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たった3行の数式が多くの宇宙で「タイムトラベル」を否定した


「過去の自分に会いに行く」タイムトラベルは、物理学では「時間の輪」の問題として研究されています。


光より遅く進んだはずなのに、出発した瞬間の同じ場所へ戻ってきてしまう道筋のことです。


専門的には「閉じた時間的曲線」と呼ばれます。


実は、重力の理論が許す宇宙のモデルの中には、この輪を含むものがいくつも見つかっています。


一方で、「どんな宇宙なら輪が生まれないのか」を見分けるのは、簡単ではありませんでした。


これまでの研究は、宇宙のモデルを1つずつ調べるやり方で進んできたからです。


そうした中、ある物理学者が、輪が生まれない宇宙を見分ける新しい定理を示しました。


しかもその証明は、わずか3行で済むといいます。


たった3行の数式で、いったい何が言えるのでしょうか?


研究の詳細は、2026年10月24日付で『arXiv』に公開されました。


時間の輪はどこに現れ、どう見分けられてきたのか


アメリカ・ニュージャージー州プリンストンの墓地にある、クルト・ゲーデルのお墓です(2004年撮影)。 ゲーデルは、時間の輪が現れる「回転する宇宙」を示した人です。
アメリカ・ニュージャージー州プリンストンの墓地にある、クルト・ゲーデルのお墓です(2004年撮影)。 ゲーデルは、時間の輪が現れる「回転する宇宙」を示した人です。 / Credit: Antonio G Colombo / Wikimedia Commons(Public domain)

時間の輪が広く注目されるきっかけになったのは、ゲーデルが示した「回転する宇宙」でした。


この宇宙は全体が回転していて、ちりのような物質で満たされています。


理論が破綻する点(特異点)を持たない宇宙なのに、時間の輪が現れるのです。


ほかにも、時間の輪が現れる場所として、回転するブラックホール(カー・ブラックホール)の中心にある、輪の形をした特異点のそばが知られています。


とても速く回転するブラックホール(カー・ブラックホール)のまわりをカメラが回ったときの見え方を描いた画像で、星の像が二重になって現れたり消えたりしています。 今回の研究とは別のチームが作った画像です。
とても速く回転するブラックホール(カー・ブラックホール)のまわりをカメラが回ったときの見え方を描いた画像で、星の像が二重になって現れたり消えたりしています。 今回の研究とは別のチームが作った画像です。 / Credit: Oliver James, Eugénie von Tunzelmann, Paul Franklin and Kip S Thorne / Wikimedia Commons(CC BY 3.0)

特殊な物質で支えられた、通り抜けられるワームホール(時空の離れた場所をつなぐ抜け道)なども、輪を生む例です。


さらに、なめらかな時空の「光の進む向き」をぐるりとつないで作る、ミスナー空間という例もあります。


例が集まる一方で、輪の有無を見分ける判定法も、大きく3つの系統が作られてきました。


時計の目盛りのような関数を使うもの、エネルギーの条件を使うもの、空間のつながり方を使うものです。


このうち、時計の目盛りを使う系統の決定版とされるのが、ホーキングによる定理です。


宇宙全体に、どこでも時間の向きに増えていく目盛り(時間関数)を置けるかを調べるものです。


目盛りを置けることと、因果がしっかり守られること(安定因果性)が、ぴったり同じだと示されました。


ただし目盛りを置けるか確かめるには、宇宙全体の因果のつながりを見渡す必要があります。


完全な判定法である一方で、使うためのハードルは高かったのです。


ホーキングの定理が黙る宇宙でも、輪が無いと言える?


