けがや出産、仕事の締め切りなどで、運動を何か月も休まざるを得ないことがあります。
久しぶりに体を動かすと、「また一からやり直しだ」と感じる人も多いでしょう。
実際、運動をやめると、酸素を取り込む力や筋肉、インスリンの効きやすさは、多くの場合数週間で元に戻っていきます。
では、休んでいるあいだに、体は鍛えたことを何もかも忘れてしまうのでしょうか?
運動と細胞の記憶を研究するチームは、この疑問を、筋肉に燃料を届ける肝臓で確かめることにしました。
マウスに「走る・休む・また走る」を順に体験させ、肝臓の中で何が起きているかを調べたのです。
研究の詳細は、2026年7月9日付で学術誌『Molecular Metabolism』に掲載されました。
「やめたら元どおり」は本当なのか

これまで運動の効果は、「使わなければ失う」ものだと考えられてきました。
そのため運動の指針では、何よりも続けることが大切だとされています。
ところが研究チームによると、アメリカの大人のおよそ4人に3人は、運動を続けられていません。
けがや病気、妊娠、仕事の事情で、運動が途切れることがあるからです。
一方で指導者や復帰した選手は、以前に鍛えた経験のある人の方が、早く体力を取り戻せると話します。

この食い違いを説明する手がかりとして注目されているのが、「細胞の記憶」です。
生物学では長いあいだ、記憶をもつ細胞は、脳の神経細胞や、病原体を覚える免疫細胞などに限られると考えられてきました。
それ以外の細胞は、刺激に反応しても、記録を残さずに元へ戻ると思われていたのです。
しかし最近では、皮膚の幹細胞が炎症の記録を残し、数か月後の傷を早く治せることなどが分かっています。
人の脂肪細胞も、大きく体重を減らした後まで肥満の記録を残し、リバウンドの一因になっている可能性があります。
そこで研究チームは、マウスを3つの時期に分けて調べました。

最初に4週間走らせ、次の4週間は運動をさせず、その後もう一度走らせるという流れです。
それぞれの時期を終えたマウスの肝臓を調べ、同じ年齢で運動をしていないマウスと比べました。
さらに、普通の餌のマウスに加え、肝臓に脂肪がたまりやすくなる脂肪の多い餌のマウスでも、同じことを確かめました。
走って休んでまた走る。2回目の肝臓は1回目と何が違った?

研究チームはまず、肝臓にたまった脂肪の量を、脂肪を染め出す方法で調べました。
最初の4週間の運動の後は、どちらの餌でも、運動していないマウスより肝臓の脂肪がはっきり少なくなっていました。
ところが普通の餌のマウスでは、運動をやめて4週間たつと、この差は消えてしまいました。
ここまでは、「やめたら元どおり」という従来の考えのとおりです。
普通の餌のマウスで違いが表れたのは、もう一度走らせた後でした。

再び運動したマウスでは、餌の種類にかかわらず肝臓の脂肪が大きく減り、その減り方は1回目の後を上回ったのです。
さらに脂肪の多い餌のマウスでは、運動をやめていた4週間のあいだも、肝臓の脂肪が少ないまま保たれていました。
研究チームはこれを、以前の運動が「肝臓の記憶」を残しているしるしだと見ています。この記憶は長く続き、餌による脂肪肝(肝臓に脂肪がたまりすぎた状態)を防ぐというのです。
比べるために、運動したことのない普通の餌のマウスも、再び運動したマウスの2回目の運動と同じ時期に、同じ4週間、同じくらいの量だけ走らせました。しかし、再び運動したマウスのような効果は得られませんでした。研究チームは、この効果は運動を積み重ねた分だけでは説明できず、以前の運動で残った記憶のようなものによると考えています。
では、肝臓の中では何が変わっていたのでしょうか?
研究チームは、肝臓でどの遺伝子が強く働き、どれが弱まっているかを、まとめて読み取りました。

