「いや、こっちも美味しそうだな」「はやく会議終わらないかなあ」「ひとつ、ふたつ…」
そんな他の人には聞こえない頭の中のつぶやきは、内言(inner speech)と呼ばれ、私たちの多くが日常的に経験しています。
しかし、この言葉、いつから私たちの頭の中に生まれてきたのでしょうか?
そして、そもそも子どもの頭の中の言葉はどうやって調べられるのでしょうか?
筑波大学の大谷康太氏、桑水隆多氏、京都大学の森口佑介氏を代表とする私たちの研究グループは、幼児に「1から5まで数える」というシンプルな課題を行ってもらうことで、この難題を非常に身近な行為から紐解ける可能性を示しました。
研究内容の詳細は、2026年8月29日に『Acta Psychologica』に掲載されました。
目次
- あなたの「心の声」は、いつ生まれたのか
- 聞こえない「内言」をどうやって調べる?
- 数を数えることで子どもの内言が捉えられる
- 頭の中でしゃべれる子でも、「しゃべれない」と答えているかもしれない
あなたの「心の声」は、いつ生まれたのか

あなたはいつから頭の中で話せるようになりましたか?
おそらく覚えていないでしょう。
そして、考えてみればあなたの頭の中の言葉が生まれたときは誰も知らず、どこにも記録されていません。
声に出す言葉と違って、頭の中で生じている言葉は、直接見たり聞いたりする術がないからです。
一方で、私たちにとって頭の中の言葉は非常に身近な存在です。
マンガでは、口を結んだ登場人物の頭の上にもくもくとした吹き出しが浮かび、一人称の小説なら地の文のほとんどは主人公の内言です。
そして現実の私たちも、同じことを日常的に行っています。
無茶な仕事を振ってくる上司に笑顔でうなずきながら、頭の中では「くそっ」とつぶやく。
新年には神社で手を合わせて「今年も良い年になりますように」とお祈りをする。
内言を使えばこうした言葉は誰にも聞こえません。
このような内なる言葉の発達に関して、心理学者ヴィゴツキーは、幼児期に見られる「自分に向けた発話」が、次第に内面化していくことで形成されていくと考えました。
たとえば、積み木を積みながら「つぎ、あかいの」とひとりごとを言う子どもの姿を想像してみてください。
このような他者とのコミュニケーションのためではなく、自分に向けて発せられる言葉は私的発話(private speech)と呼ばれます。
ヴィゴツキーによれば、この私的発話は発達とともに内面化され、やがて声に出さない内言へと変わっていくと考えられています[1, 2]。
では、この内言は何の役に立っているのでしょうか。
これまでの研究では、内言を妨害すると、問題解決の成績が落ちることが知られています。
足で床を叩くといった、言葉を使わない妨害よりも、言葉で邪魔をしたときのほうが大きく落ちるのです[3]。
また、自分には内言が少ないと答えた人々を調べた研究では、内言が多いと答えた人々に比べて、単語の並びを覚える課題の成績が低く、韻を踏んでいるかどうかの判断でも間違いが増えました[4]。
これらの研究は、内言が単に言えない気持ちを心の中で吐き出す道具ではなく、私たちの認知機能を支える重要な存在であることを示しています。
では、そんな内言はどうやって調べられるのでしょうか。
大人であれば、「普段、頭の中で自分と会話しますか?」などと質問することも手段の一つとなります。
ところが子どもの内言を調べる場合には、そうはいきません。
「頭の中でお話しできる?」と聞いて「ううん」と返ってきても、それだけでは判断できないからです。
本当に内言を使っていなかったのかもしれませんし、自分の心の中で起きたことをうまく認識したり説明したりできなかっただけかもしれません。
認知機能がまだ育ちきっていない幼い子どもから、研究者が必要とする情報を引き出すのは簡単ではありません。
課題ができなかったとき、その「できない」が「内言がまだない」からなのか、「課題そのものが難しすぎた」からなのか、区別がつきにくいからです。
ブラックボックスになっている幼い子どもの内言の発達を知るには、幼児でも迷わずこなせるほど単純な課題から解きほぐしていく必要があります。
そこで私たちが目をつけたのが、多くの幼児がすでに声に出してできる「数を唱える」という行為でした。
聞こえない「内言」をどうやって調べる?

