仕事から帰って玄関を開けると、ネコが足元にすり寄ってきて、一日の疲れがすっと消えていく。
ネコは、世界でもっとも人気のある伴侶動物(人と暮らすペット)の一つです。
日本だけでも約885万匹のネコが飼われていて、イヌの約682万頭を上回り、その差は広がり続けています。
ところが、ネコとの暮らしが飼い主の心や体にどう関わっているのかは、よく分かっていません。
イヌでは、飼い主とイヌの体の中のホルモンの量が、互いに関連することが知られています。
では、気ままに見えるネコと飼い主の間にも、目に見えない体のつながりはあるのでしょうか。
そしてそれは、飼い主の気分とも関係しているのでしょうか。
研究の詳細は、京都大学らにより、2026年10月1日付で学術誌『iScience』に掲載されました。
目次
- ネコと飼い主の「おしっこ」を1か月集めた
- 飼い主の気分を映していたのは、誰のホルモンだったのか
- イヌの研究とは異なった、ストレスホルモンの結果

ネコと飼い主の「おしっこ」を1か月集めた
この問いに取り組んだのは、京都大学の高木佐保 特定助教と、麻布大学の菊水健史 教授らの研究グループです。
注目したのは、2種類のホルモンです。
1つは、親子の絆づくりに関わるとされる「愛情ホルモン」(オキシトシン)です。
もう1つは、ストレスに関わる「ストレスホルモン」(コルチゾール)です。
イヌでは、飼い主と見つめ合うと、両者の愛情ホルモンが互いを高め合う仕組みが働くことが示されています。
また、飼い主がイヌにキスをする回数が多いほど、イヌの愛情ホルモンが多いという報告もあります。
一方、ネコと飼い主について、自宅というふだんの環境で「一方の愛情ホルモンが多いほど、もう一方も多い」という関連を示した研究は、研究チームの知る限りありませんでした。
そこで研究チームは、ネコ29匹と、その飼い主19人に協力してもらいました。
調べ方は、ふだんの家での暮らしを、そのまま1か月記録するというものです。

まず、飼い主とネコの両方から期間中に3回ずつ尿を集め、それぞれのホルモンの量を測りました。
次に、Bluetoothの小さな発信機(ビーコン)を使い、家の中でのネコと飼い主の近さを測り続けました。
さらに飼い主には、気分を尋ねる質問票(POMS2)に答えてもらいました。
この質問票では、怒り、混乱、落ち込み、緊張と不安、疲れ、友好、活気の度合いが分かります。
最終的に、ホルモンのデータがそろったネコ24匹と飼い主17人について、両者の関係を分析しました。
飼い主の気分を映していたのは、誰のホルモンだったのか
分析の結果、まず浮かび上がったのは、愛情ホルモンのつながりでした。
飼い主の愛情ホルモンが多いほど、そのネコの愛情ホルモンも多いという関連が見られたのです。
研究チームによると、自宅というふだんの環境でこの関連を示したのは、知る限り初めてです。
さらに、飼い主のストレスホルモンが多いほど、ネコの愛情ホルモンは少ないという関連も見つかりました。

一方で、飼い主とネコのストレスホルモン同士には、はっきりした関連は見られませんでした。
飼い主の愛情ホルモンとネコのストレスホルモンの間にも、はっきりした関連は出ていません。
つまり、ネコと飼い主の体の状態は、ストレスホルモンよりも愛情ホルモンを中心に結びついている可能性があるのです。
過去の研究では、ネコから近づいたり体に触れたりすることが、ネコと飼い主の両方の愛情ホルモンの変化と関連すると示されています。
研究チームは、撫でるなどの触れ合いが、このつながりの主な原動力かもしれないと考えています。

また、ネコがゆっくりまばたきするような、触れない親しみの合図も関わっている可能性があるといいます。
飼い主や初対面の人を相手にした行動の試験では、愛情ホルモンが多いネコほど、決められた円の中へ近づいて入りやすい傾向もありました。
では、これらのホルモンは、飼い主の気分とどう関わっていたのでしょうか。
飼い主の気分の悪さと幅広く結びついていたのは、飼い主自身の愛情ホルモンではなく、ネコの愛情ホルモンの方でした。
愛情ホルモンが多いネコの飼い主ほど、怒りや混乱、落ち込み、緊張と不安が低く、気分の乱れ全体も小さい傾向がありました。
ただし家庭ごとにまとめて分析し直すと、関連が保たれたのは混乱と、緊張と不安だけでした。

