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【新作アニメ捜査網】第33回 放浪息子


新作アニメ捜査網

皆様、こんにちは。連載シリーズ「新作アニメ捜査網」では今回、テレビアニメ『放浪息子』を取り上げたいと思います。この番組はフジテレビ系列の深夜アニメ枠「ノイタミナ」で放送されている作品で、原作はエンターブレインの雑誌『月刊コミックビーム』に連載されている志村貴子の漫画です。志村貴子は、2009年にフジテレビ系列の深夜アニメ枠「NOISE」(現在は廃止)で放送された、女子高生同士の恋愛を描いたテレビアニメ『青い花』の原作者でもあります。


『放浪息子』のストーリーは、女の子になりたい男の子・二鳥修一(声・畠山航輔)と、男の子になりたい女の子・高槻よしの(声・瀬戸麻沙美)を描いたもので、学校の文化祭のエピソードが中盤の山場となっています。

物語の舞台となっている中学校の学級・1年3組では、第3話「ロミオとジュリエット ~Juliet and Romeo~」で、千葉さおり(声・南里侑香)が文化祭の出し物として倒錯劇(男子が女子を演じて女子が男子を演じる演劇)を提案。多数決によって出し物は倒錯劇に決定します。

現実の世界にも男性が女性を演じる歌舞伎や、女性が男性を演じる宝塚歌劇という例が実在しますが、演劇は非日常的空間であるが故にそういった表現が可能なのでしょうし、同時に、そういう表現の仕方を用いているが故に観客を非日常的空間にいざなう効果があるのでしょう。

ここで本稿では、アニメにおいて女性が男性を演じたり男性が女性を演じたりした劇中劇を振り返り、『放浪息子』について考える上での示唆を得たいと思います。

まずは2006年に放送されたテレビアニメ『乙女はお姉さまに恋してる』(原作・キャラメルBOX)。
この番組は、祖父の遺言によって女装して女子高に入学させられた少年・宮小路瑞穂(声・堀江由衣)を描いた物語です。瑞穂が男性であることを知っている生徒は、瑞穂以外には2人だけです。
第10話「二人のジュリエット」では、『ロミオとジュリエット』の演劇を催すことになります。瑞穂はロミオ役を演じるのですが、女子高で女装した少年が男性の役を演じるという二重三重のねじれ現象が起きています。
ジュリエット役を演じる生徒会長・厳島貴子(声・たかはし智秋)は、瑞穂の正体が男性であることを知らないのですが、演劇の中でのロミオとのキスシーンで、同性とのキスシーンなのにドキドキするという、思わず困惑してしまう感情を抱えることになります。

続いて2009年に放送されたテレビアニメ『マリア様がみてる 4thシーズン』(原作・今野緒雪)。
この番組も女子高を舞台にした物語ですが、第2話「特別でないただの一日」では男子高の生徒と共に『とりかへばや物語』の演劇に取り組みます。
この演劇は、男の子が女の子として育てられ、女の子が男の子として育てられるという物語なのですが、演劇全体を統括する先輩・小笠原祥子(声・伊藤美紀)は、男子生徒が女性役を演じ女子生徒が男性役を演じるという大胆なキャスティングを配します。この案は、女装した男子生徒の姿が観客の爆笑を誘うという効果を生んでいますが、それ以上のストーリー上の深い意味はなかったようです。

最後に2009年に放送されたテレビアニメ『青い花』(原作・志村貴子)。
この番組も女子高を舞台にした物語ですが、第6話「嵐が丘 後編」では演劇『嵐が丘』を披露します。杉本恭己先輩(声・石松千恵美)は、ボーイッシュな外見をした、女子生徒からモテモテの人物であり、演劇においては男装し主人公ヒースクリフを演じます。そして公演終了後、教師の各務正則(声・浜田賢二)から「杉本もよく頑張ったね。ありがとう。うん、偉い。」と褒められて、涙をこぼすのでした。
この演劇は、ボーイッシュな魅力で女子生徒からキャーキャー言われる杉本先輩が男装して出演するという点においては普段の杉本先輩の特徴をより強く押し出したものですが、同時に、男性から声をかけられて感激するという普段見せない姿も浮き彫りにし、逆説的なエピソードとなっていました。
ところで、杉本先輩はバスケットボール部部長を務めていますが、『放浪息子』の高槻よしのもバスケットボール部員です。テニス部、バレーボール部、ソフトボール部といった部活動ではなく、敢えてバスケットボール部に設定することによって、或る種の表象を表しているものと推測されます。

