ドイツのマックス・プランク進化人類学研究所(MPI-EVA)などで行われた研究により、人類のずば抜けた持久力が、走って獲物を追うより先に、浅い水に潜って食べ物を採る暮らしの中で育ったとする新説を発表しました。
潜っては息をつぐ暮らしが何世代も続くうちに、酸素を取り込んで全身へ運ぶ心臓と肺の力に優れた体が広がっていったという筋書きです。
祖先が潜っていた手がかりの1つは、約200万年前の人類の一部が持っていた、ずっしりと重い骨です。
走るには重荷になるこの骨が、浅い水の中では、息を吸って浮き上がる体を押さえる天然のおもりになるというのです。
研究者たちは論文の結論で、人類の持久力の起源を調べるなら「持久走だけでなく、持久潜水も考えに入れることが欠かせない」と述べています。
研究内容の詳細は2026年9月17日に『PaleoAnthropology』にて発表されました。
目次
- 人間は陸の生き物なのに、なぜこれほど潜れるのか
- 食べ物を採る素潜りは、長距離走と同じ力で支えられている
- 走るには重荷になる祖先の骨が、浅い水では天然のおもりになる
- 人類の祖先は水辺で何を食べ、なぜそこへ向かったのか
人間は陸の生き物なのに、なぜこれほど潜れるのか

マラソン大会では、着ぐるみ姿の市民ランナーまでが42.195キロを走り切って、次々とゴールに帰ってきます。
見慣れた光景ですが、動物として見ると、これはかなりの芸当です。
人間の体には、ほかの類人猿にはまねできない得意技がいくつかあり、なかでも有名なのが、投げること、汗をかくこと、長く走ることの3つです。
チンパンジーは人間より力持ちなのに、ボールを時速30キロほどでしか投げられません。
人間のプロ野球の投手なら、時速150キロ前後の球を投げ込みます。
汗をかく力も桁外れで、人間の皮膚には汗を出す小さな腺(エクリン汗腺)が200万〜400万個も並んでいます。
汗で体を冷やしながら走れるおかげで、長い距離なら人間はウマとも張り合えます。
実際、ウマとランナーが約35キロの山道を競うイギリス・ウェールズのレースでは、人間がウマを破って優勝した年さえあるのです。
ウマと張り合えるほどですから、人間はまさに「持久力おばけ」です。
この力は、約300万〜200万年前に乾燥が進んだアフリカで、獲物が暑さでへばるまで走って追い詰める「持久狩り」のために進化した、と長らく説明されてきました。
ところが、人間の持久力おばけぶりは、陸の上だけでは終わりません。
人間は、息を止めて水に潜ることも、ほかの霊長類とは比べものにならないほど得意なのです。
水中でじっと息を止める競技の世界記録は、11分35秒に達しています。
足ひれを使わずに、ひと息で水深103メートルまで潜って戻ってきた記録もあります。
いずれも、これまでに調べられたほかのどの陸の哺乳類の能力もはるかに超えています。
潜るのは、記録を狙う選手だけではありません。
日本の海女や、東南アジアの海で暮らすバジャウの人々は、素潜りで魚や貝を採ることを毎日の仕事にしています。
世界の53の狩猟採集社会を比べた研究では、走ることはすべての社会で見られましたが、獲物を走って追い詰める猟が記録されていたのは17の社会にとどまりました。
それに対して、潜る習慣は23の社会に、泳ぐ習慣にいたっては45の社会にありました。
人間は陸の生き物なのに、なぜこんなに潜水が得意なのでしょうか?
この疑問に新しい答えを示したのが、マックス・プランク進化人類学研究所のジョセフィン・ヨールデンス氏と、中部スウェーデン大学のエリカ・シャガタイ氏です。
シャガタイ氏は自身も素潜りのダイバーで、海女やバジャウの人々の潜りを数十年にわたって調べてきました。
2人が唱えるのは「まず潜り、のちに走る(dive first, run later)」という説です。
この説では約300万〜200万年前、水辺に暮らす人類の一部が、浅い水に潜って食べ物を採るようになります。
こうした暮らしが何世代も続くうちに、酸素をたっぷり取り込み、全身へ運ぶ心臓と肺の力に優れた体が広がっていき、この力を受け継いだまま骨が軽くなった人類が、陸で長く走ることに使い回したというのです。
確かに魅力的な説ですが、それを支える証拠はあるのでしょうか?
食べ物を採る素潜りは、長距離走と同じ力で支えられている

