子どもの頃、教室の壁に貼られた世界地図を眺めて、北の果ての大きな島に目を奪われた人もいるでしょう。
私たちが見慣れた世界地図の多くは、16世紀に船乗りのために考え出された描き方で作られています。
この描き方は、今も世界で最も広く使われています。
一方で、陸地の大きさが実際とずれて見えることが、長く批判されてきました。
そしてこのほど国連総会が、この地図に代わる「ある地図」を使うよう、各国に呼びかける決議を採択しました。
そもそも、丸い地球を平らな紙に描くと、何が起きるのでしょうか。
そして国連が勧めた地図は、見慣れた地図と何が違うのでしょうか。
国連の発表と海外メディアの解説をもとに、地図の裏にある数学と、新しい地図が生まれた経緯を見ていきます。
この話題の詳細は2026年10月20日に『Scientific American』にて公開されました。
丸い地球を平らにすると、どこかが必ずゆがむ

地図づくりの難しさは、実は数学そのものにあります。
球の表面は、どう工夫しても、平らな面にぴったり広げられないのです。
丸いボールを包装紙で包もうとすると、どこかに必ずしわが寄るのと同じことです。
地図の作り手たちは、何百年も前からこの難しさに気づいていました。
国や大陸の形と面積の両方を、1枚の世界地図で同時に正しく描くことはできません。
どの地図も、何かを正しく保つ代わりに、別の何かをあきらめるしかないのです。
その代表例が、1569年にフランドル(現在のベルギー周辺)の地図製作者ゲラルドゥス・メルカトルが考えた描き方(メルカトル図法)です。

この地図は、地球上の角度を正しく保つように作られています。
そのため、方位磁針で一定の向きに進む航路が、地図の上では1本の直線になります。
船乗りには非常に便利で、何世紀にもわたって世界地図の標準になりました。
作り方は、赤道で地球に接するように紙の筒をかぶせ、地表の点をその筒に写し取るというものです。
ところがこの方法では、赤道から離れるほど陸地が大きく引き伸ばされてしまいます。
たとえば北極に近いグリーンランドとアフリカは、この地図ではほぼ同じ大きさに見えます。
しかし実際には、アフリカの面積はグリーンランドの約14倍もあります。

グリーンランドを14個集めて、ようやくアフリカ1つ分になる計算です。
北ヨーロッパや北アメリカも、赤道付近の地域と比べて同じように大きく描かれています。
メルカトル図法は、角度を守る代わりに、広さを大きく犠牲にした地図だったのです。
では、国連が勧めた「ある地図」はどう生まれたのか?

20世紀には、この広さの狂いに異を唱える人が現れました。
ドイツの歴史家アルノ・ペータースは、メルカトル図法がヨーロッパ中心の世界の見方を強めてきたと考えたのです。
彼は新しい描き方を求め、1973年に面積を正しく保つ地図を考案しました。
実はその1世紀前にも、地図製作者ジェームズ・ゴールが似た地図を作っていました。
この地図(ゴール・ペータース図法)も筒を使いますが、地表の点は水平な線に沿って筒へ写します。
その結果、地球儀の上での国の広さと、地図の上での国の広さが一致します。
ところが今度は、国や大陸の形が大きくゆがむと批判されました。
特に赤道に近い低緯度の国々は、ひどく変形して見えてしまうのです。

2017年には、アメリカのボストンの公立学校が、メルカトル図法の地図をこの図法に切り替えると発表しました。
これをきっかけに、3人の専門家が、もっと適した「面積を正しく保つ地図」を探し始めます。
1人は、米カリフォルニアの企業エスリのソフトウェア開発者、ボヤン・シャブリッチさんです。
残る2人は、米国立公園局のトム・パターソンさんと、豪モナシュ大学のベルンハルト・イェニーさんという地図製作者です。
しかし、見た目の好みまで含めた条件をすべて満たす地図は、見つかりませんでした。
そこで3人は、新しい地図を自分たちで作ることにしたのです。
手本にしたのは、1960年代初めに作られたロビンソン図法という地図です。

この地図は、面積も角度も正しくは保ちません。
しかも、それまでに紹介した図法と違い、地図を生み出す数式がありません。
経験から決めた基準点の表を使い、その間の点は前後から推し量って埋める(補間)ことで描かれます。
科学的でないようにも思えますが、仕上がりは自然で、角度や面積が大きくずれるのは極地のあたりだけです。
3人は、これと同じような自然な見た目のまま、陸地の面積を正しく保とうと考えました。
作業は2段階で進められました。

まず、専用に開発した画像ソフトを使い、既存の2つの図法を組み合わせました。
緯線と経線の網目や大陸の姿が見て心地よい形になるよう、目で確かめながら整えたのです。
次に、その形を生み出す地図の式を計算で求めました。
こうして2018年に発表されたのが、「イコールアース(Equal Earth)」です。
緯線はまっすぐな横線ですが、経線は中央の本初子午線(経度0度の線)を除いて曲線になります(擬円筒図法)。

スイス連邦工科大学チューリッヒ校の地図学者ローレンツ・フルニさんは、スイスの放送局にこう語っています。
「一般的に言って、本当に『完璧な』地図というものはありません」
「この地図は、国や大陸の形のゆがみを最小限に抑えるための折り合いを目指しています」
面積は正しく保ち、形のゆがみはできるだけ抑えるという折り合いこそ、国連が勧めた地図の答えだったのです。

