日本オムニチャネル協会の取り組みやビジョンを深く知る連載企画第2弾。今回はロイヤルティマーケ分科会のリーダーを務める渡部弘毅氏に話を聞きました。同氏はなぜ、ロイヤルマーケティングの必要性を声高に訴求するのか。ファンを獲得することが重要だと訴えるのか。そこには同氏の経験や強い思いに秘密がありました。同氏がロイヤルマーケティングに込めた熱い思いに迫ります。
写真:渡部 弘毅 ISラボ代表
日本ユニシス(現BIPROGY)、日本IBM、日本テレネットを経て、2012年にISラボを設立。お客様の心理ロイヤルティを構造化し、アンケートから定量化して施策に繋げる独自の方法論を提唱。ファンづくりの科学的かつ実践的なコンサルティング手法が注目され、各協会や団体、学術での研究活動や啓蒙活動にも積極的に取り組んでいる。一般社団法人地域マーケティング経営推進協議会の理事も務める。「ファンをつくる顧客体験の科学 『顧客ロイヤルティ』丸わかり読本」、「お客様の心をつかむ心理ロイヤルティマーケティング」、「営業変革しくみを変えるとこんなに売れる」を出版。日本オムニチャネル協会ロイヤルティマーケティング分科会 リーダー、コールセンタージャパン5年後のコンタクトセンター研究会リーダー、東京理科大学大学院 経営学研究科 椿研究室 Consumer Well-being研究チームを兼任。
「ファンづくりを科学する」とは
――ロイヤルティマーケ分科会が掲げる「ファンづくりを科学する」とはどういうことでしょうか。
「ファンづくりを科学する」とは、お客様が企業や製品・サービス、ブランドなどにどれだけ愛着を持っているのかという気持ちを構造化、定量化し、分析して考察することを表しています。
定量化する対象となるのが「ロイヤルティ」です。ただし、一言にロイヤルティと言っても、3つの種類があります。経済ロイヤルティ、行動ロイヤルティ、心理ロイヤルティの3つです。経済ロイヤルティは、「いくら買った」などといった購買時の金額や回数に基づくロイヤルティです。行動ロイヤルティは、「店舗に来店した」「試着をした」などといった行動の量や質に基づくロイヤルティです。 心理ロイヤルティは、「試着してどう感じたか」や「お客様がどんな体験をしたのか」などといったお客様が企業や商品に対してどれだけ愛着を持っているのかに基づくロイヤルティです。「ファンづくり」のファンとは、これらのロイヤルティが高いお客様を指しています。
つまり、「経済」「行動」「心理」の異なるロイヤルティをそれぞれ可視化し、どのような施策がファン獲得に効果的なのか、どんな店舗が来店者に悪い印象を与えるのかなどを、1つずつ洗い出せるようにするのが「ファンづくりを科学する」の本質です。
――目に見えないお客様の気持ちを可視化することが「ファンづくりを科学する」ということなのですね。
はい。例えば、お客様の購買金額や購買回数といった経済ロイヤルティに関する情報は、デジタルを駆使すれば容易に取得できるようになりました。これにより、どんな施策が購買金額や購買頻度の増加に寄与するのかが分かるようになり、売上向上に直結する施策を立案、展開しやすくなります。 とはいえ、「お客様は試着に満足したのか」「お店にずっと通いたいと思っているのか」といった、お客様の気持ちに焦点を当てない限りファン獲得にはつながりません。人の感情は定量化しにくいことから、必ずしも簡単に取り組めるわけではありません。
企業視点の購買者づくりではなく、お客様視点のファンづくり
――なぜ購買者を増やす施策に目を向けず、お客様の気持ちの読み取る「ファンづくり」が大切だと考えるのでしょうか。
企業のサステナブルな経営視点では、モノを売る前の施策も重要ですが、モノを売った後、お客様が本当に喜んでいるかどうかこそが重要だと考えるからです。例えば、購買金額や購買回数などといった経済ロイヤルティは、企業の収益を左右する重要指標となります。そのため企業は経済ロイヤルティを重視し、購買金額や購買回数を増やすための施策に舵を切りがちです。しかし、こうした施策はあくまで購買者を増やすためのものです。企業側の短期的な視点であってお客様の視点に基づいたサステナブルな経営とはいえません。
私は以前、経済ロイヤルティに主眼を置く、つまり商品を売るための仕組みづくりを支援するコンサルティングに携わっていました。現在のインサイドセールスに該当し、メールや電話を駆使して非対面の営業活動を支援するものでした。将来的に顧客になりうる「見込み客」を特定し、非対面から対面営業に引き継ぐまでのプロセス構築を支援していました。当時はインターネットが一般的ではなかった2000年代。単に電話をかけ続けるだけの営業ではなく、インターネットを駆使する手法を取り入れるのが先進的な時代でした。このような先進的な仕組みを構築するコンサルティングに30年間携わってきました。
しかし、年齢を重ねるにつれて、虚しさを感じるようになりました。「売ればいいのか?」という疑問が膨らんできたのです。売った後にお客様が本当に喜んでいるかどうかこそ重要ではないかと感じるようになったのです。こうした経緯から、お客様の心理ロイヤルティ、すなわち「ファンづくり」に着目するようになりました。
――なぜ心理ロイヤルティを定量化することが必要なのでしょうか。
ファンづくりのための施策を着実に実行するための手段として定量化が必要だからです。ファンづくりや顧客満足度を向上させるための施策(活動)、つまり心理ロイヤルティの重要性は誰もが認めているでしょう。私がセミナーでこの話をすると、参加者は皆納得してくれます。しかし、次の日にファンづくりのための活動に取り組み始める人はいるでしょうか。普段の業務に戻ると、お客様の視点ではなく企業の視点ばかりの活動になってしまうのです。つまり、購買者を増やすための活動に注力する企業が大半なのです。