潜る力が走る力の土台になったと、なぜ言えるのか?
2人が突き合わせたのは、素潜りの達人たちの観察や、化石、遺伝子、ほかの哺乳類についてのこれまでの研究です。
最初の手がかりは、食べ物を採るための潜り方が、記録を狙う潜り方とはまるで違うことにあります。
記録を狙う選手は、限界まで息を止めたあと、長い時間をかけて息を整えなければなりません。
食べ物を採る人にとって、それでは仕事になりません。
そこで海女やバジャウの人々は、短く潜っては短く息をつぐことを、何時間も同じペースで繰り返します。
ある海女の潜りを記録した調査では、2時間で50回も潜り、作業時間のほぼ半分を水中で過ごしていました。
バジャウの人々の場合、水深5〜7メートルなら約30秒潜って約20秒休むことを繰り返し、時間の60%を水中で過ごします。
長い日には9時間も水に入り、水の中で食べ物を探せる時間は最大5時間にもなります。
この潜り方のこつは、体にためた酸素で無理なく動けるうちに、水面へ戻ることです。
それを超えて潜ると、息を整えるのに時間がかかり、水面で長く休まなければならなくなるからです。
しかも、息ができるのが半分の時間しかないなら、その間はふだんの倍の勢いで空気を吸わなければなりません。
酸素をたっぷり取り込んで全身へ運び、ばてないペースを守り続ける力は、長い距離を走るときに求められるものとそのまま重なります。
水面で酸素を補う一方、潜っている間は、ためた酸素を節約するしくみも働きます。
息を止めて潜ると心拍がゆっくりになり(潜水反射)、赤血球をためておく臓器(脾臓)が縮んで、酸素の運び手を血液へ送り出すのです。
人間の潜水反射は、カワウソやビーバー並みの強さです。
潜る深さや水中にいる時間の割合で哺乳類を分けても、人間は「浅く潜る動物」の仲間にきれいに収まります。
素潜りで食べ物を採る人々は、ふだん20メートルほどまでの浅い水に潜り、作業時間のおよそ半分かそれ以上を水中で過ごすからです。
この才能は、潜りを暮らしにしてきた人々だけのものでもないようです。
たとえばイギリスのサラ・キャンベル氏は、わずか9か月の訓練で水深90メートルまで潜る世界記録を打ち立て、素潜りの世界チャンピオンにもなりました。
バジャウの人々では、潜水反射に関わる遺伝子(BDKRB2)と、脾臓を大きくする遺伝子(PDE10A)に、自然選択を受けた跡が見つかっています。
ところが、その有利な型は、バジャウ以外の世界中の人々にも広く見られます。
ヨールデンス氏らは、この型が、ホモ・サピエンスが現れて世界へ広がるより前から存在していたと見ています。
潜りの才能がどの大陸の人からも見つかることを、研究者たちは、潜る力のルーツがとても古いことの表れだと考えています。
そのルーツが本当に古いなら、祖先の体にも潜っていた跡が残っているのでしょうか?
走るには重荷になる祖先の骨が、浅い水では天然のおもりになる

