作りすぎたおかずを冷凍しておき、忙しい日に温め直して食べるのは、多くの家庭でおなじみの光景です。
ところが、移植に使う臓器は、そう簡単には凍らせておけません。
いまの技術で人の臓器を保存できるのは24〜36時間、つまり1日から1日半ほどが限界とされています。
臓器が見つかっても、その短い時間のうちに、ふさわしい患者のもとへ届けなければならないのです。
では、人の臓器ほどの大きさの腎臓を長いあいだ「凍らせて」おき、温め直して再び働かせることはできるのでしょうか?
この難題にブタの腎臓で挑んだ研究を、米ミネソタ大学などのチームが、査読(専門家による審査)前の論文として公開しました。
研究の詳細は、米ミネソタ大学らにより、2026年10月14日付で『bioRxiv』に公開されました。

臓器の「冷凍保存」を阻んできた大きさの壁
臓器を長く保存できないことは、移植医療の大きな足かせになっています。
研究チームは、保存時間の短さが、臓器の廃棄や、移植を待つ間に亡くなる患者を生む一因だと指摘しています。
さらに移植を受けた人は、拒絶反応を防ぐため、免疫を弱める薬を一生飲み続けなければなりません。
この薬には副作用があり、感染症やがんのリスクも高めます。
もし臓器を長く貯めておけるなら、臓器と患者を組み合わせる時間に余裕が生まれます。
移植の前に患者の免疫を整えておき、拒絶反応のリスクを抑えられる可能性も出てきます。
研究を共同で率いた移植外科医のエリック・フィンガー氏は、その未来をこう語ります。
「患者が臓器を待つのではなく、臓器が患者を待つことになるのです」
その切り札と期待されてきたのが、氷を作らずにガラスのような状態で固める「ガラス化」という方法です。
卵子や精子、受精卵の保存には、すでに使われている技術です。

しかし臓器まるごととなると、氷を防ぐ不凍液のような薬剤(凍結保護剤)が、細胞に強い毒にもなります。
しかも大きな臓器ほど、芯まで素早くむらなく冷やすことも、むらなく温め直すことも難しくなります。
研究チームは2023年に、最長100日保存したラットの腎臓を温め直し、ラットに移植することに成功していました。
ただしラットの腎臓は約1gにすぎません。
人の腎臓と大きさも見た目も近いブタの腎臓は約100gで、およそ100倍の重さです。

ガラス化と、ナノ粒子で温め直す「ナノ加温」の組み合わせは、げっ歯類の腎臓では長期保存と移植を可能にしてきたものの、臨床で使う臓器ほどの大きさではまだ示されていなかったのです。
100倍重い腎臓を、どうやって割らずに温め直したのか?
大きな臓器に挑んだチームがぶつかった壁の一つが、薬剤でした。
ラットの腎臓で使った凍結保護剤が、ブタの腎臓ではうまく働かなかったのです。
研究に加わったミネソタ大学の生体工学者ジョン・ビショフ氏は、こう振り返ります。
「配合を見つけ直し、作り変えなければなりませんでした。だから3年かかったのです」
チームは新しい配合の薬剤と、複数の温度で液を流し込む方法を組み合わせました。
これにより、大きな腎臓でも実現できる冷却の速さで、氷を作らずにガラス化できるようになったのです。
実際の手順は、ドナーのブタから腎臓を取り出すところから始まります。

腎臓は保存液で血を洗い流してから袋に入れ、氷を敷いたクーラーボックスで工学の実験室へ運びます。
実験室では、温度と圧力を管理する専用の装置に腎臓をつなぎ、凍結保護剤を流し込みます。
薬剤が全体に行き渡るようゆっくりと、しかし毒の影響を抑えるため素早く流し込まなければならない綱渡りの作業で、約2時間かかります。
続いて流し込むのが、今回の鍵となる酸化鉄の微粒子(ナノ粒子)です。
鉄の粒は7分あまりかけて臓器の中に巡らせますが、粒そのものは細胞に何もしないといいます。

そのあと、腎臓を入れた容器に冷たい窒素の蒸気を送り込んで冷やします。
芯まで冷えているかを確かめながら、氷ができない速さを保って温度を下げていく繊細な作業です。

ビショフ氏によると、手順に狂いが出ないよう、何人もが手分けして作業にあたることも多いそうです。
冷やし方も細かく制御し、「焼きなまし(アニーリング)」と呼ばれる工程を挟んで、温度差によるひずみを抑えました。
こうしてガラス状になった腎臓は、−150℃で最長1年保存されました。
保存した期間は1日から366日までと幅があり、多くの腎臓は1〜7日で、1年(366日)保存したのは1個でした。
いまの臓器保存の限界である36時間と比べると、およそ240倍の長さです。
そして温め直すときに、鉄の粒が力を発揮します。
腎臓に、向きが素早く入れ替わる電磁場(交流の電磁場)をかけると、鉄の粒もそのたびに向きを変えて電磁場にそろい直します。
このとき粒が熱を出すので、腎臓は外側からではなく、内側の隅々から一斉に温まるのです。