改造したボーイング727の飛行で、無重力を楽しむ物理学者スティーヴン・ホーキング(中央)です。 ホーキングは、時計の目盛りを使って輪の有無を見分ける系統の決定版とされる定理を示しました。
改造したボーイング727の飛行で、無重力を楽しむ物理学者スティーヴン・ホーキング(中央)です。 ホーキングは、時計の目盛りを使って輪の有無を見分ける系統の決定版とされる定理を示しました。 / Credit: Jim Campbell/Aero-News Network / Wikimedia Commons(CC BY 3.0)

今回の研究が使ったのは、時計の目盛りではなく、光の目盛りでした。


宇宙全体に、ある1つの数(関数)を割り振ることを考えます。


その数が増える向きは、どの場所でも光の進む向きにそろえておきます。


イメージとしては、宇宙を進む光の波面に、順番に番号を振っていく感じです。


同じ番号の面は、光がそのまま乗って進む面になります。


論文の定理は、この番号を宇宙全体で1通りに振れるなら、時間の輪は存在しないというものです。


番号が振れるかどうかは、光の波面が満たす1本の式(ヌル・アイコナール方程式)を、宇宙全体で解けるかで決まります。


では、なぜ番号が振れると、輪が消えるのでしょうか?


証明の中心にあるのは、たった1つの代数の事実です。


光の向きを表す量は、光より遅く進む物体の向きと、決して「直交」しないのです。


ある出来事(e0)の「光円錐」(光の進む範囲を表す円すい)を描いた図です。縦の矢印が時間、横の矢印が空間で、上の円すいがe0の未来、下の円すいがe0の過去にあたります(図の文字はフランス語)。
ある出来事(e0)の「光円錐」(光の進む範囲を表す円すい)を描いた図です。縦の矢印が時間、横の矢印が空間で、上の円すいがe0の未来、下の円すいがe0の過去にあたります(図の文字はフランス語)。 / Credit: No machine-readable author provided. Rogilbert~commonswiki assumed (based on copyright claims). / Wikimedia Commons(Public domain)

直交しないということは、物体が少しでも進めば、番号が必ず変わるということです。


しかも未来へ向かう向きはひとかたまりなので、番号は増えるか減るかの一方に決まります。


その結果、光より遅く進む物体の道筋に沿って、番号はひたすら増え続けます。


波面のたとえで言えば、光より遅い旅人は、次々と来る波面に追い越されていくだけです。


一度追い越された波面の手前へ、戻ることはできません。


出発点に戻るには番号も元に戻る必要があるため、輪は閉じられないのです。


上り続けているのに一周すると元の場所に戻る、だまし絵の階段が現実には作れないのと同じ理屈です。


バチカン美術館にある、ジュゼッペ・モーモの反時計回りの二重らせん階段です。 だまし絵の階段とちがって、現実に作られた階段です。
バチカン美術館にある、ジュゼッペ・モーモの反時計回りの二重らせん階段です。 だまし絵の階段とちがって、現実に作られた階段です。 / Credit: Son of Groucho from Scotland / Wikimedia Commons(CC BY 2.0)

論文によれば、この証明は3行で済みます。


しかも証明に使うのは時空の基本的な性質と光の番号だけなので、4次元より高い次元の時空にもそのまま当てはまるといいます。


注目すべきは、この条件がホーキングの条件の「弱い版」ではないことです。


2つの条件は論理的に独立していて、片方だけを満たす宇宙があります。


論文は、光の番号は振れるのに時間関数は置けない例として、「ヌル円筒」という時空を挙げています。


逆に、閉じた形のフリードマン宇宙(宇宙全体の標準的なモデルの一種)は、時間関数は置けるのに光の番号は振れない、反対の例です。


つまり新しい定理は、ホーキングの定理が何も言えない場面でも、輪が無いことを教えてくれるのです。


しかも必要なのは、宇宙全体の因果を見渡すことではなく、1本の式を解くことだけです。


定理が破れる「2つの抜け道」が示すもの


ワームホールを描いた想像図です。
ワームホールを描いた想像図です。 / Credit: JohnsonMartin / Wikimedia Commons(CC0)