子どもの内言を調べるため、私たちは3歳7か月から6歳5か月の保育園児77人と、大人25人を集めました。
そして外に出す声(外言)と内言の両方で「1から5まで数える」という課題をやってもらいました。
手元のタブレット端末にはスタートボタンとストップボタンがあり、数え始めと数え終わりで押してもらうことになっています(図1)。
1回目は自分の楽なペースで数え、それ以降はできるだけ「1回目と同じ速さ」で行うように指示されました。
具体的には、声に出して数える条件(外言条件)を5回行ったら、次は声を出さずに頭の中だけで同じように数える条件(内言条件)を5回行います(図2)。
(※子ども向けの説明では「唇を動かさないで、声も出さないで、心の中で数えてね」と伝え、唇や指が動いていないかはビデオでも確かめました。)
こうして参加者たちの5まで数えるのにかかった時間が毎回記録されます。

次に私たちは、「同じようなペースで数えられたか」という部分に着目して分析を行いました。
たとえば、頭の中で数えた時間が1回目は4.8秒、2回目は4.9秒、3回目は5.0秒、4回目は4.9秒…なら、5回の「ばらつき」は小さく、頭の中の声は安定しているといえます。
一方、1回目は3.0秒、2回目は7.8秒、3回目は9.9秒、4回目は4.2秒…だったとしたらどうでしょうか。
同じ1から5でも、頭の中の声のテンポは不安定で「ばらつきが大きい」ことになります。
数を数えることで子どもの内言が捉えられる

すると、まず大人も子どもも、頭の中で数えたときのほうが、声に出したときよりもばらつきが大きくなることがわかりました。
声に出して話すときには、自分の声を耳で聞くことが、発話のタイミングを調整する手がかりになります[5]。
頭の中で数える場合にはこうした外的な手がかりが乏しいため、同じ言葉の並びを同じテンポで繰り返すことが難しくなる可能性があります。
一方で、頭の中で数えたときで比べると、幼児のばらつきは大人よりとても大きいことがわかりました。
たとえば平均5秒で数える場合、毎回の数唱時間がどの程度ばらつくかを秒に換算すると、大人では約0.25秒、幼児では約0.75秒という計算になります(図3)。
では、幼児の頭の中の声は、発達とともにどのように変わっていくのでしょうか。
幼児の月齢とばらつきの関係を調べると、月齢が高い子ほど、頭の中で数えたときのばらつきが小さくなっていきました。
一方、声に出して数えたときのばらつきは、月齢と関係がありませんでした。
もし年齢とともに単に「数を唱えるのがうまくなる」だけなら、声に出したときも安定していくはずです。
そうならなかったことは、この指標が数を唱える力ではなく、頭の中の声の安定化を捉えていることを示しています。
さらに、数える速さも月齢とは関係がありませんでした。
成長とともに変わっていったのは、速さではなく、ぶれなさだったのです。
そして、この結果だけでなく、私たちはもう一つ、興味深い結果を得ました。
子どもが「頭の中だけ」で数えられるようになる目安は5歳ごろだった
私たちは、内言条件で、どの子どもにも「唇や手など体を使わず、頭の中だけで数える」というルールを設けていました。
ところが実際には、何度挑戦しても声が漏れてしまったり、指を使って数えたり、唇を動かしたりする子どもたちがいました。
こうして77人のうち19人、およそ4人に1人が、手順を守れなかったり、数える時間が極端だったりして、分析から外れました。
頭の中だけで数えきれた子と、それが難しかった子。
両者の月齢を比べると、こなせた子のほうが年上でした。
月齢の真ん中の値(中央値)は、こなせた子が66か月(5歳6か月)、こなせなかった子が53か月(4歳5か月)です。
このことから、声や指に頼らず頭の中だけで数えられるようになる目安は、およそ5歳ごろだと考えられます。
一部の先行研究では、音の似た単語を覚える記憶課題などから、幼い子どもでは頭の中で単語の音を再生する能力が明瞭に捉えられず、6~8歳ごろになるとその指標がはっきり現れることが報告されていました[6]。
しかし、こうした年齢差には、幼い子どもにとって課題そのものが難しいことによる影響が含まれる可能性も指摘されてきました[7]。
今回の研究は、課題の重さを極限まで削ぎ落とすことで、新しい結果を得ることができた可能性があります。
また、指を使ったり唇を動かしたりした子どもたちも、単に内言に「失敗」したわけではない可能性もあります。
外に出していた声が頭の中へ入っていく途中の段階にあり、体の動きが、まだ不安定な頭の中の声を支える補助輪として働いているのかもしれないからです。
頭の中でしゃべれる子でも、「しゃべれない」と答えているかもしれない
この研究では、数える課題とは別に、参加した子どものうち29人に、先行研究で用いられた内言についての質問もしていました[8]。
「人はアイスクリームを食べられるかな?」「一日中片足で立っていられるかな?」といった「できる・できない」のクイズに混ぜて、「人は唇を動かさずに、頭の中でお話を作って話すことはできるかな?」などの質問をしたのです。
大人25人の92%が「できる」と答えたこの質問に、「できる」と答えた子どもは41%にとどまりました。
「人は頭の中で自分に話しかけたりできるかな?」「声に出して話しながら、同時に考えられるかな?」といった他の質問でも、子どもの答えは、あてずっぽうで答えたときと統計的に区別がつきませんでした。
さらに、質問への答えと数える課題の成績のあいだには、関係がありませんでした。
つまり、頭の中だけで安定して数えられる子が、「頭の中で話せる」と答えるとは限らない可能性があるのです。
頭の中の言葉を実際に使えることと、使えると自覚して説明できることは、同時に育つわけではないようです。
「頭の中でお話しできる?」と聞かれて「ううん」と答えた子も、実は頭の中でしっかりしゃべっていたのかもしれません。
このことから、幼児の心の中で起きていることを知るには、質問やインタビューだけに頼らず、今回のような客観的な測り方を組み合わせることが重要だと考えられます。
ただし、今回捉えたのは、「頭の中で数えてください」と求められたときに生じる内言です。
