植物は歩くことも飛ぶこともできないので、一生その場から動かない生き物に見えます。
しかし実際には、植物は水や光、塩、重力といった刺激に合わせて、根や茎を曲げています。
こうした向きを変える動きは「屈性(くっせい)」と呼ばれ、植物が生き延びるうえで欠かせません。
一方、土の中では枯れた植物が微生物に分解され、その栄養が再び土へ戻っていきます。
ただし、そうした腐りかけの場所では微生物が盛んに活動していて、根にとっては危険かもしれない場所でもあります。
では、根は腐った仲間の体に出会ったとき、ただ無防備に伸びていくだけなのでしょうか。
研究の詳細は、中国の西北農林科技大学らにより、2026年7月9日付で学術誌『Science』に掲載されました。
目次
- 始まりは、捨てる寸前の失敗した実験だった
- 根は腐ったリンゴの前でどう動いたのか
- 手がかりはカビがつくる「酸」だった
始まりは、捨てる寸前の失敗した実験だった
この研究のきっかけは、ある失敗した実験でした。
中国の西北農林科技大学の生物学者ユージョウ・チャン(Yuzhou Zhang)氏は、オーストリアの研究室にいました。
そこで取り組んでいたのは、植物が重力に応じて動くしくみの研究です。
実験では、寒天(かんてん)を固めた平たい皿の上で植物を育てていました。

ところがある日、その皿の1枚に空気中の微生物が入りこみ、汚れてしまいます。
チャン氏はその皿を捨てようとしました。
その直前、彼はある奇妙なことに気づきます。
皿の中の植物の根が、ほぼ1本残らず、汚れた部分から遠ざかる向きに曲がっていたのです。
チャン氏は「そのそろい方を見て、これは偶然の反応以上のものではないかとすぐに思った」と振り返っています。
もし根が本当に腐った物を見分けて避けているなら、植物にはまだ知られていない動き方があることになります。
こうしてチャン氏らのチームは、この偶然の観察を本格的な実験で確かめることにしました。
根は腐ったリンゴの前でどう動いたのか
研究チームはまず、研究によく使われる植物のシロイヌナズナを、いくつもの容器で育てました。

そのうち一部の容器には、腐ったリンゴのかけらを点々と置いておきます。
根が伸びていく先に、わざと「腐敗の場所」をつくっておくためです。
こうした腐敗の場所は、寒天の上だけでなく、自然の土の中にもつくって確かめています。
すると、腐敗の場所に出くわした根は、腐ったリンゴを避けるように曲がって伸びていきました。
一方、腐った物を置かなかった容器では、根はそのまままっすぐ伸びていきました。

同じ実験をトマトやコムギで行っても、似た結果が得られています。
つまりこの動きは、1種類の植物だけに見られる特殊な癖ではなさそうです。
研究チームはこの動きを「サプロトロピズム(saprotropism)」と名付けました。
これまで知られていなかった屈性で、根が枯れたり腐ったりした植物の組織を避けて曲がる動きを指します。
ダーウィンの時代から知られてきた屈性は、主に重力や光、水、塩分といった、生き物ではない刺激によるものでした。

ところが、腐った動物の組織に出会わせた場合には、根に影響は見られませんでした。
根は、腐ったものなら何でも避けるわけではなかったのです。
では、なぜ根は腐った植物を避ける必要があるのでしょうか。
調べると、腐った植物の体には、根にとって害になる微生物が集まる場所ができていました。
そこに根が直接ふれると、根の伸びが抑えられ、植物の育ちも悪くなったのです。
腐った仲間の体は、根にとって「敵だらけの場所」だったといえます。
チャン氏らは、この避ける動きが病原体から身を守るのに役立っている可能性を考えています。
動物が嫌な臭いを手がかりに、腐った食べ物を避けるのと似た働きというわけです。
さらに注目すべきは、根を腐った植物の近くに、触れないように置いた実験です。
この場合も根は、一貫して腐敗のある方向から離れるように曲がっていきました。
根は危ない場所に触れる手前で、その存在に気づき、進路を変えていたのです。
手がかりはカビがつくる「酸」だった
目も鼻もない根は、触れてもいない腐敗の場所を、どうやって見抜いたのでしょうか。
研究チームがたどり着いた手がかりは、腐った植物にすみつく微生物が出す「酸」でした。
分解の途中で酸性の物質を出していたのは、細菌ではなくカビだったのです。
カビは、有機酸(ゆうきさん)やフェノール酸といった酸を出しながら、植物の体を分解していました。
これらの酸は周りの土へしみ出し、酸性の度合い(pH)が場所によって少しずつ違う「勾配」をつくります。

