白亜紀の最後の時期(マーストリヒト期の後半)の北アメリカには、ティラノサウルスやトリケラトプスと同じ時代を生きた小さな恐竜がいました。
その名はインフェルノガルス(学名 Infernogallus jamesi)で、英語では「地獄のニワトリ(hell chicken)」とも呼ばれます。
化石が見つかったのは、米モンタナ州の「ヘル・クリーク層」という、こちらも「地獄」の名が付いた地層でした。
歯のないくちばしを持ち、体は七面鳥ほどの大きさです。
恐ろしげな名前からは獲物をついばむ姿が浮かびますが、この仲間が何を食べていたのかは、長いあいだ謎でした。
今回、ほぼ丸ごと残った頭の骨を調べた研究チームは、そのあごに思いがけない仕掛けを見つけています。
地獄のニワトリの好物は、いったい何だったのでしょうか?
研究の詳細は、カナダのロイヤル・オンタリオ博物館らにより、2026年10月10日付で学術誌『Nature Communications』に掲載されました。
卵か、貝か、肉か 答えの出なかった食べ物の謎

インフェルノガルスは、くちばしを持つオヴィラプトルの仲間(オヴィラプトロサウルス類)です。
この仲間の食べ物は、はじめは卵だと考えられていました。
その後も、貝、肉、何でも食べる雑食、植物、種子、果物、すき間に口先を差し込むエサ探しなど、説が入り乱れてきました。
中でも謎が深かったのが、主に北アメリカにいたカエナグナトゥス科という一群です。
この一群は歯のない長く低い下あごを持ち、かみ合わせの面には複雑な山と溝が刻まれていることがよくあります。
ところが細長い手足と空洞の多い骨のせいで化石に残りにくく、見つかるのはかけらがほとんどでした。
そのため、あごがどう動いていたのかも、よく分かっていなかったのです。
そこへ現れたのが、2011年にモンタナ州で見つかった1体の骨格です。
頭の骨から首、背中、前あし、後ろあしの一部までが、つながったまま残っていました。

カエナグナトゥス科で、ほぼ完全な頭の骨が見つかったのは、これが初めてです。
研究に加わったロイヤル・オンタリオ博物館のトーマス・ダッジョン氏は、その姿をこう語ります。
「頭骨は手のひらに収まるほどの大きさで、くちばしも、目があった場所もはっきり見えるのは驚くべきことです」
頭とあごの一部はつぶれていましたが、チームはCTスキャンを使って骨を組み立て直しました。
骨に残る成長の線からは、この個体が少なくとも6歳、おそらく7歳だったことが分かりました。
推定体重は約12kgで、10kgの米袋より少し重い程度です。
それでも骨はすでに大人の状態で、この恐竜は大人になっても小さな体だったのです。
大人の体重は、近い仲間のエオネオフロンの約21%しかなかったと見積もられています。
あごの筋肉が語った、意外な食べ方とは?

チームは組み立て直した頭骨をもとに、あごを動かす筋肉の付き方を推定し、今の鳥と比べました。
すると、インフェルノガルスのあごは、上下に強くかむためのつくりではありませんでした。
あごの筋肉は、下あごを前後にすべらせる動きを重視した並び方だったのです。
特に、口の奥にある翼突筋(よくとつきん)と呼ばれる筋肉は、強く前後に引く向きに働いていました。
はさみで切るというより、すり鉢とすりこぎで、やわらかい物をつぶすような動きです。
チームは次に、さまざまな恐竜と鳥について、あごの筋肉の並び方をまとめて比べました。
比べた中には、鳥以外の獣脚類(じゅうきゃくるい。二本足で歩く恐竜のグループで、鳥もこの仲間から生まれました)も入っています。
こうした獣脚類は、ほとんどがよく似た筋肉の並び方をしていて、ひとかたまりになりました。
ところがインフェルノガルスだけは、その輪から大きく外れていました。

インフェルノガルスは、同じオヴィラプトルの仲間のシチパチと比べても、上下の動きを犠牲にして、前後の動きを重視したつくりだったのです。
鳥以外の獣脚類で、こうした筋肉の並び方は他に例がありません。
一方で、よく似た並び方にたどり着いていたのが、果物を食べる今のオウムでした。
今のオウムの仲間2種のあいだにも、インフェルノガルスとシチパチの違いとよく似た、筋肉の向きの違いが見られます。