日常の中でひとりでに湧いてくる心の声が、いつ生まれるのか。
この問いは、まだ開いたままです。
初めて頭の中だけで発した言葉には、誰も立ち会うことができません。
しかし、その瞬間そのものを知ることはできなくても、1から5まで数える数秒間の小さな「ばらつき」の中に、頭の中の言葉が発達していく過程を探る手がかりが残されているのかもしれません。
引用文献
[1]Alderson-Day, B., &Fernyhough, C. (2015). Inner speech: Development, cognitive functions, phenomenology, and neurobiology. Psychological Bulletin, 141(5), 931–965. https://doi.org/10.1037/bul0000021
[2]Vygotsky, L. S. (1987). Thinking and speech. In R. W. Rieber &A. S. Carton (Eds.), The collected works of L. S. Vygotsky: Vol. 1. Problems of general psychology (N. Minick, Trans., pp. 39–285). Plenum Press. (Original work published 1934)
[3]Wallace, G. L., Peng, C. S., &Williams, D. (2017). Interfering with inner speech selectively disrupts problem solving and is linked with real-world executive functioning. Journal of Speech, Language, and Hearing Research, 60(12), 3456–3460. https://doi.org/10.1044/2017_JSLHR-S-16-0376
[4]Nedergaard, J. S. K., &Lupyan, G. (2024). Not everybody has an inner voice: Behavioral consequences of anendophasia. Psychological Science, 35(7), 780–797. https://doi.org/10.1177/09567976241243004
[5]Karlin, R., Naber, C., &Parrell, B. (2021). Auditory feedback is used for adaptation and compensation in speech timing. Journal of Speech, Language, and Hearing Research, 64(9), 3361–3381. https://doi.org/10.1044/2021_JSLHR-21-00021
[6]Henry, L. A., Messer, D., Luger-Klein, S., &Crane, L. (2012). Phonological, visual, and semantic coding strategies and children’s short-term picture memory span. The Quarterly Journal of Experimental Psychology, 65(10), 2033–2053. https://doi.org/10.1080/17470218.2012.672997
[7]Jarrold, C., &Citroën, R. (2013). Reevaluating key evidence for the development of rehearsal: Phonological similarity effects in children are subject to proportional scaling artifacts. Developmental Psychology, 49(5), 837–847. https://doi.org/10.1037/a0028771
[8]Flavell, J. H., Green, F. L., Flavell, E. R., &Grossman, J. B. (1997). The development of children’s knowledge about inner speech. Child Development, 68(1), 39–47. https://doi.org/10.1111/j.1467-8624.1997.tb01923.x
参考文献
1から5まで数えることで、幼児の「頭の中の言葉」が測れる
https://www.tsukuba.ac.jp/journal/medicine-health/20260909140000.html
元論文
The developmental origin of inner speech: Evidence from a mental counting task in 3- to 6-year-old children
https://doi.org/10.1016/j.actpsy.2026.107716
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。
大学で研究生活を送ること10年と少し。
小説家としての活動履歴あり。
専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。
日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。
夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部