祖先の化石のどこに、潜っていた跡が残っているのか?
研究者たちが真っ先に挙げるのは、骨の重さです。
化石を調べると、約300万年前より後の人類の一部は、手足の骨がずっしりと重かったことがわかります。
ホモ・エレクトスの化石10体では、太ももの骨の断面のうち、硬い外側の骨(皮質骨)が71〜89%を占め、ここ1万年あまりの人類の62〜82%より全体に高めでした。
スペインのシマ・デ・ロス・ウエソス遺跡で見つかった約40万年前の人類の骨格は、同じ体格の現代人より約36%も重かったと見積もられています。
ふつうの人の骨格を10キロとすると、彼らは3.6キロの荷物をいつも余計に背負っていたことになります。
走る動物にとって、これは大きな損です。
走るのが得意な中型の哺乳類は、走るのが苦手な仲間より体が軽いからです。
ヨールデンス氏らは、重い骨格が走るために進化したとは考えにくいと指摘します。
骨の重いホモ・エレクトスがいたことは、持久狩り説を見直す強い理由になりうるというのです。
ところが水の中では、この重さが一転して役に立ちます。
息をたっぷり吸った体は、浮き輪を抱えたように浮いてしまうからです。
いまの素潜りダイバーがよく2〜4キロの鉛のおもりを腰に付けるのは、そのためです。
骨が重ければ、肺を空気で満たしたままでも、浅いところで浮きも沈みもしない状態をつくれます。
重い骨は、天然のおもりになるのです。
ほかの哺乳類の骨にも、この理屈がそのまま表れています。
深く潜る動物ほど骨が重そうに思えますが、実際は逆です。
48属の哺乳類を比べた研究では、浅く潜る動物の手足の骨は、陸の動物よりも、深く潜る動物よりも密度が高くなっていました。
浅く潜って骨が重い動物には、カワウソやビーバー、カピバラ、ジュゴン、ホッキョクグマなどがいます。
一方、深く潜るクジラやアザラシの一部は、軽いつくりの骨を持っています。
深く潜れば水圧で肺が縮み、体が勝手に沈んでいくので、重い骨というおもりはいらないのです。
ヨールデンス氏らは、人類の重い骨も、浅く潜る動物と同じ理由で生まれたのではないかと考えています。
骨の重さのほかにも、化石には潜りと結びつきそうな特徴が残っています。
約150万年前に生きたホモ・エレクトスの少年「トゥルカナ・ボーイ」の肋骨を組み直すと、胸は幅が広く、前後にも厚いつくりでした。
すらりとした長距離ランナーではなく、がっしりしたネアンデルタール人に近い体つきだったのです。
ホモ・エレクトスの胸は下のほうがふくらんだ釣鐘型で、大きな横隔膜を収めていたとみられています。
ヨールデンス氏らは、この胸のつくりに、潜るときに役立つ2つの特徴があると考えています。
空気をたくさんためられる大きな肺と、水圧で肺が押し縮められても傷まない胸の柔らかさです。

鼻の形も、潜りに向いているといいます。
前に突き出た鼻と下向きの鼻の穴は、約200万年前のホモ・エレクトスで現れたとみられています。
チンパンジーの鼻の穴が前を向いているのに対して、人類の鼻の穴は下を向いていて、中に空気がたまります。
この空気が、浅く潜ったときに水が入り込むのを防ぐ栓になります。
泳いで潜るテングザルやカニクイザルも、鼻の穴が下を向いています。
一方でこの鼻は空気の通り道を長く曲げるので、鼻で息をしながら走るにはむしろ不利です。
2人は、潜るたびに鼻に水が入らないようにする必要から、水面では口で息をつぐ習慣が始まり、それがのちに走るときにも生かされたのではないかと推測しています。
研究者たちは、骨の重さや胸、鼻も含めて、潜りとの関係を化石で調べられる特徴を10個挙げています。
耳抜きをしやすい口と舌のつくりや、酸素が減っても脳へ血を送りやすい太い動脈の通り道(頸動脈孔)、水中でも姿勢を保ちやすい大きな三半規管も、その10個に含まれます。

約300万〜200万年前には、遺伝子にも変化が起きていました。
人類の系統で、CMAHという遺伝子が働かなくなったのです。
CMAHは、細胞の表面を覆う糖(シアル酸)を作り分ける遺伝子です。
これが壊れたため、人間の細胞が自分で作れるシアル酸は、ほかの類人猿の2種類に対して1種類(Neu5Ac)だけになりました。
人間と同じようにこの遺伝子を壊したマウスは、筋肉に酸素が届きやすくなり、長く走れるようになります。
そのため、CMAHが働かなくなったことは、持久走の進化を支えた変化として注目されてきました。
しかしヨールデンス氏らは、筋肉に酸素がよく届くことは、息を止めて潜る動物にも大いに役立つはずだと指摘します。
そのため、この変化はまず潜るために生かされたのではないかと考えています。
実際、同じ遺伝子が働いていない哺乳類には、アザラシやカワウソの仲間、セイウチ、カモノハシといった、潜水の名手が並んでいます。
ただし、ホモ・エレクトスでこの遺伝子がすでに壊れていたかどうかはまだわかっておらず、化石から確かめる研究が進められています。
では、人類の祖先は本当に水に入っていたのでしょうか?
人類の祖先は水辺で何を食べ、なぜそこへ向かったのか

