アメリカのプロフットボールリーグ(NFL)では、激しいぶつかり合いの中で、選手の頭にくり返し衝撃が加わります。
こうした打撃の積み重ねは、脳が少しずつ傷んでいく「慢性外傷性脳症(CTE)」という病気と結びついています。
以前の研究では、寄付された元NFL選手の脳のほぼすべてで、この病気が見つかったと報告されていました。
しかし脳が寄付された背景には、選手が生前に見せていた症状があった可能性があります。
では、その偏りを取り除くと、元プロ選手のどれくらいがこの病気を抱えていたことになるのでしょうか?
研究の詳細は、米ボストン大学らにより、2026年10月28日付で学術誌『JAMA Network Open』に掲載されました。
「寄付された脳」だけでは、本当の割合が分からない

CTEになった脳では、ふだんは神経細胞どうしのやり取りを助ける「タウ」というタンパク質に異常が起きます。
脳の中では、このタンパク質が不規則に固まって害のあるかたまりとなり、絡み合ったような状態になります。
生きているうちには、物忘れや集中しにくさ、気分の落ち込み、衝動を抑えにくいといった症状が出ることがあります。
この病気は、接触の多いスポーツの選手のほか、パートナーから暴力を受けた人や戦地の兵士にも起こりえます。
中でも最も多く見つかってきたのが、アメフトの選手です。
アメフト選手の研究では、頭への打撃が続いた期間が長いほど、CTEになりやすく、重くなりやすいことも示唆されています。

ただし、この病気は亡くなったあとに、解剖で診断されます。
そのため、これまでの知識の多くは、家族などの意思で寄付された脳を調べる研究から得られてきました。
2017年の研究では、寄付された元NFL選手の脳の99%でCTEが確認されています。
調べた111人のうち、CTEが見つからなかったのはたった1人でした。
ところが、脳を寄付するかどうかは、選手が生前どんな様子だったかに左右されている可能性があります。
物忘れなどの症状があった選手ほど、家族が脳の寄付を選びやすかったのかもしれません。
そうなると、寄付された脳には病気のある人が集まり、割合は実際より高く出てしまいます。
そこで米ボストン大学の研究チームは、寄付しなかった選手まで含めた全体の割合を推計しました。
亡くなった元NFL選手全体でCTEの割合を見積もるのは、チームによれば初めての試みです。
2362人のうち脳を寄付した396人、何が違った?

チームが対象にしたのは、2008年から2023年までに亡くなった元NFL選手です。
条件は、レギュラーシーズンかプレーオフの試合に、一度でも出場したことでした。
該当した元選手は2362人で、このうち396人が大学の脳バンク(UNITE)に脳を寄付していました。

寄付しなかった残りの選手については、アメリカの死亡記録のデータベースから情報を集めています。
両者を比べると、寄付した選手にははっきりした特徴がありました。
寄付した選手は平均67.0歳で亡くなっており、寄付しなかった選手の74.7歳より早く世を去っていました。
NFLでプレーした年数も、寄付した選手は平均7.1年と、寄付しなかった選手の4.7年より長くなっていました。

プロフットボールの殿堂入りした選手の割合も、寄付した側は寄付しなかった側のおよそ2倍でした。
死因が認知症に関係していた選手の割合も、寄付した側では19.3%と、寄付しなかった側の11.2%を上回っていました。
寄付した選手の側に、症状のあった人が多く含まれていた様子がうかがえます。
ただし、寄付しなかった選手については、生前の物忘れなどの様子を比べられる記録がありません。
そこでチームは、死因が認知症に関係していたかどうかを、はっきりした認知の症状があったかどうかの目印にしました。
さらに、元NFL選手で軽い認知の衰え(軽度認知障害)がある人の割合を調べた別の大規模な研究があり、その数字で目印を補っています。

その結果、はっきりした認知の症状があった選手の脳は、症状のない選手より約5倍寄付されやすいと見積もられました。
実際、寄付された脳だけで数えると、CTEが見つかった割合は93.5%にのぼります。
この偏りを差し引いて計算し直すと、亡くなった元選手全体でCTEがあった割合は74.5%と推定されました。
寄付された脳だけの数字よりは下がったものの、それでも4人に3人にあたります。
2362人の集団に当てはめて単純に掛け算すると、およそ1760人に相当します。
偏りを大きく見積もっても「6割超」が残る

では、この「約5倍」という見積もりが小さすぎたとしたら、結論は変わるのでしょうか?
チームが軽度認知障害の割合の見積もりや年齢の区切りを変えて計算をくり返したところ、推定値は70.3%から86.1%に収まりました。
最も控えめな前提で計算した下限でも、CTEの割合は63.7%でした。
さらに、症状のある選手が10倍寄付されやすいと仮定しても、推定値は60%を超えたままでした。
つまり寄付の偏りは割合を押し上げてはいたものの、それだけで高い割合を説明しきれる可能性は低いということです。
以前に最小限の仮定だけで見積もった分析では、元プロのアメフト選手のCTEの割合は「およそ10%から100%」のどこにでもありうるとされていました。
今回の推計は、その広い幅の中で、割合をより細かく絞り込んだことになります。

一方で、生前に認知症があった選手の割合も、同じ方法で推計されています。
偏りを補正すると、何らかの原因による認知症が生前にあった選手は27.2%と、4人に1人あまりにとどまったのです。
寄付された脳だけで数えた64.9%と比べると、半分以下に下がった計算です。
脳の病変が見つかる割合と比べると、生前の認知症の割合はずっと低いことになります。
この病気が生きているあいだの健康にどれほど影響するのかについて、チームはさらに調べる必要があるとしています。
また今回の推計は、寄付しなかった選手の症状を、死因や別の研究の数字から間接的に見積もったうえに成り立っています。
対象も亡くなった元NFL選手に限られ、高校や大学でプレーした人での割合はまだ分かっていません。

チームは、こうした人たちでの推計も重要だとしつつ、寄付しなかった人の死因などのデータが乏しいため、さらに難しくなると述べています。
2008年から2023年までに亡くなった元NFL選手が4人いれば、そのうち3人の脳には、亡くなる時点でCTEに特徴的なタウのかたまりがあったと推計されたことになります。
写真で見るアメフトと脳の研究






参考文献
Three-quarters of NFL football players may end up with CTE (Science News)
https://www.sciencenews.org/article/football-nfl-players-cte-brain-disease
元論文
Bias-Adjusted Prevalence of Chronic Traumatic Encephalopathy Among Deceased National Football League Players
https://doi.org/10.1001/jamanetworkopen.2026.40884
ライター
山下 浩介: むずかしい研究を、なるべく分かりやすく伝えたい。専門の言葉はふだんの言葉に置きかえて、身近な例で例える。それで「わかった」「楽しかった」と言ってもらえたら嬉しいです。
好きなのは、通学路や台所や日常の中にある科学。眠っているあいだに記憶が整理される話や、虫の鳴き方に意味がある話のように、読み終わったあとに誰かへ話したくなる研究を探しています。
編集者
ナゾロジー 編集部