このオウムどうしの違いは、口の中での食べ物の扱い方の違いに関係するとみられています。
あごの付け根にも、前後の動きを支える仕掛けがありました。
下あごの関節では、山のような出っぱりと、馬の鞍のようなくぼみが組み合わさっていたのです。
この組み合わせのおかげで、下あごはレールに乗ったように前後へすべるようになっていました。
同じ組み合わせは、別の地層で見つかったカエナグナトゥス科の仲間と、オウムの一種にも見られました。
さらにくちばしの内側にも山があり、上下で向かい合う山と溝がかみ合うようになっていました。
下あごを前後に動かせば、この山と溝の間で食べ物をすりつぶせたと考えられます。

胃石(鳥などが飲み込み、胃の中で食べ物を砕くのに使う小石)が見つかっていないことも、この見立てを支えました。
こうしたつくりから、チームはこの仲間が、やわらかい食べ物を口でよく処理する植物食の専門家だったと結論づけました。
研究に加わったストーニーブルック大学のグレゴリー・ファンストン氏は、「インフェルノガルスは、核果(かくか)と呼ばれる果物を食べるのに適応していたと考えています」と話します。
核果とは、かたい種のまわりを、やわらかい果肉が包んでいる果物のことです。
今のモモやサクランボにつながるような果物が、地獄のニワトリの食事の多くを占めていたとみられます。
オヴィラプトルの仲間の系統が増えたころ、果実も大きくなっていた

この発見は、恐竜と植物の関係をめぐる、もっと大きな謎にもつながります。
白亜紀後期には、植物を食べる恐竜が種類を増やし、花の咲く植物(被子植物)も広がりました。
どちらも確かな出来事ですが、2つが結びついていたかどうかは議論が続いていました。
食べた物がはっきり分かっている植物食恐竜では、食べ物の大半はシダやソテツ、針葉樹で、花の咲く植物は主役ではありませんでした。
恐竜が花の咲く植物を食べるよう体を変えたという直接の証拠も、これまで見つかっていなかったのです。
そこでチームは、別の研究がまとめた化石の果実のデータを使い、果実の大きさが時代とともにどう変わったかを描き出しました。
そして、オヴィラプトルの仲間の系統が増えていく様子と並べてみました。
すると、この仲間の系統は、白亜紀後期のカンパニアン期と呼ばれる時代の後半に、一気に数を増やしていました。

ちょうど同じころ、核果のような果実も、果肉のある果実全体も、平均の大きさが増していたのです。
果物が大きく、種類も豊かになる流れと、この恐竜たちの広がりは、歩調を合わせていたことになります。
チームは、カエナグナトゥス科が、花の咲く植物を食べるよう適応した恐竜の最も有力な候補の1つだとしています。
ただし、時期が重なっていても、片方がもう片方を生んだという証明にはなりません。
研究者たちも、植物の広がりと恐竜の広がりが直接つながっているとまでは主張していません。
この恐竜たちが果物を食べながら種をあちこちに散らし、植物が広がる手助けをした可能性も考えられます。

しかし、それを確かめる直接の証拠は、まだ十分ではありません。
白亜紀後期に果物が広がったことは、その後に続く新生代(約6600万年前から今まで続く時代)のはじめの植物のありようを形づくりました。
その中でこの恐竜たちが果たした役割は、まだはっきりしていないとチームは認めています。
それでも手のひらほどの頭骨は、恐竜と花の咲く植物を結ぶ有力な手がかりを差し出しました。
当時の米国西部の多くは、湿った森に覆われていたとされます。

ティラノサウルスが歩いたその森の片すみで、七面鳥ほどの恐竜が、あごを前後にすべらせてモモの祖先のような実をすりつぶしていたのかもしれません。
写真で見る白亜紀の恐竜とヘル・クリーク層、今のオウム







参考文献
‘Hell chicken’ dinosaur likely dined on fruit, not meat (Popular Science)
https://www.popsci.com/science/hell-chicken-dinosaur/
元論文
Fruit-eating adaptations in a Late Cretaceous oviraptorosaur (Theropoda)
https://doi.org/10.1038/s41467-026-78343-w
ライター
山下 浩介: むずかしい研究を、なるべく分かりやすく伝えたい。専門の言葉はふだんの言葉に置きかえて、身近な例で例える。それで「わかった」「楽しかった」と言ってもらえたら嬉しいです。
好きなのは、通学路や台所や日常の中にある科学。眠っているあいだに記憶が整理される話や、虫の鳴き方に意味がある話のように、読み終わったあとに誰かへ話したくなる研究を探しています。
編集者
ナゾロジー 編集部