祖先が本当に水に入っていたなら、その暮らしの跡はどこに残っているのか?
手がかりは、化石と一緒に見つかる食べかすと、祖先の耳の骨にあります。
ケニア北部のトゥルカナ盆地では、約195万年前の魚やワニ、カメの骨に、解体したときの傷が見つかっています。
この年代は、ちょうどその地域にホモ・エレクトスが現れた時期と重なります。
インドネシアのジャワ島では約50万年前に淡水の二枚貝が、中東のレバント地方では約78万年前に火を通した魚が、人類の食べ物になっていました。
ただ、浅瀬を歩いて採ったのか、潜って採ったのかは、骨や殻からはわかりません。
潜っていたことをより強くうかがわせるのは、大きな石の斧を作っていたアシュール文化の人類が、水深1.5〜3メートルの水底に沈む水草の実を集めていたとする研究です。
時代は下りますが、ネアンデルタール人は地中海で、浅い海の底の二枚貝を潜って採っていました。
体の側にも跡があります。
サーファーやダイバーによく見られる耳の穴の骨のこぶ(外耳道外骨腫)は、冷たい水に繰り返しさらされるとできやすくなります。
このこぶが、ネアンデルタール人や、約40万年前のシマ・デ・ロス・ウエソスの人類、中国・周口店のホモ・エレクトスの化石で見つかっているのです。
サーフィンもヨットもしなかった彼らは、泳いだり潜ったりして、日常的に水に入っていたのかもしれません。
人類を水辺へ向かわせたものとして、ヨールデンス氏らは、そこにある豊かな食べ物と、陸の環境の変化を挙げています。
浅い水に潜れば、陸で獲物を追うよりずっと楽に食べ物が手に入るといいます。
南太平洋のトンガでは、人々が海の無脊椎動物と海藻を230種類以上も呼び分けて採っているほどです。
しかも水辺の食べ物には、タンパク質や脂肪、炭水化物に加えて、脳の発達に必要な脂肪酸(長鎖多価不飽和脂肪酸)や微量栄養素がたっぷり含まれています。
とくにこの脂肪酸は、陸の食べ物からはなかなかとれません。

そして約280万年前、東アフリカの環境が大きく揺らぎます。
かつて高さが最大で7000メートルほどあったとされるケニア山が噴火して崩れ、大きな地殻変動も重なって、多くの地域が乾いていきました。
陸の食べ物が乏しくなり、人類が豊かな水辺へ押し出された可能性があるのです。
陸の食べ物が乏しくなったり、水辺に食べ物が豊富にあったりすると、水辺で食事をするようになる哺乳類はほかにもいます。
アラスカのヒグマ、ナミビアの海岸の砂漠に暮らすライオン、カナダの海岸のオオカミ、そして日本アルプスのニホンザルもそうです。
一方、陸の側には、持久狩り説にとって都合の悪い空白があります。
獲物を走って追う狩りが約200万年前に広まったのなら、陸の哺乳類を解体した跡は、その後に増えていくはずです。
ところが、遺跡を調べた量の違いを差し引いて比べると、ホモ・エレクトスが化石に現れたあとも、そうした跡が増え続けた様子は見られませんでした。
もちろん、新説には反論もあります。
ハーバード大学のダニエル・リーバーマン氏は、潜っている間は心拍が下がり、走るときは逆に上がるので、潜るために心肺の力を高める必要はないと指摘しています。
重い骨は重労働で体を酷使した結果かもしれないといいます。
鼻についても、前向きの鼻のまま潜る哺乳類は多く、空気を湿らせる役目のほうが大事だったろうと見ています。
そもそも、潜るのに向いた特徴が走るのに向いた特徴より先に現れたことは、化石の年代順ではまだ示されていません。
ヨールデンス氏ら自身も、どちらが先かを決めるには、分野をまたいだ長年の研究が必要だと認めています。
それでもこの新説が、走るには重すぎる骨や、潜る動物と同じ遺伝子の変化について、陸だけを舞台にした説明とは別の筋道を示したことは確かです。
コネチカット大学の古人類学者クリスチャン・トライオン氏も、この論文は少なくとも、人々が考え、調べ始めるきっかけになると評しています。
マラソンを走り切るあの持久力の出発点は、アフリカの水辺にあったのかもしれません。
参考文献
Endurance running or endurance diving – which came first?
https://www.eva.mpg.de/press/news/article/endurance-running-or-endurance-diving-which-came-first/
元論文
Dive First, Run Later? The Role of Endurance Diving in Human Evolution
https://paleoanthropology.org/ojs/index.php/paleo/libraryFiles/downloadPublic/57
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。
大学で研究生活を送ること10年と少し。
小説家としての活動履歴あり。
専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。
日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。
夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部
