じるのだ。
視点を移動させるときにフェードやディゾルブといった効果を適用することで、「暗黙の移動」をユーザに感じさせることができる。
小さな角度の回転
VR体験をするときには、ユーザ自身が身体の向きを変えて360度を見回せる状況が理想的だ。だが、VRアーケードと違ってユーザの部屋やその他の場所ではそれができないかもしれない。
あるいは、デバイスの制約によって360度のトラッキングができないこともある。追加のセンサーを使わないOculus Riftや、システムにセンサーが1つしかないPSVRは完全な360度のトラッキングに対応していない。
周辺環境やハードウェアの制約があるユーザのために、VR空間内のアバターを回転させることができるような設計にする方法が効果的だ。ただし、アニメーション付きでぐるぐると向きを変えているとVR酔いを起こしてしまう可能性が高い。
操作によって回転できる角度は10度から20度程度で、アニメーションも付いていない方が良い。これならば気分が悪くなることが少なく、周囲の環境をきちんと把握することもできる。
Googleはこれらのテクニックをデベロッパーに共有しており、今後もさらに探求を続けるとしている。VRデバイスそのものが発展途上の存在であり、VRアプリにおける移動の方法やVR酔いを抑えるためのテクニックはこれからも発見されていくだろう。
VR酔いの対策としては、Googleやコロンビア大学が研究する映像の工夫で酔いを抑える方法だけでなく、神経を電気で刺激することで実際に移動している感覚を与えるという方法まで存在している。
こうしたテクニックや技術が発展すれば、気分が悪くなる心配をせずにVRで激しいゲームを楽しめるようになるはずだ。Googleが公開しているテクニックは理論だけでなく、既に同社のアプリで利用されている。今後、利用するデベロッパーも増えてくるだろう。
VR酔いは、デバイスの価格やコンテンツの不足とともにVRの普及を妨げる要因にもなっているという。VRが一般の消費者に広まるためには、酔いの克服も重要な課題の一つだ。
参照元サイト名:Googleブログ
URL:https://www.blog.google/products/google-vr/daydream-labs-locomotion-vr/
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