インターネット上に蔓延るさまざまな詐欺を調査していると、編集部あてに読者から調査依頼が届くことがあります。今回ご紹介する内容も、寄せられたコメントから潜入を試みたもの。
なんでも「YouTube社の営業課」を名乗る方からメールで、「スマートフォンを使用して自宅で出来る仕事」の斡旋があったそうです。報酬は1万円から2万円とのこと。そんなうまい話が……ではサクっと行ってきます!
■ 仕事の内容は「YouTubeのスクリーンショットを撮って送るだけ」
メールにはLINEのIDが記載されていた為、調査用のアカウントから連絡を行うと、すぐに返信があり、やり取りをスタートしました。
相手の名前は「前田」。プロフィールの写真には、アジア人と思われる金髪の女性が写っています。
話によると、「指定したYouTubeの動画を見て、そのスクリーンショットを撮影し、報告する」だけで、1本につき百円単位の報酬が得られるとのこと。
しかも動画を全て視聴する必要はなし。これがもしも本当であれば相当簡単に稼げそうです。早速タスクをこなし、スクリーンショットを送ると……これでOKとのこと。わずか数分で200円ゲットしました。
■ 認証のない「資金管理サイト」への登録を促される
しかし、まだこれが実際に手元に入ったわけではありません。報酬を引き出す方法について気になっていたところ、相手から案内がありました。なんでも指定の資金管理サイトに登録し、そこに仕事の報酬を振り込んでいくとのこと。
なんだかきな臭くなってきましたが「報酬の受け取りと引き出しがより便利になる」「手数料は無料で、最短60分以内に迅速に現金を引き出せる」といったメリットがあるのだとか。なるほど、じゃあやってみましょうか。
指定のサイトは「KORCOIN」というサイトで、ユーザー名やパスワードを設定すると、早速ログイン出来ました。仮にも金融サイトなのにメールアドレス認証とか電話番号認証はないのね……。
■ 投資詐欺で使われている「投資アプリ」を使い回している?
ちなみにこのサイト、仮装通貨の売買が行えるような“見せ方”になっていました。これは多分……今社会問題になっている「投資詐欺」で使われているという、投資アプリを使い回しているのではないでしょうか。
投資詐欺被害者の方から、実際に使われた「投資アプリ」(実際はただのWEBサイト)を見せてもらったことがあるのですが、作りが非常によくにています。国別ドメインも「.cc(オーストラリア領ココス諸島のドメイン)」と、状況が全く同じです。
そして項目から確認できる、ビットコインやイーサリアム等のチャート。これ自体が、実際の値動きと連動しているのも同じでした。それにしても、投資詐欺のツールを他の詐欺でも使い回すとは。詐欺業界にも、経費節減の波が来ているのかもしれません。
なお、筆者が進行しているYouTube動画の報酬は2000円を超えると引き出し可能になるとのこと。そうこう色々みていると、前田から次のタスクが送られてきました。今度もYouTube動画のスクリーンショットを送ればいいそうです。カンタンカンタン。これで300円は正直おいしすぎる。
このタスクを報告し、完了すると、なぜか残高が2000円になりました。まだ2回分500円しか作業していないはずなのに……。と過去のやりとりを見ていると、そもそも「KORCOIN」に登録完了した時点で1500円の特典が付与されていたようです。なるほど。それでピッタリ2000円にするというわけか。
すると続けざまに、口座登録を促されました。報酬を引き出すには、どうやら銀行口座の登録が必要。勿論登録などしませんが。もし仮に登録してしまったら、銀行口座情報を盗まれるのが目に見えています。
それにしてもこのサイト、当然と言えば当然なのですが、なんせログイン方法がおかしいし、どこを見渡しても利用規約、運営会社の記載がありません。念のために「KORCOIN」で検索して調べてみると、詐欺に関する情報がいくつも出てきました。やっぱりね。
■ うっかり操作ミスで残高ゼロに しかしなぜかすぐに元に戻してもらえる
一旦登録は無視して、サイト内を色々探索していると……しまった、間違って仮想通貨を買ってしまい、残高がゼロになってしまいました。
これを前田に報告すると「私の許可なく勝手に操作しないでください」と怒られてしまいました。ワザとではないが、こちらの操作ミスなので仕方ない……という気持ちでいると、なんと残高を元に戻してくれたではありませんか。そんなことある?
