オーストラリアのグレートバリアリーフの最南端に、レディ・エリオット島という島があります。
島には灯台が2つあり、1つ目は1873年に建てられました。
1995年からは2つ目の灯台が、サンゴ礁に近づく船へ危険を知らせる役目を引き継いでいます。
ところが島を訪れた人たちは、たびたび「3つ目の灯台」を見たと話します。
夜になると、存在しないはずの灯台の光が、はるか沖の水平線で輝いて見えるというのです。
この「幻の灯台の錯視」はよく知られていて、島の観光ガイドにも載っているほどです。
しかもこの島だけの話ではなく、知られている最も古い報告は、1937年にフランスのブルターニュ沖で記録されたものでした。
研究者の1人は実際にこの島を訪れ、さらにVR(仮想現実)の中で同じ現象を再現して、その仕組みを探りました。
人はなぜ、ありもしない灯台を水平線に見てしまうのでしょうか?
研究の詳細は、2026年1月1日付で学術誌『Open Mind』に掲載されました。
背を向けた瞬間、光は「前」から来る

この錯視は、特別な道具がなくても体験できます。
まず夜に、灯台と海のあいだで、灯台から少なくとも70mほど離れて立ちます。
灯台を見上げると、回る光の筋が灯台から放たれているのがはっきり見えます。
次に、灯台に背を向けて海の方を見てみます。
光は背後から来ていると分かっているのに、目の前の水平線から光が出ているとしか思えなくなります。

間違いだと知っていても、この見え方は変わりません。
何度振り返って光の出どころを確かめても、もう一度水平線を見ると、幻の灯台はやはりそこにあるのです。
島のスタッフによれば、沖に見える灯台について尋ねてくる観光客は、ふだんからよくやって来るといいます。
この錯視のもう1つの特徴は、脳の読み違えがとても大きいことです。
論文の筆頭著者の体験では、本物の灯台と幻の灯台の位置の差が、数十kmにもなることがあるといいます。
数十kmといえば、歩いて何時間もかかる距離です。
研究チームのVRの映像でも、本当は観察者の300m後ろにある灯台の光が、前方で動く何かから出ているように見えます。
つまり幻の灯台は、知識では打ち消せない、見え方そのものに組み込まれた錯覚なのです。
なぜ脳は、背後の灯台を前方に置いてしまうのか?

研究チームの考えでは、私たちが見ているものは、感覚から得た手がかりと、ふだんの経験から来る予想を合わせたものです。
夜は距離の手がかりがほとんどないため、脳は予想に大きく頼ることになります。
たとえば、真っ暗な部屋で、目の高さに小さな光る円盤だけが見えているとします。
それは近くにある小さな物かもしれないし、遠くにある大きな物かもしれません。
手がかりがあいまいなので、どちらに見えるかは、ほとんど「ふだんならこうだろう」という予想で決まります。
灯台の光でも同じことが起きている、と研究チームは考えました。
人は、光の筋の上のそれぞれの点を、実際よりずっと近くにあると見積もってしまうのです。
実際には、光の筋の先の方はとても遠く、しかもものすごい速さで動いています。

ところが同じ見え方は、「それほど遠くなく、ゆっくり動いている」とも読めてしまいます。
先の方が手前より遅く動いて見えれば、光の出どころは自分の前方のどこかにある、と考えるのが自然になります。
こうして、背後の灯台の代わりに、水平線の向こうに幻の灯台が生まれるというわけです。
研究チームは、この考えを数式のモデルにしました。
手がかりと予想を、それぞれの確からしさに応じて組み合わせる計算の仕方(ベイズ推論)を使ったモデルです。
カギになる「ふだんの予想」には、屋外の76か所で、レーザーの距離計(ライダー)を使って測ったデータを使いました。

