子どものころ、カタツムリの殻のうずまきを指でなぞって、どこまで続くのか追いかけた人もいるでしょう。
そのうずまきをよく見ると、ほとんどの殻は同じ向きに巻いています。
ところが中には左向きに巻く殻を持つものもいて、1つの種の中に両方が混ざることさえあります。
私たちの心臓がふつう体の左側にあるように、動物の体の左右はたいてい決まった向きにそろっています。
では、カタツムリはなぜ、鏡に映したような左右逆の体を持てるのでしょうか?
研究の詳細は、英ノッティンガム大学らにより、2026年10月1日付で学術誌『Current Biology』に掲載されました。
右巻きと左巻きは、ふつう交われない
動物の体の左右の違い(左右非対称)は、体づくりの土台となる性質です。
しかし、その左右がどう決まるのかを探る研究は、なかなか進んできませんでした。
ほとんどの動物では、左右の向きが個体によって変わらず、比べる相手がいないからです。
まれに臓器の左右が入れ替わる例もありますが、その多くは胚(受精卵から育つ途中の体)の発生の問題と結びついています。
その中でカタツムリは例外で、野生でも殻の巻く向きが違う個体がたくさん見つかる種がいます。

これまで手がかりにされてきたのは、モノアラガイ(Lymnaea stagnalis)という巻き貝でした。
ただ、モノアラガイの左巻きはまれな変異で、体に異常を伴います。
この変異で左巻きになったモノアラガイでは、胚のおよそ半分しかふ化しません。
病気を起こす変異を調べても、自然に生まれる左右の違いの仕組みを知る手本にはなりにくいのです。
そこで英ノッティンガム大学と東北大学のチームは、日本の野生のマイマイ属(Euhadra)のカタツムリに目を向けました。
マイマイ属には30を超える種があり、そのうち4種は左巻きです。
さらに1種(ヒダリマキマイマイ)は、名前に反して、地域によって右巻きのものもいます。
ゲノム全体の系統樹からは、この属の左巻きは右巻きの祖先から1回だけ生まれ、その後ヒダリマキマイマイの仲間の中で右巻きに戻ったものがいると考えられています。

ここでも、原因の遺伝子を探すには大きな壁がありました。
右巻きと左巻きでは生殖器の位置が左右逆になるため、ふつうはうまく交尾できないのです。
そのため両者は、たいてい別々の場所に分かれて暮らしています。
遺伝子が混ざり合っていないと、多くの個体の遺伝子を比べて原因を絞り込む方法(ゲノムワイド関連解析)はうまくいきません。
チームに必要だったのは、右巻きと左巻きが一緒に暮らし、遺伝子を交わし合っている場所でした。
殻の向きを決めていたのは何だったのか?
チームはこれまでに岩手と山形、今回新たに福島で、右巻きと左巻きが接しているかもしれない場所を見つけていました。
決め手になったのは、4か所目に見つかった新潟県の山奥の谷でした。
ここでは右巻きと左巻きが広い範囲で一緒に暮らし、殻の見た目もよく似ていました。

実際に、右巻きと左巻きが交尾する様子も、少なくとも時々は観察されています。

もう1つの鍵は、子の巻く向きが母親の遺伝子で決まるという性質です。
研究室で新潟の母親に卵を産ませると、1回に生まれる子はみな同じ向きでした。
その中には、母親とは逆向きの子がまとめて生まれた例もありました。

つまり、殻の見た目の向きと、その個体が持つ遺伝子の型が食い違うことがあるのです。
向きの違いは、受精卵が3回目の分裂をするころの細胞のねじれに、すでに表れていました。
交尾とこの食い違いのおかげで、この場所では今も右巻きと左巻きの間で遺伝子が混ざり合っていると考えられます。

そこでチームは両方の型の遺伝子を詳しく比べ、巻く向きと結びつく遺伝子を探しました。
その結果、浮かび上がったのは「ミオシン」というタンパク質を作る遺伝子の違いでした。
ミオシンは、ほかのタンパク質と組んで細胞の骨組みをつくり、細胞が動いたり形を変えたりするのを助けます。
見つかったのは、その中でも少し変わった種類(ミオシンIa/b)でした。
この種類が左右の決定に関わることは、これまでどの動物でも知られていませんでした。
では、右巻きと左巻きでは、受精卵の中で何がどれほど違うのでしょうか。
チームは、まだ1個の細胞の段階の受精卵を1つずつ調べ、どの遺伝子がどれだけ働いているかを比べました。
このカタツムリで、右巻きと左巻きの間で働きが違った遺伝子は、2万6839個のうち22個だけでした。

割合にすると0.08%で、1万個のうち8個ほどです。
ミオシン遺伝子そのものの働く量にも、違いは見られませんでした。
同じ調べ方をモノアラガイで行うと、結果は大きく違いました。
モノアラガイの左巻きは、「フォルミン」という別の遺伝子の読み取りがずれる変異で起こります。
その左巻きと右巻きの受精卵では、3,005個の遺伝子の働きが違っていました。
これは全体の17%で、およそ6個に1個にあたります。
つまりマイマイ属では、左右の向きが変わっても、受精卵の中で働く遺伝子の顔ぶれはほとんど変わらないのです。
左巻きのミオシンに刻まれた小さな違い
チームは次に、ミオシンを形づくるアミノ酸(タンパク質の部品)の並びを、右巻きと左巻きで比べました。
すると左巻きの型には、右巻きのマイマイ属には無いアミノ酸の置き換えが8つありました。
この8つは、調べた左巻きのマイマイ属のすべての個体と種で共通していました。