どうしても気になったのでたずねてみると、どうやら筆者が新人なので、今回だけ会社に申請して返金してくれたようです。それなら良いのですが、画面上では2000円分の仮想通貨をおそらく買ったままの状態。合計4000円分保持していることになりますが、この金額、本当に信用できるのでしょうか。
それでも相手は「大丈夫」の一点張りだったため、これを機に色々質問して見ることに。「KORCOINのサイトはあなたが管理しているのか?」と聞くと、「私は採用のみを担当しています」との回答。それにしては残高を戻す対応がえらい速かったですね。
■ 相手の会社はまさかの「ゴールドマン・サックス社」 それはさすがに無理がある
次に「このサイトに利用規約はあるのか?」聞くと、都合が悪いのか「このプラットフォームは報酬計算のためだけに使用されており、他の目的では使用されませんので、ご安心ください」と早くもはぐらかされました。金銭のやり取りをしているわけですから、相手の正体が不透明なまま取引を行うことは絶対にあってはいけません。
そこで会社名についてたずねると、相手があげたのはなんと「ゴールドマン・サックス社」。同社はアメリカ合衆国を本拠地に置く、世界最大手の金融機関として知られている企業です。それはさすがに無理があるだろう……。
ここでついに「詐欺ではないか?」問い詰めると、「チャットの記録は法務部がリアルタイムで監視している」「会社を誹謗するなら、あなたの口座を起訴し、凍結する権利がある」と、脅しとも取れるようなメッセージを送信してきました。
そこで、いよいよ身分を明かし、ついでに「ゴールドマン・サックス社は電子メール以外でやり取りを行っていない」こと(ゴールドマン・サックス社のHP参照)を告げると、そこから既読が付かなくなり、連絡が途絶えてしまいました。
■ 今回の事例は「タスク詐欺」と呼ばれる悪質かつ巧妙な手法
以上が今回の潜入の一部始終となります。読んでいる途中で気付いた方もいるかもしれませんが、今回の事例は「タスク詐欺」と呼ばれるもので、過去にも多くの方が騙された手口。調べればその情報はさまざまな媒体でも紹介されています。
このままやり取りを続けることで、銀行口座の情報を盗み取られるだけでなく、「金銭を引き出すには手数料が必要」「高報酬タスクを受けるには振り込みが必要」などとあの手この手で金銭を要求してくるのです。
もちろん、ただ振り込むだけなら誰もが怪しむところでしょうが、今回のやり取りにも登場した「資金管理サイト」上では、お金が増え続けているので「損はしない」と錯覚させられるのです。そのため、多くの方が騙されてしまうのでしょう。
しかし、前述の通り、金融サイトであるにも関わらず、利用規約や運営会社の記載がないということはまずあり得ません。さらに、登録時にメールアドレスや電話番号認証といった個人情報の登録もありませんでした。
また、このサイト上の数字が管理者の一存で簡単に操作できてしまうのは、上記やり取りでも証明されています。一見すると本物の資金管理サイトのように見えますが、表面的な情報だけを見て、身元のはっきりしない人物を信用することなど絶対にあってはいけません。
こうした詐欺に引っかからないために、うまい話には必ず裏がある、という考えを念頭に置いておくことはもちろんのこと、判断に迷う時は誰かに相談する、同様の事例がないかネットで調べてみる、といった自己防衛を行うことで騙される確率はグッと低くなります。決して自分の判断だけで話を進めないようにしましょう。相手はこうした隙を狙ってくるのです。
なお今回は、検索しても簡単には見つけられないことを確認した上で「KORCOIN」の名前をあえてそのまま掲載しています。被害に遭いそうになっている方が、この記事を見つけやすくするためです。よって、いたずらに探し出して、見に行くことだけはしないでください。
<参考>
ゴールドマン・サックス社HP「Security &Fraud Awareness(セキュリティと詐欺に対する意識)」
(山口弘剛)
Publisher By おたくま経済新聞 | Edited By 山口 弘剛 | 配信元URL:https://otakei.otakuma.net/archives/2024042305.html