一般的なファンづくりは精神論に陥りやすく、具体的な行動に結びつけられない企業が少なくありません。経営者は「ファンづくりの活動によってどれくらいの利益が得られるのか」と考えがちで、現場は経営者の意向に沿おうとファンづくりのためのマネジメントを軽視してしまうのです。
ファンづくりがどれだけ重要だったとしても、取り組みの必要性を訴求するだけでは行動には移せないのが現在の状況です。そこで私は、科学的なマネジメント手法を使って心理ロイヤルティに取り組めるようにしました。方法論として明示すれば、活動の意義や必要性を理解した上で実行できるようになると考えたのです。
ロイヤルティマーケ分科会では、心理ロイヤルティの取り組みが精神論に陥りやすい点を課題と捉え、科学的なマネジメント手法を徹底活用した効果的な活動を打ち出すことを目指しています。この分科会が目指す取り組みこそが、私のライフワークだと思っています。
互いに学び合うロイヤルティマーケ分科会
――ロイヤルティマーケ分科会ではどのようなことが学べるのでしょうか。
ロイヤルティマーケ分科会に参加することで、ファンづくりを論理的に捉えられるようになります。「ファンになっている度合いや何が響いているのか」といったロイヤルティも可視化できるようになります。まさに、ファンづくりを科学的に理解できるようになるのです。
ロイヤルマーケティングは奥深い分野で、専門的で難しいと感じる方がいるかもしれません。しかし、ロイヤルティマーケ分科会では知識を得るだけでなく、ディスカッションを通じて多様な視点を養うことができます。日本オムニチャネル協会には、特定の業界に限らずさまざまな方々が集まっているため、ロイヤルティマーケティングという1つのテーマに対して、自分とは異なる視点を経験談と共に学べます。まさに多角的に見方を養うチャンスがあり、普段の職場では気付かないような新たなヒントを得られると思います。
実際、私は参加者の皆さんから多くのことを学ばせていただいており、とても感謝しています。私は過去の経験に基づく知見を提供していますが、参加者の皆さんの現場の声は私にとって参考になるものばかりです。学ぶことは、偉い人の言葉だからといって決して絶対的なものではないと考えています。ロイヤルティマーケ分科会は、参加者同士が互いに学び合うことができる場なのです。
知見を実践へと広げる場へ
――今後ロイヤルティマーケ分科会の目指す姿を教えてください。
当面のゴールは、心理ロイヤルティについての知見を深めることです。その後、参加者は分科会で学んだ知見やノウハウを自社に持ち帰り、実践してもらうことを期待しています。
私自身は個人でコンサルティングに携わっていますが、以前、心理ロイヤルティの科学的マネジメント手法を全社導入した経験を通じて、夢が広がったと感じました。若い人材に自分の知見を伝え、その知識を実践していただけることに対して、とてもありがたく思っています。ですので、ここで得た知識が社会に広がる流れを作り出せたらと思います。たとえ私がコンサルティングをしなくても、参加者自身が学んだことを基に実行し、それによって社会に貢献できるようになるといいですね。 分科会では現在、さまざまなテーマをディスカッションしていますが、いつか参加者の実践結果を持ち寄ることができれば、さらに議論を深められると思います。そして、皆さんと共に共創の仲間となっていきたいですね。
参加者の声
『もともと分科会リーダーの渡部さんが書かれた著書を拝読して自社の活動に反映していました。その渡部さんご本人と直接お話しできるチャンスだと思い参加させていただきました。実際にロイヤルティマーケ分科会に参加し、学んだ「ロイヤルティを定量的に分析する手法」を活用して社内でロイヤルティの重要性を説き、プロジェクト化することができました。』
『ロイヤリティ向上・リピート向上・LTV向上は、すべての企業共通のマーケティングテーマだと思います。ロイヤルティマーケ分科会ではフレームワークを駆使してマーケティングテーマにアプローチし、クライアント企業やベンダー企業の参加者の方たちと一緒に解決策を考える場を提供しています。こうした環境に身を置くことの大切さを痛感しています。こうした過程で得られたインサイトが、当社だったらこんなことができるのでは?というアイデア創発のヒントとなっています。』
編集後記
記事を読んでいただきありがとうございます。今回ロイヤルティマーケ分科会についてインタビューさせていただき、渡部リーダーのお人柄に感銘を受けました。「私の本業は孫の世話なんですよ(笑)」とおっしゃっており温和な雰囲気な方ですが、お客様に対する熱い思いを持っていると感じました。「心理ロイヤルティを科学的にマネジメントする」と聞くと専門的で難しそうなイメージがありますが、渡部リーダーが常に注目しているのはお客様。満足度向上のために方法論をライフワークとして磨き続けていると感じました。渡部リーダーから「学ばせていただいて本当に楽しい」「個人では絶対にできないことができたから若い人とも一緒にやっていきたい」というお言葉を聞き、豊富な経験にもかかわらず学び続ける姿勢は、まさに日本オムニチャネル協会が目指す業界や企業、地域、組織や年代の壁を超えることを体現していると感じました。このような渡部リーダーの人柄があるからこそ、オンラインやリアルに関わらず議論が活発化し、皆さんで学び合うことができるロイヤルティマーケ分科会の価値が生まれているのだと思います。
執筆:小松由奈
一般社団法人日本オムニチャネル協会
https://omniassociation.com/