犬の空間的バイアス現象を理解するための研究
私たちは犬に対して、指差しジェスチャーで何かを示す行動を頻繁に行ないます。たいていの場合、犬は指差された方向を向いて何らかの行動を起こすので(例えば、指差された食べ物を食べるなど)私たちは犬が指差しジェスチャーを人間と同じように解釈しているのだと思いがちです。
しかし私たちが何かの物体を指差した時に、人間の幼児はその物体に注目するが、犬の場合は指差しジェスチャーを方向指示の合図として受け取ることがわかっているそうです。
犬が指差しを位置や方向の情報として理解することは、Spatial bias=空間的バイアスと呼ばれます。
これは与えられた情報を本来は対象となる物体ではなく、位置、空間、距離に関するものとして解釈することを指します。空間的バイアス現象が起きた時、対象物の特徴はしばしば見落とされます。
これまでの研究では、物体に対する指差しジェスチャーを犬が方向指示の合図として受け取ってしまうことについて、犬は人間よりも視力が弱いからなのか、それとも犬にとっては特定の物体よりも周囲の空間の情報の方が重要であると考えるからなのかは、明らかになっていませんでした。
ハンガリーのエトヴェシュ・ロラーンド大学の動物行動学の研究チームは、犬の空間的バイアス現象についてより深く理解するための実験を行ない、このたびその結果が発表されました。
位置情報か、物体の特徴情報か、犬はどちらを好む?
この研究では82頭の家庭犬を対象にして、2つの行動実験が実施されました。
1つめの実験は、実験者が犬から3メートル離れた位置に立ち、実験者の左右に皿が1つずつ置かれます。半数の犬では常に右側の皿にトリーツが置かれ、残り半数の犬では常に左側の皿にトリーツが置かれました。
犬はキューによってトリーツに駆け寄って食べることができ、最大50回の試行で、どちらの皿にトリーツがあるのかを学習します。
2つめの実験では、同じく実験者が犬から3メートル離れた位置に立ち、実験者の正面に白くて丸い皿と黒くて四角い皿のどちらかが置かれます。
白い皿と黒い皿はどちらか1つだけがランダムに出されますが、半数の犬では常に白い皿にだけトリーツが置かれ、残り半数の犬では常に黒い皿にトリーツが置かれました。
1つめの実験と同じく犬はキューによって皿に近づいてトリーツを食べることができます。学習が完了したかどうかは、正しい皿に駆け寄る速度から判断されました。
2つの実験の結果、犬は位置情報(右か左か)の選択をより早く学習し、物体の特徴(白くて丸い皿か、黒くて四角い皿か)を学習するのはより困難であることがわかりました。
さらに上級の課題として、犬たちに最初の実験とは反対の条件での学習も実施されました。
空間的バイアスは視覚や認知能力に影響されるのだろうか?
それぞれの犬の空間的バイアスは、2つの実験における学習速度によって測定され、これらの空間的バイアスの違いは、視覚によるものなのか認知能力によるものなのか、あるいはその両方なのかを明らかにするための測定も行われました。
犬の視覚能力は頭蓋骨の形と関連します。短頭種と呼ばれる犬種では目の位置が人間のように前方寄りになり、網膜の構造から、よりシャープで焦点の合った視覚を持ちます。
反対にマズルの長い犬種では草食動物のように広い視野を持ちますが、正面への視覚は弱くなります。
そのため犬の視覚の質のおおよその尺度として、頭蓋の幅を頭蓋の長さで割って算出する頭蓋指数が用いられます。この結果、視覚の優れた犬は物体の特徴(この場合は皿の色と形)を速く学習していたことがわかりました。
さらに犬たちは、認知能力テスト(記憶力、注意力、忍耐力を評価するもの)を受けました。認知能力テストの結果は、上級課題として最初の実験と条件を反転させた場合の学習速度と関連していました。
つまり、認知能力の高い犬は条件が変わった時にもより速く順応し、学習を完了させた=空間的バイアスが小さいということです。
まとめ
2つの実験の結果から、犬は物体の特徴よりも位置に関する情報を学習する方が得意であること、視覚が優れた犬は物体の特徴を学習するのが速いこと、認知能力の高い犬は空間的バイアスが小さいという結論をご紹介しました。
私たちは人間のものの見方や考え方をついつい犬にも当てはめがちです。しかし犬には犬特有のものの見方があり、それはまた個々の犬によっても差があるということを示すこのような研究結果は非常に貴重なものです。
愛犬の行動をよく観察すると、空間的バイアス現象が見えてくるかもしれません。
《参考URL》
https://doi.org/10.1111/eth.13423
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