「お~いお茶」でお馴染みの緑茶飲料を展開する伊藤園。最近はMLBやLAドジャースとパートナーシップ契約を締結し、大谷翔平選手をパッケージにした飲料や広告が大きな注目を集めています。そんな伊藤園が掲げるデジタル施策とは。DXをどう捉え、どのように取り組むべきと考えているのか。伊藤園 代表取締役副社長 営業統括本部長 CDO マーケティング本部担当 本庄周介氏に話を聞きました。(聞き手:デジタルシフトウェーブ 代表取締役社長 鈴木康弘氏)
一足飛びにDXを目指さない地道な取り組み
鈴木:本庄さんのこれまでの経歴を教えてください。
本庄:小学生の頃は、当時大流行した電子ブロックで遊んでいましたね。アマチュア無線にもハマり、高校時代にはアマチュア無線部の部長も務めました。今振り返ると、小さい頃からデジタルへの興味・関心は高かったと思います。こんな原体験が現在の仕事でも活かされているのではと感じます。
異文化を経験し、視野を広げることを目的として海外で生活した経験もあります。その後、26歳のときに日本へ戻り、伊藤園に入社することになります。

鈴木:伊藤園に入社後はどのような業務に携わってきたのでしょうか。
本庄:最初に担当したのは、飛び込みの新規開拓営業です。当社の自動販売機を設置してもらうため、毎日あちこち回っていましたね。3年半担当した後、事業計画を立案する部署に異動となりました。伊藤園として今後、どんな事業を創出すべきか、事業をどのように計画、推進していくのかを検討していました。さらにその後は財務部長も経験しました。沖縄の事業統括責任者が入院した際には、私が沖縄に急遽向かって業務を引き継いだりしたこともありましたね。沖縄から東京に戻ったときに広域営業本部が新設され、副本部長兼部長を務めることになりました。さらに、自動販売機部門を統括するなど、さまざまな部署、役職で伊藤園の事業に携わってきました。
小さな成功体験の積み重ねがDXの土台に
鈴木:本庄さんは現在、副社長でありながらCDOという役職も兼任しています。CDOに就任するにいたった経緯と、CDOとしての役割を教えてください。

本庄:CDOに就任したのは2021年です。当社はそれまで、管理本部内の情報システム部門がITを管理、運用していました。当時は「DX」という言葉が飛び交っていた頃で、当社でもDXを推進すべきという機運は高まっていました。しかし実際は、デジタル化さえままならない状況で、DXを推進できる体制ではなかったのです。そこで、まずは責任者を立てるべきと考え、私がCDOを拝命することになったのです。CDOとしてDXを推進するのが役割ですが、いきなり大がかりなDXを加速させようとは考えていませんでした。現在の状況や目指すべきビジョン、さらには従業員の意識改革も含め、穏やかにDXを推進したいという思いがありますね。
鈴木:具体的に取り組んでいることがあれば教えてください。
本庄:まずはDX推進を担う委員会を立ち上げました。もっとも名称は「デジタル推進委員会」とし、あえて「DX」の冠を外しました。変革を成し遂げる前にやるべきことは多々あると考え、まずは足元に目を向ける意味を込めて「デジタル推進委員会」と命名しました。
デジタル推進委員会で最初に取り組んだのはRPAの導入です。業務の自動化にフォーカスし、当時注目されていたテクノロジーの1つであるRPAの導入、運用に踏み切りました。社内の定型業務を洗い出し、処理の自動化に着手したのです。具体的には売上の集計や請求書の発行などの業務に適用しました。RPAによる自動化領域を徐々に広げ、現在では約200~300の業務をRPAによって自動化しています。
鈴木:RPAによる業務領域を段階的に広げていったのも、本庄さんが言う「穏やかなDX」の1つの形というわけですね。
本庄:大規模なシステムを導入し、業務や組織を大きく変えるのも改革の1つの姿と言えるでしょう。しかし当社がそのような改革を断行しても根付かないと思ったのです。まずはスモールスタートで業務を見直し、小規模でも成功事例を積み重ね、その事例を少しずつ広げる方が当社の風土に向いていると考えました。
鈴木:RPAを使い始め、具体的な効果を実感していますか。
本庄:はい。RPAを運用したことで、従業員のITに対する理解が次第に深まったと感じています。ITを活用する上で何より大切なのは、ITを現場に無理矢理押し付けないことだと考えます。当社では現場の課題に耳を傾け、本当の効率化につながる業務を精査しました。各業務の特性や課題を見極め、RPA導入で大きな効果を見込めるのかを丁寧に調べていったのです。こうした地道な取り組みが奏功し、徐々に効果に結びついているのだと思います。従業員はルーチンワークが減ったことで、クリエイティブな仕事に集中できるようになりました。こうした働き方への意識の変化も、気づきにくい効果の1つだと思います。
鈴木:現在は生成AIの企業導入が加速しています。伊藤園では生成AIとどう向き合っていますか。