一方、右巻きの側には、その系統だけが持つ置き換えは見つかりませんでした。
8つのうち3つは性質の大きく異なるアミノ酸への置き換えで、働きに影響しそうだと予測されました。
たとえば132番目の位置では、小さくて柔らかいアミノ酸が、大きくかさばるアミノ酸に入れ替わっていました。
なかでも目を引くのが467番目の位置です。
この場所は、巻き貝の仲間57件の遺伝子データで、どれも同じアミノ酸でした。
さらに、左右対称な体を持つ動物(左右相称動物)を見渡すと、この場所はどの種でも同じアミノ酸(システイン)でした。
動物の進化の中でずっと守られてきた場所が、左巻きのカタツムリでは変わっていたことになります。
これらの置き換えは、ミオシンの「モーター」にあたる部分や、その付け根の部分にありました。
チームは、ミオシンとアクチン(細胞の骨組みをつくる別のタンパク質)の関わり方に影響している可能性があるとみています。
それによって、ごく初期の細胞のねじれが時計回りか反時計回りかが変わり、殻や内臓の向きが決まる、というのがチームの考えです。

解析からは、左巻きの型で自然選択の縛りがゆるみ、優性に働く(片方の親から受け継ぐだけで効果が表れる)置き換えが入り込めたことも示されました。
では、左巻きになることは、カタツムリにとって害にならないのでしょうか。
遺伝子の系統をたどると、右巻きと左巻きの型はどちらも古くからあり、属の中のほかの系統とも近くないことが分かりました。
長い間どちらの型も受け継がれてきたことは、どちらにも病的な影響が無いことと合っています。

実際に、遺伝子の型が右巻きの母親と左巻きの母親とで、卵のふ化率に大きな差はありませんでした。
ただし論文は、わずかな影響まで否定できたわけではないと断っています。
研究を率いたアンガス・デイヴィソン教授は「ミオシン遺伝子の小さな変化が、健康に生きられる鏡写しのカタツムリを生み出していた」と話します。
一方で、同じ向きの分子から、なぜ向きの変わる体や殻が作られるのかは、まだ深い謎だとも述べています。
論文は、今回見つかった変異やミオシンの位置を、ほかの動物でも調べるべきだとしています。
日本のマイマイ属で巻く向きを分けていたのはミオシン遺伝子の違いで、その左巻きの型には、左右対称な動物の間でずっと変わらずに保たれてきた場所を含む、ほんの数か所のアミノ酸の入れ替えが刻まれていたのです。
左巻きのカタツムリを見かけても、ひねくれ者だと思わないであげてください。
ここからは、ヒダリマキマイマイをもっと知りたい人へ
ヒダリマキマイマイとは、その名のとおり左巻きの殻で知られる、日本のカタツムリです

その殻はおよそ5回半巻いていて、色や模様は、すむ場所によってかなり違います。
たとえば平地にすむものは殻が黄色で、まわりを黒い帯がめぐり、殻の下側にあるくぼみ(へそ穴)も黒くなっています。
一方、山地にすむものは殻が黒ずみ、色の帯が多く、炎のような模様も入ります。
こうした地域ごとの型には名前があり、山地のものはチャイロヒダリマキマイマイという亜種(同じ種の中の、地域ごとのまとまり)とされ、石川県輪島市の舳倉島にすむ小さくて殻の堅いものはヘグラマイマイと呼ばれます。
伊豆諸島にすむものも小さく、舳倉島の型に似ています。
殻から出ている体のほうは黒っぽい茶色で、淡い色の雲のような模様があります。
ヒダリマキマイマイは腐った葉や若い芽を食べ、卵を産むときには落ち葉の下に穴を掘って、真珠の粒のような卵を産みます。
このカタツムリは、百科事典でミスジマイマイと並んで、関東地方を代表するカタツムリに挙げられています。
写真で見るマイマイ属のカタツムリ





参考文献
Scientists uncover mystery of how snail shells coil to the right or to the left (Phys.org)
https://phys.org/news/2026-10-scientists-uncover-mystery-snail-shells.html
ヒダリマキマイマイ(コトバンク: 世界大百科事典・ブリタニカ国際大百科事典)
https://kotobank.jp/word/%E3%83%92%E3%83%80%E3%83%AA%E3%83%9E%E3%82%AD%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%83%9E%E3%82%A4
元論文
An ancient polymorphism in myosin I a/b determines chiral variation in Japanese Euhadra snails
https://doi.org/10.1016/j.cub.2026.09.059
ライター
山下 浩介: むずかしい研究を、なるべく分かりやすく伝えたい。専門の言葉はふだんの言葉に置きかえて、身近な例で例える。それで「わかった」「楽しかった」と言ってもらえたら嬉しいです。
好きなのは、通学路や台所や日常の中にある科学。眠っているあいだに記憶が整理される話や、虫の鳴き方に意味がある話のように、読み終わったあとに誰かへ話したくなる研究を探しています。
編集者
ナゾロジー 編集部
