生成AIをどう使えば、役所の仕事がもっとスムーズに進むのか。そんな問いに真正面から取り組んだ研修が、長野県の中川村で行われました。今回注目されたのは、「QommonsAI(コモンズエーアイ)」という自治体向けの生成AIを実際に使いながら、職員たちがアイデアを出し合う実践型のプログラム。参加者は、住民対応や文書作成といった日々の業務を想定しながら、AIの可能性を“体験”しました。
この研修は、自治体と企業が連携して地域課題に取り組む一環として実施されたもので、世代や経験を問わず、誰もが安心して参加できる内容が工夫されています。さらに、研修の後半では「もしも自分がAI担当者だったら」というテーマのワークショップも行われ、参加者それぞれが地域や職場でのAI活用のアイデアを具体的に形にしていきました。
全国的に見ても、こうした試みはまだ珍しく、地方DXの新しいモデルケースとしても注目されそうです。AIという言葉に少し身構えてしまう人も、まずはこうした取り組みからその実像を知ることができるのではないでしょうか。
地域課題と自治体DXを両立する取り組み

長野県中川村が取り組んだ今回の生成AI研修は、単なるツールの導入にとどまらず、自治体が抱える地域課題の解決と、行政業務の効率化を同時に目指すものでした。中川村とPolimillは、地域のデジタル化(DX)を進めるための包括連携協定を結び、その第一歩として、住民サービスの質を高めながら、行政の負担を減らす仕組みを模索しています。
特徴的なのは、AIを活用するうえで「人の意見」や「現場の声」を大切にしようとする姿勢です。SNSなどを通じて住民の声を可視化し、それを行政判断の材料として活かしていく。つまり、データや技術だけに頼るのではなく、地域ごとの事情や感覚を取りこぼさないよう配慮した取り組みといえます。
こうした連携のあり方は、人口の少ない自治体や人的リソースに限りのある地域にとって、現実的かつ持続可能なDXのモデルになる可能性があります。生成AIを「新しい仕事道具」として導入するだけでなく、それをどう使い、どう活かすかまでを丁寧に設計している点が印象的です。
AIが初めてでも大丈夫 実践しながら学ぶ導入研修の様子

研修の初日は、生成AIに初めて触れる職員も多く参加しており、導入に対する不安や戸惑いを払拭することからスタートしました。中川村では、住民対応や文書作成に携わる幅広い部署の職員が参加し、「生成AIとは何か」を基本から丁寧に学ぶ構成が組まれていました。
実際の研修は、決して難しい座学ではなく、挨拶文の作成など身近な業務を題材としたハンズオン形式で行われました。パソコンを操作しながら実際にAIとやり取りをしていくうちに、職員同士が自然と声を掛け合い、業務での使い道を話し合う場面も見られたといいます。世代や経験年数を問わず、誰もが“自分にも使えるかもしれない”という感覚を得られるような、開かれた雰囲気が特徴的でした。
特に、グループでのワークを通じてAIの活用アイデアを共有するプロセスは、職員の視点や課題意識が交差する貴重な時間となりました。単なる技術研修ではなく、AIをどう使えば現場が楽になるか、どうすれば住民にとっての価値が高まるかを皆で考える機会となっていたようです。
実務に近づく応用編 生成AIと一緒に課題解決を考える
研修2日目の午後には、より実務に近い応用編が行われ、QommonsAIの多機能性とその使い分け方に焦点が当てられました。このパートでは、ただ使い方を学ぶだけでなく、行政の現場でどのように生成AIを活かせるかを考えることがテーマとなっていました。
まずは、生成AIと効果的にやり取りを行うための「プロンプト設計」の基本が共有され、次にQommonsAI Talkに搭載された複数のAIの特性や違いについての説明がありました。参加者はそれぞれの機能を試しながら、自分たちの業務に近い状況を想定して実際に操作を体験。例えば、住民からのよくある質問にどう答えるか、議会資料の下書きをどう作るかなど、リアルな課題を題材にして取り組みました。
特に印象的だったのが、「もしも自分がAI担当者だったら…」というワークショップです。参加者がAI活用のアイデアを考え、QommonsAIで企画書にまとめ、さらにグラレコAIを使ってプレゼン資料に仕上げるまでの一連の流れが体験できる構成でした。AIに指示を出し、形になった成果物を自分の目で確かめることで、AIが“自分の仕事の一部”として実感できたという声もあったそうです。
単なる技術導入ではなく、業務の流れの中でどこにAIを組み込めるかを参加者自身が見つけていく。そうした体験を通じて、自治体における生成AIの可能性が少しずつ現実味を帯びていったようです。
QommonsAIとは?拡がる導入自治体とその背景

今回の研修で使われた「QommonsAI(コモンズエーアイ)」は、自治体の業務に特化して開発された生成AIです。文書作成や住民対応、議会資料の下書きなど、行政の現場で必要とされる作業をサポートする機能が複数搭載されています。さらに特徴的なのは、ただのツールとして提供されるのではなく、「どのように活用すれば業務に役立つのか」という導入支援まで含めたパッケージになっている点です。
小規模な自治体にとって、予算や人員の制約から新しいテクノロジーを取り入れるのは容易ではありません。そうした現実をふまえ、QommonsAIでは100人分までのアカウントを永続的に無償で提供し、トークン数にも制限がないという仕組みを採用しています。加えて、現地での導入研修も何度でも無料で行える体制が整えられており、導入のハードルをできる限り下げる工夫が随所に見られます。
実際に、QommonsAIは提供開始から約8か月で、およそ200の自治体に導入されており、現在も全国から問い合わせが相次いでいます。2025年内には800自治体への導入を目指しているとのことです。この広がりの背景には、「使えるかどうか不安」という職員の声に寄り添い、誰でも扱えるように設計された使いやすさがあります。
生成AIというと、都市部や大規模組織だけのものというイメージを持たれがちですが、こうした取り組みを見ると、むしろ地方こそがその可能性を実感しやすいフィールドなのかもしれません。
地方発のDXが変えていく未来の形
AIやDXという言葉が飛び交う一方で、実際の現場では「何から始めればいいのか分からない」という声が根強くあります。そんな中、中川村のように小さな自治体が一歩を踏み出し、住民サービスと職員業務の両立を目指して生成AIを活用する姿は、多くの地域にとってヒントになるのではないでしょうか。
重要なのは、最新の技術を導入することそのものではなく、それを使って地域にどんな変化をもたらしたいかという視点です。QommonsAIのようなツールは、そのきっかけを与えてくれる存在にすぎません。実際に業務を担い、AIを活かすのは現場の職員であり、AIはその支援役です。
地方発の取り組みが全国へと波及していく中で、技術と人の協働による“地域らしいDX”が、これからの自治体のスタンダードになっていくかもしれません。今回のような事例がさらに増えていくことで、AIの利活用が「特別なもの」ではなく、自然な選択肢として受け入れられていく未来が、少しずつ近づいていると感じさせられます。