見上げる角度ごとに、ふつうどのくらい先に物があるかを表したデータで、目の高さは計測器と同じ1.65mと仮定しています。
似たデータは別にもありましたが、見上げる角度が36度までしかなく、頭上の方向を含まないため、主な分析には使いませんでした。
大事なのは、カギになる「ふだんの予想」の部分に、結果に合わせて後から調整できるつまみが1つもないことです。
なお、この「ふだんの予想」が経験から身についたものか、進化の中で生まれつき備わったものかについて、理論はどちらとも決めていません。
さらに、遠くの部分を近く見積もるこの癖は、灯台の光が地面と平行でなく、下向きに見えることも説明できるといいます。
錯視は灯台の真ん前ではなく、数十m離れて始まった

このモデルからは、新しい予測が出てきました。
比べる相手は素朴な考え方で、目に映る像の上で光の筋が1点に集まって見えることから、錯視を説明しようとするものです。
この考え方だと、錯視は灯台のすぐ前に立ったときにも起きるはずでした。
一方で研究チームのモデルは、灯台から約67m離れた所で、初めて錯視が現れ始めると予測しました。
67mは、25mプールを3本近く並べたくらいの距離です。
これまでの報告では、錯視を体験した場所は灯台から1〜4km離れており、この予測はそれより1桁小さい距離です。
研究チームはVRの中で、灯台との距離をどこまで離すと幻の灯台が見え始めるのかを、2通りの測り方で調べました。
見え始める境目の距離の中央値は、1つ目の測り方で75m、2つ目の測り方で112.5mでした。
研究チームは実験の前に「50〜100mで現れ始める」という予想を登録しており、2つ目の値はこの範囲を少しだけ超えました。

それでも、統計で見積もった幅にはどの分析でも67mが含まれ、境目はおよそ67〜95mと考えられるといいます。
つまり錯視は灯台の真ん前では起きず、数十m離れて初めて現れ、その距離は理論の予測に近かったのです。
実験では、光の筋の傾きがどう見えるかも調べました。
参加者が光の筋を水平だと感じるには、実際には水平より約10度上に向ける必要がありました。
どちらの測り方でも、上に傾けなくても水平に見えるという結果にはなりませんでした。
まっすぐ水平に伸びる光は、私たちの目には下向きに傾いて見えている、ということです。
一方で理論は、目の前を横切るように伸びるまっすぐな光の筋が、自分の方へ曲がって見えるという新しい錯視も予測していましたが、今回のVR実験ではこれを支える結果は得られませんでした。
研究チームは、現実の世界で丁寧に調べてもこの見え方が見つからなければ、自分たちのモデルは深刻な疑問を突きつけられると認めています。

ただし、実験に使ったのは比較的シンプルなVRの環境で、本物の夜の海そのものではありません。
VRで光の筋を本物らしく描くのは難しく、実験の光の筋は固体のように見えて縁もくっきりしすぎた、本物の光とは見間違えようのないものでした。
それでも研究チームによれば、島での実際の観察とVRの結果は、驚くほどよく一致していたといいます。
また、本物と幻の灯台が数十kmも離れて見えるという話は、筆頭著者自身の体験にもとづくものです。
研究チームはこの研究を、錯視などの見え方の不思議をベイズ推論で説明する一連の研究に連なるものと位置づけています。
研究チームは、観光客が水平線に見る3つ目の灯台を、脳が光の筋の遠くの部分を実際より近く見積もり、「それほど遠くなく、ゆっくり動く光」と読み違えることで生まれる錯視だと考えています。
写真で見る灯台




参考文献
The phantom lighthouse: New research explains one of Australia's strangest illusions (Phys.org)
https://phys.org/news/2026-10-phantom-lighthouse-australia-strangest-illusions.html
元論文
A Bayesian Account of the Phantom Lighthouse Illusion
https://doi.org/10.1162/opmi.a.390
ライター
山下 浩介: むずかしい研究を、なるべく分かりやすく伝えたい。専門の言葉はふだんの言葉に置きかえて、身近な例で例える。それで「わかった」「楽しかった」と言ってもらえたら嬉しいです。
好きなのは、通学路や台所や日常の中にある科学。眠っているあいだに記憶が整理される話や、虫の鳴き方に意味がある話のように、読み終わったあとに誰かへ話したくなる研究を探しています。
編集者
ナゾロジー 編集部