本庄:当社では「Microsoft Copilot」をいち早く導入し、業務効率化に役立てています。さらに画像解析などの分野でもAIを積極的に活用しています。例えば当社の場合、摘み取った茶葉の品質をAIによる画像解析で自動判定できるようにしています。現在は研究段階で実用化には至っていませんが、多くの業務でAIによる効果を見込めると考えています。
鈴木:AIのような新しいテクノロジーの導入効果を高めるためには何が大切だと考えますか。
本庄:ITを駆使した業務の効率化は、今以上にさらに加速していくと考えます。とりわけ生成AIの動向には注視しなければなりません。生成AIの登場は、インターネットが登場したとき以上のインパクトがあると捉えています。
もっとも、すべての業務がAIによって自動化されるとは考えていません。今後は人とAIが協調して業務を処理することになるでしょう。こうした新たな業務の姿を見据えるときに大切なのは、新たに登場するテクノロジーを積極的に受け入れる姿勢です。失敗を恐れて導入しないという選択肢はありません。当社のビジネスにどう活かせるのかを常に考え、新たなテクノロジーの可能性を見出そうとする姿勢が不可欠です。進化し続けるテクノロジーに対し、学びながら活用していくことがITの導入効果を最大化するためには必要だと考えます。
膨大なデータをAIで分析し、新たな価値創出へ
鈴木:AIなどのITを駆使し、今後はどんなことに挑戦したいと考えていますか。
本庄:社内に蓄積するさまざまなデータをAIで分析し、新たな価値を生み出すことに注力していきたいですね。当社には長年の事業活動で生成された膨大なデータが蓄積されています。しかし残念ながら、データは社内に散在し、管理方法も不統一。データを活用できる状況とはとてもいえません。
そこでまずはデータを一元的に集約し、整理・統合するためのCDPを構築しました。CDPを使ってデータ活用の素地を整え、AIを駆使して分析、可視化することが当面の目標です。こうした取り組みが顧客のニーズを深く把握する契機となり、より良い商品開発や有効なマーケティング施策立案に役立つのではと考えます。特に膨大なデータをAIで分析すれば、これまで人が見逃していた新たな気づきも得られるに違いありません。新たな発見をもたらすための土台としてCDPやAIを徹底的に活用できればと思います。
鈴木:伊藤園ではどのようなDXを描こうと考えていますか。今後のDX推進策について教えてください。
本庄:当社ではお客様に喜んでもらえる商品づくりに注力しています。さらに、お客様が満足する購買体験の提供も目指していきます。これらの取り組みを成し遂げる手段となるのがDXです。もっともデジタルやAIを活用することがDXだとは考えていません。ツールを使い、従業員一人ひとりが付加価値の高い仕事に取り組める環境を醸成することこそ必要だと考えます。こうした考え方や取り組みが、お客様のエンゲージメントを向上させるのです。もちろん、一朝一夕で理想の環境を作り出せるとは思っていません。焦らずに目の前のことを1つずつ確実に進めることが大切です。社内や組織、従業員を置き去りにしないで進めることがDXでは重要です。
鈴木:多くの企業がDXを進められずにいます。こうした企業がDX推進を加速させるために必要なことは何でしょうか。どう進めるべきかアドバイスをいただけますか。
本庄:当社もDXに踏み出したばかりで、当社の施策が成功しているとはまったく思っていません。そんな中でも大切なのは、経営層による覚悟です。「必ず成し遂げるんだ」という経営者の強い思いが、DXの成功確率を引き上げるのではないでしょうか。経営者の覚悟が従業員一人ひとりの意識にも大きな影響を及ぼすのではないかと考えます。
改革といった大きな目標だけを追い続けるのではなく、目の前の業務改善から取り組むのも有効です。小さな成功体験を積み、一歩ずつ着実に進めるべきです。大きな目標を達成するために大規模なシステムを導入したり、組織を大幅に再編したりするといった取り組みは、社内の理解を得られないまま進んでしまいがちです。現場を含む多くの人の理解と協力を得ながら進めることが大切です。その過程で失敗することも多々あるでしょう。しかし失敗を恐れず、何度でも繰り返しチャレンジすることも重要ですね。こうした新たな試みに挑める環境づくりこそがDXそのものなのではないでしょうか。
鈴木:本庄さんの考えに強く賛同します。まずは行動し、挑戦する風土を醸成すること自体がDXの取り組みに他なりませんね。本日は大変貴重なご意見をいただき、ありがとうございました。
本庄:こちらこそ鈴木さんとDXについて議論でき、有意義な時間を過ごすことができました。ありがとうございました。
株式会社伊藤園
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