賛成164、反対1。地図をめぐって割れた国連

アフリカ連合の加盟国を含む多くの国が、イコールアースを世界地図として最善の描き方だと考えています。
そこで国連に決議案を出したのが、トーゴです。
トーゴはアフリカのグループを代表して交渉を主導し、決議案には「地図を正せ」という題が付けられました。
決議は、メルカトル図法のゆがみがアフリカの「象徴的な矮小化」を招き、偏った世界の見方を長引かせてきたと述べています。
そして、このゆがみを正すことを「認知的正義と記憶の償い」と位置づけました。
採決では164カ国が賛成し、反対はアメリカ1国だけでした。

棄権したのは、エストニア、ジョージア、リトアニア、モルドバ、セルビア、ウクライナの6カ国です。
賛成・反対・棄権を合わせた171カ国のうち、約96%が賛成に回った計算です。
トーゴのロベール・デュセー外相は、採決の前に「地図は私たちの世界の理解を形づくります」と語りました。
「公正な地図は世界の地理を変えるのではなく、私たちの世界の見方を変えるのです」とも述べています。
一方、アメリカの代表はこの決議を、「はるかに大きく、より急進的なイデオロギー計画」の一部だと批判しました。
特に、償いや「認知的正義」といった言葉を取り上げ、こうした取り組みが国連の信頼を損ねていると訴えました。
逆の方向に動いたのがフランスです。
採決の数時間前、ジャン=ノエル・バロ外相が、フランスの世界地図でメルカトル図法をやめる方針を発表しました。

そうなればフランス自身も、アメリカやロシアと同じく、赤道付近の国々と比べて今より小さく見えるようになります。
ただし、この決議に法的な拘束力はありません。
メルカトル図法を禁じたり、代わりの地図を押しつけたりするものでもありません。
求めているのは、大きさを比べることが大切な場面で、イコールアースのような面積を正しく保つ地図を使うことです。

あわせて、平らな地図で丸い地球を表すことの限界を、教育で伝えることも呼びかけています。
デュセー外相も、航海でのメルカトル図法の有用性は認めており、1つの図法を押しつける意図はないと強調しました。
完璧な地図が作れない以上、どの地図を選んでも、何かが犠牲になります。
決議が求めているのは、目の前の地図が何を守り、何をあきらめた地図なのかを知って使うことだといえます。
壁の地図で同じくらいに見えたグリーンランドとアフリカも、本当はグリーンランド14個でやっとアフリカ1つ分なのです。
壁の地図で自分の国が小さく見えても、地球儀の上では何も縮んでいないのでご安心を。
ここからは、メルカトル図法をもっと知りたい人へ
メルカトル図法とは、丸い地球を1枚の平らな世界地図に描く方法の一つです

メルカトル図法は、経線と緯線を平行な直線にして直角に交わらせ、地球の表面を網目に広げて描く方法です。
この網目の上では、どの2点を直線で結んでも、その線は地球上で方位の変わらない道筋(航程線)になります。この性質を持つ図法は、ほかにありません。
ただし、緯線どうしの間隔は北や南へ行くほど広がり、北極と南極は無限に遠くなるため、地図に描けません。
ところで、1511年にドイツのエッラーブが作った地方の地図には、すでに同じ描き方の目盛りが入っていました。
それでもメルカトルの名で呼ばれるのは、彼が1569年に出した世界地図の評判が高かったためです。メルカトルはラテン語の名前で、本名はクレメルといいます。
ただ、メルカトルは図を描いて地図を作っており、描き方の理論を発表したのは1599年、イギリスのライトでした。
今では、国際水路機構の規程で、国どうしで使う海の地図(海図)の描き方に定められています。
写真で見る丸い地球と、世界地図をめぐる人や場所






参考文献
The mathematical impossibility of making a perfect world map (Scientific American)
https://www.scientificamerican.com/article/the-mathematical-impossibility-of-making-a-perfect-world-map/
コトバンク「地図投影法」
https://kotobank.jp/word/%E5%9C%B0%E5%9B%B3%E6%8A%95%E5%BD%B1%E6%B3%95
コトバンク「正積図法」
https://kotobank.jp/word/%E6%AD%A3%E7%A9%8D%E5%9B%B3%E6%B3%95
コトバンク「メルカトル図法」
https://kotobank.jp/word/%E3%83%A1%E3%83%AB%E3%82%AB%E3%83%88%E3%83%AB%E5%9B%B3%E6%B3%95-3173050
国土地理院「地理院地図で得られる値等について」
https://maps.gsi.go.jp/help/howtouse.html
ライター
山下 浩介: むずかしい研究を、なるべく分かりやすく伝えたい。専門の言葉はふだんの言葉に置きかえて、身近な例で例える。それで「わかった」「楽しかった」と言ってもらえたら嬉しいです。
好きなのは、通学路や台所や日常の中にある科学。眠っているあいだに記憶が整理される話や、虫の鳴き方に意味がある話のように、読み終わったあとに誰かへ話したくなる研究を探しています。
編集者
ナゾロジー 編集部
