歯みがきで落とす歯垢(しこう)は、細菌が寄り集まって暮らす「バイオフィルム」の一例です。
この膜の中で、細菌はDNAなどを含むねばねばした物質に包まれています。
このねばねばした物質は、膜を支える建材にも、身を守る盾にもなっています。
そして多くの細菌は、細菌だけに感染するウイルスを体の中に抱えています。
そのウイルスが細菌を破裂させれば、そこで細菌の営みはすべて止まりそうに思えます。
ところが研究者たちは、破裂した細菌のまわりで、ある作業が止まらずに続いていることに気づきました。
死んだ細菌の跡では、いったい何が起きていたのでしょうか?
研究の詳細は、デンマーク・オーフス大学らにより、2026年8月24日付で学術誌『Angewandte Chemie』に掲載されました。
眠っていたウイルスを、飢えで目覚めさせる

細菌だけに感染するウイルスは、バクテリオファージ(ファージ)と呼ばれます。
地球全体では、ファージの数は細菌の10倍にのぼります。
その中には、細菌の遺伝情報の一部に入り込み、じっと眠り続けるものがいます。
この眠った状態のウイルスは、プロファージと呼ばれます。
研究チームはまず、2種類の細菌から栄養を取り上げました。
使ったのは、環境中にすむシュワネラ・オネイデンシスと、枯草菌(こそうきん)です。
すると、眠っていたウイルスの一部が目を覚まし、増え始めました。
増えたウイルスはやがて、宿主の細菌を破裂させました。

ただし、破裂した細菌のまわりでDNAが見つかっても、それは壊れた細胞の残りかもしれません。
そこで研究チームは、人工的に作った小さなDNAの輪っかを、細菌の培養液に加えました。
この輪っかは、DNAを作る酵素が何度も写し取れる「設計図」の役をします。
輪っかを転がすように写し取るこの仕組みは、ローリングサークル複製と呼ばれます。
設計図どおりに写されると、ある折りたたみ形の配列が数百個つながった長いDNAができます。
この折りたたみ形はG四重鎖(Gカドルプレックス)と呼ばれ、光る色素で見分けられます。
つまり、この形のDNAが細胞の外で増えていれば、それは新しく作られたものだと言えるのです。
細菌が破裂した後、DNAを写し続けたのは誰の道具でしょう?

研究チームは、細菌の状態を光の色で見分けられるよう、目印を付けた株を使いました。
生きた細菌は青緑色に光り、眠るウイルスが目覚めると別の色の光が出る仕組みです。
シュワネラでは、観察を始めて約200分(3時間20分)たったころから、生きた細菌の光が減り始めました。
これは、目覚めたウイルスによって細菌が破裂し始めたことを示しています。
ウイルスの目覚めを示す光は、約300分(5時間)ごろに最も強くなりました。
設計図を写したDNAが増え始めたのも、ちょうど同じ約300分ごろからです。
さらに、ウイルスの殻が作られたことを示す光は、約400分ごろに頂点を迎えました。
DNAづくりは主に細菌が破裂した後に起きており、ウイルスが増える時期と重なっていたのです。

研究チームは、最終的に設計図を写し取ったのは、ウイルスが持つDNAを作る酵素(ポリメラーゼ)だったとしています。
一方、眠るウイルスをすべて取り除いた株では、このDNAは増えませんでした。
また細菌は、大きなタンパク質を外から取り込めません。その細菌の培養液に、別のファージが持つDNAを作る酵素(phi29ポリメラーゼ)を足すと、DNAが増え始める時期は約100分過ぎへと早まりました。細胞の中に入れない酵素でもDNAが増えたというこの結果は、写し取りが細胞の外で起きていることを示しています。
第1著者でオーフス大学のミネロ助教は、「ある意味で、細菌が死んだ後も生命は続いている」と語ります。
では、こうして作られたDNAは、膜の中でどんな姿になったのでしょうか?
研究チームは、飢えを生き延びた細菌を、設計図を加えた液でさらに2日間育て、膜を作らせました。
顕微鏡で見ると、シュワネラの膜では、細胞の外に花のような形の球ができていました。

