今年のメーンイベントはオリンピックとパラリンピックで、今ごろは「もうすぐ開幕だね」「メダル何個かね」と話をして、夏は感動と熱狂に包まれ、秋には大統領選で株価が乱高下するなか、切ないワニ君の死を流行語大賞で思い出して、紅白で嵐のフィナーレを見て感動する。2月ごろまでは、そんなところだろうと思っておりました。2020という年は。
ところがご存じの通り、新型コロナ禍はゆるぎないメインイベントも吹っ飛ばし、嵐の活動休止が延長されるかどうか目を離せない事態となったわけです。私たちの生活も、ソーシャルディスタンスが必要になり、マスクは布製になり、メルカリで出品できない物が増えるなど、わずかの間に新しい生活様式への移行を余儀なくされたのであります。
ソーシャルなディスタンスが広がったということは、相対的にドメスティックなディスタンスは縮まったと考えることもできましょう。特に、猫と暮らす皆々様にとりましては、StayHome期間中、自宅の猫との距離は縮まり、仕事の間もZoomミーティングの最中も猫と濃厚接触してたりしたのではないでしょうか。
そして見えてきたはずです。平時だったら留守にしている時間、猫は何を思い何を求め何をしているのか。
自宅での勤務期間が終わった方もいるかと思いますが、一度知ってしまったら、もう知らずに過ごすわけには参りません。猫との生活も新しい様式へと移行せざるを得ないのであります。
人間の新しい生活様式の規範は厚労省が専門家会議の提言を踏まえて公表していますが、猫との新しい生活様式の規範はどこを探せばいいのか、専門家はどこにいるのか。そんな時節にあったニッチな悩みに応えてくれるのが『猫と住まいの解剖図鑑』です。
住宅建築のみならず、寺社仏閣にお城に祭り、国宝神様仏様、ヅカに鉄に大相撲と担当編集者の偏愛ジャンルが一目瞭然の『解剖図鑑』シリーズで、『ネコのキモチ解剖図鑑』に続く猫関連解剖図鑑2例目となる本書を、猫本書評家の末席に身を置く者として謹んで紹介を行う次第であります。
著者は、日本ライフスタイル協会が認定する資格「猫との住まいアドバイザー」の認定講座で講師も務める猫シッターで、築60年の長屋を改装した住居兼仕事場「平井ねこの家」にて5匹の猫と暮らす1級建築士のいしまるあきこ氏。監修は猫界隈のみならず動物界隈で高名な哺乳動物学者の今泉忠明先生。目次をざっと見ただけでも、2人の猫専門家による「新生活様式の指南書」といってもさし支えないのではないかと思われます。
読者諸兄におかれましては「うちの猫」については一家言をお持ちのことでしょう。目次に「基本編」「応用編」とあれば、まずは応用編から目を通してしまう中級者レベルが多いのではないでしょうか。もしかしたら指南がなくても、大丈夫だと思われるかもしれません。
しかし陥っていないでしょうか、「自己の考えを、盲信ではなく合理性に基づいていると信じて疑わない人」に。そこかしこのSNSにも、さも聖人君子面してポリコレ棒を振り下ろしている人が散見されますが、程度の違いこそあれ、猫によかれと思ってやったことが、必ずしも猫の求めるものではないかもしれないと、自らの行動に懐疑を持って改善できているでしょうか。本書には、独りよがりにならない改善の方策が詰まっているのです。
猫の行動を意識してまとめてはいますが、猫によっては当てはまらない場合もあります。「うちの子」を一番詳しく知っているのは、その猫と一緒に暮らすあなたです。「うちではどうやったら活かせるか」という視点で、ヒントを得て頂ければと思います。
(本書「はじめに」より)
いしまる氏が前書きで語るように、ヒントは「失敗例」「NG例」という体裁で本書の至る所にちりばめられています。NGポイントとその解説をつらつらと読んでいると、「やってみて・使ってみて・作ってみて分かったこと」の集大成だと気付きます。
猫とともに長い時間を過ごし、仕事をしている猫の専門家が、その道のりで気付いた「NG」を「うちの猫は、慣れてるからNGじゃないよね」と見過ごしてしまうのは簡単です。「うちの猫は気にしてないから大丈夫」と思っていることが、実は「NG」を見過ごしているだけなのかも知れないと気付くだけでも、来たるべき、猫との新生活様式は始まるのであります。
[『猫と住まいの解剖図鑑』/エクスナレッジ]