SCM(Supply Chain Management)やロジスティクスは、販売の前線で求められる商品、またはそれに必要な材料などを調達し、届ける機能だと認識されていますが、ただ現場からの要望に応じるだけでは競合に対して劣位となります。SCMを、モノを供給するだけの機能だと捉えている企業は早晩に競争力を失っていくでしょう。企業の戦略を実現してこそ、真のSCMです。
企業の戦略とは
企業を含む組織には存在理由があります。これは近年、パーパス(Purpose)として着目されていますが、明言していなくても、過去の活動やその目的を振り返れば見出すことができるものです。そしてこれを体現するありたい姿が戦略と整理できます。
一つの企業の中にも、全社的な活動の方向性を示す経営戦略、特定のセグメントにおける事業戦略、それらを各機能の活動に落としたマーケティング戦略や営業戦略など、複数の戦略があります。これらはすべて、オペレーション(業務)が実現しなければ価値を生み出しません。この意味で、SCMを含むオペレーション全体のマネジメントは、企業の戦略(ありたい姿)を実現する力と言えると考えています。
戦略とオペレーションがチグハグな企業
例えば、環境にやさしいシャンプーを開発、販売しているメーカーがあるとしましょう。このメーカーがマーケティングを強化し、販売促進する際に、営業とSCMの現場の判断で、とにかく欠品を抑制しようと調達、生産を増やしたとします。結果、原材料や商品の在庫が余り、大量の廃棄が発生したら、消費者や株主はどう感じるでしょうか。
子どもが毎日を楽しく快適に過ごすための洋服をつくっているメーカーがあるとして、その海外工場での生産で、児童労働が行われていたらどうでしょう?
こうしたオペレーションは、短期的にはサービス率の向上や生産コストの低減といった効果があるかもしれません。しかしサプライチェーンの透明性が求められる昨今、このような意思決定を行う企業が消費者からの支持を得たり、投資家から資金を集めたりするのはむずかしくなると考えられます。
つまり、SCMを含むオペレーションは、企業の戦略と整合している必要があり、SCMのリーダーは自社の戦略を理解して自身の担当領域に落とし込み、個人ではなく組織としての意思決定を主導しなければならないのです。
代表的な戦略とそれぞれのSCM
企業の戦略は様々ですが、SCMの観点では大きく3種類で整理する分類があります。
競争力の源泉として、
- 商品での差別化
- 多様な顧客ニーズへの対応
- オペレーションの効率化
などが選択されます。もちろん一企業でこの中の一つを選ぶわけではなく、そのバランスを調整する企業もあれば、事業ごとに重視する競争力を変える企業もありますし、これ以外の戦略を考えることもできるでしょう。
重要なのは、自社の事業戦略を踏まえたうえで、SCMの意思決定を合わせてフォーカスすべきアジェンダを整理することです。
差別化戦略企業の重視アジェンダ
筆者が接する企業は新商品をある程度の頻度で発売するところが多いのですが、こうした企業の戦略は商品差別化の要素を含んでいると言えます。新商品は新しい価値を顧客に提供し、売上や市場シェアの拡大を目的とするものですが、そこで利益を確保していかないと、次の新商品への投資を継続できません。
新商品は顧客や取引先からの評価や、今の市場環境、気候との相性、マーケティング施策に対する反応など、不確実性の高い条件が多数あり、需要予測がむずかしい場合がほとんどです。
そこで、ある程度、需要予測がはずれること、つまりは需要変動を想定し、ヒットした場合でも欠品を発生させないように、逆の場合でも過剰在庫を発生させないように、供給のアジリティを高めておくことが重要になります。具体的には、原材料予備確保、緊急物流手段や余剰在庫の転用先の事前検討などが挙げられます。
さらに、どんな条件の新商品に対し、どんなSCMでのリスクヘッジ策が有効だったかをふりかえり、組織の知見として蓄積、継承していくことにリソースを割くことが有効になります。新商品の需要予測オペレーションを整備するのと同時に、需要の因果関係を分析するためのデータマネジメントに注力していくことになるでしょう。こうしたSCMアクションは、他の2つの戦略を採用する企業では優先度が高くなりません。
このように、SCMは企業の戦略を実現するうえで極めて重要な役割を果たし、そのリーダーは自社の戦略を深く理解し、オペレーションにおける意思決定を主導していくことが求められるのです。
著者プロフィール
山口 雄大 (やまぐち ゆうだい)
青山学院大学グローバル・ビジネス研究所研究員、NEC需要予測エヴァンジェリスト。化粧品メーカーのデマンドプランナー、S&OPグループマネージャー、青山学院大学講師(SCM)を経て現職。他、JILS「SCMとマーケティングを結ぶ!需要予測の基本」講師や企業の需要予測アドバイザーなどを担い、さまざまな大学でSCMの講義も実施している。Journal of Business Forecastingなどで研究論文を発表。需要予測やSCMをテーマとした著書多数。
著書
①2018年2月 『この1冊ですべてわかる 需要予測の基本』 (日本実業出版社)
②2018年9月 『品切れ、過剰在庫を防ぐ技術 実践・ビジネス需要予測』 (光文社新書)
③2021年9月 『需要予測の戦略的活用』 (日本評論社)
④2021年9月 『全図解 メーカーの仕事』 (共著・ダイヤモンド社)
⑤2021年11月 『新版 この1冊ですべてわかる 需要予測の基本』 (日本実業出版社)
⑥2022年2月 『すごい需要予測』 (PHPビジネス新書)
⑦2023年7月 『驚人的AI需求預測』 (商周出版) *台湾での出版
⑧2023年7月 『企業の戦略実現力』 (共著・日本評論社)
⑨2024年8月 『サプライチェーンの計画と分析』 (日本実業出版社)
需給インテリジェンスで意思決定を進化させる サプライチェーンの計画と分析
出版社:日本実業出版社
発売:2024年8月23日
<内容紹介>
本書は、サプライチェーンマネジメント(SCM)とデータサイエンスの融合に焦点を当て、「需給インテリジェンス」の重要性を解説します。著者は、グローバル企業での実務と大学での教育を通じて得た知見を基に、需給情報の収集・分析の手法を紹介。市場のグローバル化や不確実性が増す中で、データドリブンな需要予測が企業の競争力向上に不可欠であると強調しています。各項目の難易度を5段階で示し、実務家や経営者向けに実用的な内容を提供することを目的とした入門書でもあります。
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