この勾配は安定して保たれるため、根にとっては向きを決める目印になりました。
この左右の差を感じとっていたのは、根の表面をおおう表皮細胞でした。
表皮細胞は、ペプチド(アミノ酸がいくつかつながった物質)と、その受け手(受容体)の組み合わせを使っていました。
この組み合わせ(RGF-RGFR)が、pHを感じとるセンサーとして働いていたのです。
センサーが感じたpHの左右差を、根は「アブシシン酸」という植物ホルモンの偏りに変えます。
腐った物に面した側に、アブシシン酸がたまっていくのです。
このホルモンの偏りが、細胞の中にある細い管状の骨組み(微小管)の並び方を組みかえます。
すると表皮細胞が特定の方向へ偏って広がり、根は決まった向きにねじれていきました。

このねじれが、根を腐敗の場所から遠ざける曲がりを生んでいたのです。
このしくみは、よく知られた屈性とは様子が違います。
重力や光に応じて曲がる時、植物はオーキシンという別のホルモンを配り直して、伸びる向きを変えるからです。
チャン氏も、サプロトロピズムは「古典的なしくみには従っていない」と話しています。
研究チームは、微生物の分解がつくる化学物質の勾配が、根の進む道を指し示す合図になると結論づけました。
そして、この成果は屈性の考え方を広げるとともに、微生物と土と植物の間の、これまで知られていなかった「やりとり」の形を示すものだとしています。

ただし、まだ分かっていないことも残っています。
研究に関わっていないオハイオ・ウェスレアン大学の植物学者クリス・ウォルバートン氏は、研究の幅広さを高く評価しました。
そのうえで、信号が伝わるしくみには、詳しく解き明かすべき余地がまだ多いと指摘しています。
例えば、腐りかけの植物がどこまで分解されれば、栄養のある堆肥(たいひ)に変わるのかは分かっていません。
チャン氏らは、こうした空白を今後の研究で埋めたいとしています。
庭や畑の土の下でも、根はカビが出すかすかな酸っぱさを頼りに、腐った仲間をよけながら伸びているのかもしれません。
ここからは、屈性をもっと知りたい人へ
屈性とは、植物が光や重力などの手がかりに合わせて、伸びる向きを変える動きです
屈性は、植物が周りの手がかりに合わせて伸びる向きを変える動きで、よく知られた例では芽が光のほうへ曲がります。
ほかにも、根は重力に従って下へ、芽は上へ伸びます。また、根は水のあるほうへ曲がることもあります。
今回名付けられたサプロトロピズムも屈性の一つで、「サプロ」は「腐った」を意味するギリシア語から来ています。
根は、リンゴや葉のような柔らかいものが腐った場所を避けました。研究者の予想に反して、おがくずのような木のくずが腐った場所も避けました。
この避ける動きは、作物のナタネでも見られています。
根が腐った組織にじかにふれた場合には、病原体に関わる防御のしくみが働き出していました。
一方で、植物の体がほぼ分解しきると、酸による合図は消え、根も曲がらなくなりました。
チャン氏は、分解されていない作物の残りかすを畑に入れすぎると、根がよけきれないほど大きな腐敗の場所ができると考えています。そのうえで、腐敗をよける力を強めた品種が、これまでの病気対策を補えるかもしれないと話しています。
写真で見る、光や重力に応じて曲がる植物



参考文献
Plants move to get away from their decaying brethren (Scientific American)
https://www.scientificamerican.com/article/plants-move-to-get-away-from-their-decaying-brethren/
Roots steer clear of plant rot(ISTA の発表、2026)
https://ista.ac.at/en/news/roots-steer-clear-of-plant-rot/
元論文
Roots navigate around decay regions by sensing local pH gradients
https://doi.org/10.1126/science.adw6568
ライター
山下 浩介: むずかしい研究を、なるべく分かりやすく伝えたい。専門の言葉はふだんの言葉に置きかえて、身近な例で例える。それで「わかった」「楽しかった」と言ってもらえたら嬉しいです。
好きなのは、通学路や台所や日常の中にある科学。眠っているあいだに記憶が整理される話や、虫の鳴き方に意味がある話のように、読み終わったあとに誰かへ話したくなる研究を探しています。
編集者
ナゾロジー 編集部