電磁場の強さで温まる速さも調整でき、チームは腎臓が−120℃に達すると加熱を速めました。
段階を追って全体を温めた結果、腎臓はひび割れることなく素早く温め直されたのです。
−150℃から−10℃まで温め直すのにかかった時間は、6分足らずでした。
とくに氷ができやすい温度の範囲は、氷を防ぐのに必要な速さの14倍の速さで一気に通り抜けました。
温め直した腎臓は、移植するとすぐに尿を作った
では、長い眠りから覚めた腎臓は、本当に働いたのでしょうか。
チームはまず、体温に近い温度で液を流し続ける装置に腎臓をつなぎ、働きぶりを確かめました。
すると腎臓は、血管の働き、栄養を使う働き(代謝)、尿を出す働きのいずれも示しました。
顕微鏡で見た組織の傷も、限られたものにとどまっていました。
1年保存した腎臓も、尿の量はほかの多くの腎臓より少なめだったものの、血の流れはほかの腎臓の平均と同じで、働きはほかの腎臓と同じ範囲に戻りました。
次に、温め直した腎臓3個をブタに移植すると、血液が腎臓の全体にむらなく流れ込みました。
腎臓は本来の色を取り戻し、移植されてすぐに尿を作り始めたのです。

色が戻ることと尿を作ることは、腎臓が働いていることを示す大事なしるしです。
いくつかの指標で見ると、回復の度合いは、凍らせずに低温で保管する従来の方法に近づいていました。
ただし、尿をこし出す働きなどでは、まだ従来の方法に及んでいません。
さらに、凍結保護剤を流し込んだだけで凍らせなかった腎臓とも、回復ぶりは同じくらいでした。
つまり、ガラス化して長く保存し、鉄の粒で温め直す工程が上乗せする傷は、小さいと考えられるのです。
フィンガー氏は「10年前は、本当にうまくいくとはあまり期待していなかった」と打ち明けます。
しかし最後の移植を終えて部屋を出たとき、「これは大ごとだ」と口にしたといいます。
研究に関わっていない低温生物学者ピーター・キルブライド氏も、「ついに突破口が開けた」と評価しています。
ただし、課題も残っています。
報道によると、腎臓はまだ完璧とはいえず、移植後に長く命を支えられるかどうかも示されていません。
移植の実験も、移植してから2時間ようすを見るだけの短いものでした。

論文はまだ専門家の査読を受けておらず、人の臓器で同じ結果が得られるかも、これから確かめる段階です。
また論文は、残った傷の多くは凍らせる工程よりも凍結保護剤そのものから来ているとみて、これを大きな課題に挙げています。
それでも研究チームは、臓器の大きさと保存期間という2つの大きな壁を越え、臓器を長く貯める道筋を示せたとしています。
−150℃でガラスのように眠っていた腎臓が、鉄の粒の熱で目を覚まし、移植されるとすぐに尿を作り始めたのです。
とりあえず筆者は、冷凍庫の奥で眠ったままの作り置きを、そろそろ目覚めさせてあげようと思います。
ここからは、冷凍保存をもっと知りたい人へ
冷凍保存とは、生き物の細胞や臓器を凍らせて長く取っておく方法です

冷凍保存は、生き物の細胞などを凍らせて長く取っておく技術で、その始まりは1949年に鳥の精子を薬剤で守りながら凍らせた試みでした。
凍らせるときに細胞を守る薬剤が凍結保護剤で、水と強く結びつくことで凍る温度を下げ、氷の結晶をできにくくします。
臓器をまるごと扱う試みでは、1984年に、ウサギの腎臓を8分間ガラス化してから移植した例が1件報告されています。
それでも2023年のラットの論文の時点で、ガラス化した臓器を移植して長く働かせることは、安定して成し遂げられたことがありませんでした。
温め直しに使うナノ加温は、電磁波が組織の中で弱まらずに届くため、臓器が大きくなっても温まる速さが落ちません。
温め直しで役目を終えた鉄の粒は、その後に液を流して臓器から洗い出されます。
一方、凍らせずに体温に近い温度で液を流し続ける保存法もあり、肝臓ではこの方法で保存できる時間が数時間から数日へ延びています。
参考文献
Pig kidneys that were “frozen” for a year have been brought back to life (MIT Technology Review)
https://www.technologyreview.com/2026/10/15/1146091/pig-kidneys-that-were-frozen-for-a-year-have-been-brought-back-to-life/
Vitrification and Nanowarming. Is this the Future of Kidney Transplantation?(Transplant International, 2023)
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10663284/
ラットの腎臓のガラス化とナノ加温(Nature Communications, 2023)
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10256770/
元論文
Functional recovery of vitrified and nanowarmed human-scale pig kidneys
https://doi.org/10.64898/2026.10.07.756990
ライター
山下 浩介: むずかしい研究を、なるべく分かりやすく伝えたい。専門の言葉はふだんの言葉に置きかえて、身近な例で例える。それで「わかった」「楽しかった」と言ってもらえたら嬉しいです。
好きなのは、通学路や台所や日常の中にある科学。眠っているあいだに記憶が整理される話や、虫の鳴き方に意味がある話のように、読み終わったあとに誰かへ話したくなる研究を探しています。
編集者
ナゾロジー 編集部