この定理のもう1つの強みは、破れる場合がはっきりしていることです。


論文が扱う種類の時空では、定理が成り立たない理由はちょうど2つしかありません。


1つ目は、光の束がねじれている場合です。


ねじれた光の束では、光が乗って進む面がそもそも作れず、番号を振れません。


論文は、カー・ブラックホールの特別な光の束を、その例に挙げています。


まわりを回る平らな物質の円盤と、熱いガス(プラズマ)の噴き出し(ジェット)を持つブラックホールの想像図です。 NASAの宇宙望遠鏡NuSTARなどを使った別の研究の図で、今回の論文のものではありません。
まわりを回る平らな物質の円盤と、熱いガス(プラズマ)の噴き出し(ジェット)を持つブラックホールの想像図です。 NASAの宇宙望遠鏡NuSTARなどを使った別の研究の図で、今回の論文のものではありません。 / Credit: NASA/JPL-Caltech(Public domain(NASA)、想像図)

2つ目は、番号が1通りに決まらず、面がぐるりと閉じてしまう場合です。


時計の文字盤のように、増え続けたはずの番号が、一周すると最初に戻ってしまうのです。


この例が、先ほどのミスナー空間です。


どちらの抜け道も、計算で確かめられる幾何学の性質です。


そのため定理は、輪があるかどうかだけでなく、どこを探せば輪が見つかるかも教えてくれます。


論文はこの見方で、時間の輪を含む既知の解を整理し直しました。


ミスナー空間、オリのタイムマシン、アーメドが作った一連の4次元の解は、どれも同じ作り方に基づいています。


なめらかで問題のない時空の光の向きを、ぐるりとつなげて輪にする方法です。


論文によると、これらはすべて「輪になった光の向きが、時間の向きに変わった」ことに帰着します。


解ごとに異なる、光の束の広がりやゆがみといった性質は、どの解でも、輪ができる仕組みの中では脇役にすぎませんでした。


論文によると、通り抜けられるワームホールを使ったタイムマシンも、新しい3つ目の抜け道ではなく、番号が一周してしまう2つ目の抜け道の一例です。


ワームホールを通る旅を思い描いた、レス・ボッシナスによるデジタルアートです(1998年、NASAのために制作)。
ワームホールを通る旅を思い描いた、レス・ボッシナスによるデジタルアートです(1998年、NASAのために制作)。 / Credit: Les Bossinas (Cortez III Service Corp.) / Wikimedia Commons(Public domain)

論文はさらに、クント時空とロビンソン・トラウトマン時空という、2つの大きな解の仲間に定理を当てはめました。


その結果、光の番号が1通りに決まる領域では、どちらの仲間にも時間の輪は無いことが初めて示されました。


宇宙定数がどんな値でも、回転を表す量がどうであっても、この結論は変わりません。


これにより、回転の勢い(角運動量)を帯びた「ジャイラトン波」と呼ばれる波について残されていた問いにも、決着がついたといいます。


ただし、この定理は「どんな宇宙でもタイムトラベルは不可能」と言っているわけではありません。


赤い砂が下へ落ちていく砂時計です。
赤い砂が下へ落ちていく砂時計です。 / Credit: Photo by Nile on Pixabay(Pixabay のライセンス)

言えるのは、光の波面に宇宙全体で1通りに番号を振れる宇宙では、時間の輪は生まれないということです。


論文が扱う範囲では、輪を作るには光の束をねじるか、光の番号を一周させるしかないことになります。


光より遅い私たちは、宇宙を流れる光の波面に追い越され続ける旅人のようなものです。


その波面にきちんと番号が振れて、番号が一周して戻ってこない限り、昨日の自分に会いに行く道は開かないのです。


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参考文献

A no-go theorem for closed timelike curves in globally null-foliated spacetimes (arXiv (Cornell University))
https://doi.org/10.48550/arxiv.2610.33706

元論文

A no-go theorem for closed timelike curves in globally null-foliated spacetimes
https://doi.org/10.48550/arxiv.2610.33706

ライター

山下 浩介: むずかしい研究を、なるべく分かりやすく伝えたい。専門の言葉はふだんの言葉に置きかえて、身近な例で例える。それで「わかった」「楽しかった」と言ってもらえたら嬉しいです。
好きなのは、通学路や台所や日常の中にある科学。眠っているあいだに記憶が整理される話や、虫の鳴き方に意味がある話のように、読み終わったあとに誰かへ話したくなる研究を探しています。

編集者

ナゾロジー 編集部

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