普通の餌のマウスでは、最初の4週間の運動で働きが変わった遺伝子は、わずか18個でした。
しかも運動をやめると、その変化の特徴は消えてしまいました。
ところがもう一度走らせると、働きが強まった遺伝子は4000個を超え、弱まった遺伝子もおよそ2000個に達しました。
合わせて6000個ほどで、最初の運動のときの300倍を超える数です。
脂肪の多い餌のマウスでも、最初の運動で1226個だった変化が、2回目の運動の後には7000個を超えました。
しかも、3つの時期すべてに共通して働きが変わった遺伝子は、どちらの餌でも1つもありませんでした。
つまり2回目の運動への反応は、1回目の反応がただ大きくなったものではなかったのです。
研究チームは、休んでいるあいだは表に出ずに潜んでいた、別の反応が呼び起こされたと捉えています。
肝臓は筋肉に「燃やしやすい脂肪」を送り届けていた

再び運動したマウスの肝臓では、たんぱく質や脂質を外へ送り出す仕組みに関わる遺伝子が目立って強まっていました。
その代表が、脂質を切り分ける酵素(カルボキシルエステラーゼ、略してCES)の遺伝子です。
この酵素の遺伝子のうち4種類は、最初の運動の後にも、休んでいる最中にも増えていませんでした。
それが2回目の運動の後にだけ、どちらの餌のマウスでも強く働き始めたのです。
血液の中でこの酵素がどれだけ働いているかを測っても、はっきり高まったのは再び運動した後だけでした。
なお、マウスが餌を食べた後の状態で調べた場合には、肝臓でのこれらの遺伝子の働きにも、血液や肝臓での酵素の働きにも、こうした変化はほとんど見られませんでした。

研究チームによると、この酵素は血液中を流れる脂質を切り分け、筋肉が取り込んで燃やしやすい形にします。
実際、再び運動したマウスでは、この酵素が切り分けると予測される脂質が、動いている筋肉へ多く届けられていました。
血液中では、悪玉と呼ばれるLDLコレステロールが減り、善玉と呼ばれるHDLコレステロールが増えていました。
血糖を整える働きも、体全体と肝臓の両方で、再び運動したことによって高まっていました。
普通の餌のマウスでは、2回目に走った距離は1回目より短かったのに、血糖の調節は1回目の運動の後よりも大きく良くなっていました。
では、人でも同じことが起きているのでしょうか?
研究チームは人にも6週間のトレーニングをしてもらい、血液の中でこの酵素がどれだけ働くかを調べました。
すると酵素の働きは高まりました。高まったのは主に、過去に鍛えた経験のある人でした。

人の体も過去の運動を覚えている可能性を示す結果です。
ただし、肝臓の脂肪や遺伝子をくわしく調べたのはマウスで、人について今回示されたのは血液中の酵素の働きです。
また、マウスが運動を休んだ期間は4週間で、この記憶がどれほど長く続くのかはまだ分かっていません。
こうした動きの引き金としては、体内時計に関わる調節役を含む仕組みが候補に挙げられていますが、まだ可能性の段階です。
同じチームはマウスで、筋肉も運動を覚えていることを報告しています。運動歴のないマウスに比べ、鍛え直したマウスでは筋肉が大きくなり、筋肉の繊維もより大きく育ったといいます。

研究チームは、体のあらゆる細胞が運動を覚えているという考えを示しています。
その仕組みが分かれば、運動を長く続けられない人に合った指針づくりにも役立つかもしれません。
久しぶりに運動を再開したとき、肝臓は以前の運動を手がかりに、筋肉が燃やしやすい脂肪を届ける準備を始めているのかもしれません。
写真で見る、走る人と実験用のマウス




参考文献
Your Cells Keep a Record of Every Workout You’ve Ever Done, Even If You Stopped Exercising Years Ago (ZME Science)
https://www.zmescience.com/medicine/cells-keep-record-of-workouts/
元論文
Endurance exercise elicits a hepatic memory associated with improved metabolic function and protein secretion
https://doi.org/10.1016/j.molmet.2026.102418
ライター
山下 浩介: むずかしい研究を、なるべく分かりやすく伝えたい。専門の言葉はふだんの言葉に置きかえて、身近な例で例える。それで「わかった」「楽しかった」と言ってもらえたら嬉しいです。
好きなのは、通学路や台所や日常の中にある科学。眠っているあいだに記憶が整理される話や、虫の鳴き方に意味がある話のように、読み終わったあとに誰かへ話したくなる研究を探しています。
編集者
ナゾロジー 編集部