球の大きさは、大きいもので10マイクロメートル、つまり1ミリの100分の1ほどです。
球の中に設計図どおりの形のDNAがあることは、3種類の別々の染め方で確かめられました。

球には、脂質や糖の鎖とみられる成分も多く含まれていました。
一方、枯草菌では、DNAは50マイクロメートル(0.05ミリ)を超える針金のような形に組み上がりました。

菌によって形が違う理由は、DNAが細菌の脂質などと自然に組み合わさった結果として説明できると、研究チームは考えています。
なお、設計図を加えなかった膜や、眠るウイルスを持たない株の膜では、花のような球は見つかりませんでした。
ウイルスに壊された細菌の跡で、残された道具が設計図を写し続け、形のある構造まで組み上げていたのです。
死んだ細菌の「ゾンビ工場」を乗っ取る

ミネロ助教は、ファージを「ナノの建築家」と呼んでいます。
細菌の一部を殺す一方で、膜を作り続けるための分子の道具の一部を差し出しているからです。
そして彼は、「私にとっていちばん大事なのは、この過程を乗っ取れることです」と話します。
設計図を取り替えれば、死んだ細菌の道具に作らせるDNAの種類を変えられるのです(今回試した設計図は2種類です)。
今回作らせたG四重鎖は、特定の形に折りたたまれ、ほかの分子と結びつくDNAです。

そのため、酵素のように一部の化学反応を速める働きを持つことがあります。
ミネロ助教はこれを、ゾンビによろいや武器を持たせるようなものだとたとえています。
実際に、シュワネラと枯草菌をいっしょに育てた膜では、このDNAが化学反応を速める働きを示しました。
ある分子(ヘミン)と組むことで、酵素に似た働きをするDNAになったのです。
G四重鎖を作らない別の設計図からもDNAの「針金」はできましたが、この働きを示したのは、G四重鎖を多く含む設計図から作った「針金」だけでした。
研究チームはさらに、膜の電気的な性質も調べました。
酸素がある条件で、炭素(グラファイト)の電極の上にシュワネラの膜を育て、電流を測ったのです。
この条件では、細菌は細胞の外へ電子を渡す働きを使わなくてよいため、電流はもともとわずかです。
それでも設計図を加えた膜では、加えない膜に比べて、最も大きな電流が約3倍になりました。

研究チームは、花のような球が電子を運ぶ「のり」の役をした可能性があると見ています。
論文は、細菌を電池に使う微生物燃料電池などに役立つかもしれないと述べています。

ただし、このよろいが抗生物質などの攻撃から膜を守るかどうかは、まだ示されていません。
また今回の結果は、栄養を断ち、人工の設計図を加えた実験室の条件で得られたものです。
一方で、表皮ブドウ球菌の膜でも、似た針金状の構造が見つかりました。この菌は、体に入れる医療器具で感染を起こすことがあります。

ウイルスを使った治療が広がりつつあるため、研究チームは、こうした構造の記録を集めるよう医療者らに呼びかけています。
そもそもなぜ一部の細菌が眠るウイルスを抱えているのか、という問いも残されています。
破裂して静まったはずの膜の中で、残された酵素は小さな輪っかの設計図を繰り返し写し取り、花のような球を編み上げていたのです。
写真で見る細菌とファージ




参考文献
Zombie bacteria keep building DNA after death (Phys.org)
https://phys.org/news/2026-10-zombie-bacteria-dna-death.html
元論文
Prophage Activation Triggers Extracellular Synthesis of DNA in Bacterial Biofilms via Rolling Circle Replication
https://doi.org/10.1002/ange.3695434
ライター
山下 浩介: むずかしい研究を、なるべく分かりやすく伝えたい。専門の言葉はふだんの言葉に置きかえて、身近な例で例える。それで「わかった」「楽しかった」と言ってもらえたら嬉しいです。
好きなのは、通学路や台所や日常の中にある科学。眠っているあいだに記憶が整理される話や、虫の鳴き方に意味がある話のように、読み終わったあとに誰かへ話したくなる研究を探しています。
編集者
ナゾロジー 編集部