さて、『放浪息子』の話題に戻ります。第3話において、1年3組の出し物は倒錯劇と決まったため、二鳥と千葉はプロットを執筆。
二鳥は男の子になりたい女の子と女の子になりたい男の子を描いたオリジナルストーリー、千葉は『ロミオとジュリエット』の現代版を執筆したところ、担任教師・税所学(声・中井和哉)の提案により、2人の作品の要素を合体させることになります。
かくして倒錯劇は、女の子になりたい男の子であるロミオと、男の子になりたい女の子であるジュリエットを描くものとなりました。

第4話「私の名前をあげる ~The sound of your name~」では、二鳥は高槻に演劇の真相を明かします。
曰く「今書いてる劇は、僕にはただの劇じゃないよ。高槻さんと僕が主役の、僕の願望なんだ。男の高槻さんと女の子の僕とみんながちゃんと幸せになる話。」一方、千葉は二鳥の狙いを見抜いており、「これは二鳥君の願望だわ。女の子になって、男の子の高槻さんに・・・。その思いが二鳥君にこの物語を書かせたのね。」と指摘します。

そして第6話「文化祭 ~Dream of butterfly~」ではいよいよ本番。主演は千葉と、二鳥の友人で女の子になりたい男の子である有賀誠(声・井口祐一)。
この倒錯劇の見せ場は、以下のシーンです。

メイド役あ~悲しや、大事な姫様がこともあろうに男の真似事ばかり。
千葉お前は悲しいという言葉しか知らないの?(一部、観客の発言と被る)もううんざり。
有賀皆、ロミオの名に恥じない立派な男になれと言います。私はなぜロミオであなたはジュリエットなのでしょう。
千葉ただ一言私をロミオと呼んでください。さすれば新しく洗礼を受けたも同じこと。私のジュリエットという名は、あなたにこそ相応しい。
有賀いただいてもよろしくて?
千葉もちろんですとも。

この場面は、『ロミオとジュリエット』における「あなたはなぜロミオなの?」という台詞を翻案したものですが、本来の『ロミオとジュリエット』におけるこの台詞は、ジュリエットがロミオに対し、父親との血縁を捨て、更に名前をも捨てることを望むものです。
一方、倒錯劇版『ロミオとジュリエット』におけるこの台詞は、互いの名前を交換することを望むものです。
ここにおける名前というものは、性別を象徴する意味合いをも持っており、いわば性別を交換しようとしていると見ることもできます。名前はその比喩であるということです。
また、この演劇におけるロミオとジュリエットは、二鳥と高槻の比喩でもありました。この演劇には、二鳥の強い思いが反映されていたのです。

以上、4作品に登場した劇中劇を見てまいりましたが、いずれにおいても女性の男装または男性の女装という行為を容易に実現可能な“装置”が演劇であり、同時に、演者の感情が凝縮される“装置”でもあったようです。

■ライター紹介
【コートク】

本連載の理念は、日本のコンテンツ産業の発展に微力ながら貢献するということです。基本的には現在放送中の深夜アニメを中心に当該番組の優れた点を顕彰し、作品の価値や意義を世に問うことを目的としていますが、時代的には戦前から現在まで、ジャンル的にはアニメ以外のコンテンツ作品にも目を向けるつもりでやって行きたいと思います。そして読者の皆様と一緒に、日本のコンテンツ産業を盛り上げる一助となることができれば、これに勝る喜びはございません。

Publisher By おたくま経済新聞 | Edited By おたくま経済新聞編集部 | 記事元URL https://otakuma.net/archives/4196621.html
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