これに対し、飼い主自身の愛情ホルモンとの関連が見られたのは、怒りの度合いだけでした。
もっとも、飼い主の気分の悪さと最も一貫して結びついていたのは、飼い主自身のストレスホルモンでした。
ストレスホルモンが多い飼い主ほど、混乱や落ち込み、疲れ、緊張と不安が強かったのです。
なお、友好や活気といった前向きな気分と、ネコの愛情ホルモンとの間には、はっきりした関連は出ていません。
また、ネコのストレスホルモンと飼い主の気分との間には、どの項目でもはっきりした関連は見られませんでした。
高木特定助教は、この結果を「興味深い」と語ります。
ネコは室内飼いでいつも家にいるため、その体の状態は飼い主との関係をより映すのかもしれない、というのです。
家の中での距離にも、気分との関わりが見られました。
家の中でネコと接しているときの距離が近い飼い主ほど、活気が高かったのです。

一方、ネコと暮らした期間が長い飼い主ほど、落ち込みや不安が強いという関連も出ました。
ただしこちらは、家庭ごとにまとめて分析し直すと裏付けが得られなかったため、慎重に見る必要があります。
これに対し、ネコとの近さと活気の関連は、家庭ごとの分析でも保たれていました。
イヌの研究とは異なった、ストレスホルモンの結果
では、なぜネコでは、飼い主とのストレスホルモンの関連がはっきり見られなかったのでしょうか。
対照的なのがイヌです。
イヌでは、障害物競技(アジリティ)や捜索救助の作業の場面で、飼い主とイヌのストレスホルモンの関連が報告されています。

数か月分の値がたまる毛の中のストレスホルモンでも、同じような関連が見られています。
これは、相手のストレス状態を自分にも映し取る「情動伝染」によるものと考えられています。
実際、イヌは人のストレスのにおいをかぎ分けられ、そのにおいでイヌ自身の感情も左右されることが分かっています。
研究チームは、この違いの背景に、イヌとネコの祖先の暮らし方の差があるかもしれないと考えています。
イヌの祖先は群れで暮らす動物ですが、イエネコは、おもに単独で、状況によっては仲間とも暮らす生き方を保ってきました。

群れの仲間との関係に合わせてストレスを調節するしくみは、単独で生きてきた動物にはあまり必要なかったのかもしれません。
また、イヌでの連動は、人と密に協力するよう選ばれた犬種に特有かもしれず、関係の質にも大きく左右されるという指摘もあります。
ネコも、人の感情のにおいをかぎ分け、行動で反応することは知られています。
しかし、その敏感さは、ストレスホルモンの連動にはつながっていないようです。

過去の研究でも、ネコと飼い主の毛の中のストレスホルモンに、はっきりした関連は見られていませんでした。
ただし、イヌの研究は毛や唾液、血液で測っていて、今回の尿とは測り方が違います。
そのため、この比較だけで種の違いをはっきり言うことには限界がある、と研究チームは述べています。
研究チームは、さらに踏み込んだ推測も示しています。
複数のネコを一緒に飼う環境では、ネコ同士がよく触れ合うほど、愛情ホルモンが低いという先行研究があるのです。
これは、群れで暮らす動物でふつう見られる働きとは逆の関係です。
今回の結果と合わせると、家畜化の中で、ネコの愛情ホルモンのしくみが、仲間より人との絆に向かうよう変わった可能性もあります。
ただし、どちらの研究も関連を見たものにすぎず、この考えはまだ確かめられていません。
今回の研究そのものも関連を示したもので、ネコと飼い主のどちらが原因なのかはまだ分かっていません。

高木特定助教は今後、ネコとヒトが日々の暮らしの中でどう影響し合っているのかを、さらに詳しく調べたいとしています。
膝の上でゴロゴロ鳴くネコを撫でる日々の積み重ねの中で、飼い主とネコは、同じ愛情ホルモンでひそかにつながっているのかもしれません。
これからネコを撫でる時間は、堂々と「ホルモンのやりとりの時間」と呼べそうです。
ここからは、オキシトシンをもっと知りたい人へ
オキシトシンとは、出産や子育て、人どうしの絆に関わるホルモンです

オキシトシンは、名前にお産の意味をもつホルモンで、ギリシャ語で「早いお産」を表す言葉から名付けられました。
1980年代以降には、オキシトシンが脳の中でも働き、人どうしの絆や気持ちの調節に深く関わることが分かってきました。
人間関係とのつながりが注目され、今では「愛情ホルモン」のほかに「絆ホルモン」と呼ばれることもあります。
子育てとのつながりも深く、オキシトシンを受け取る仕組みをなくしたマウスでは、出産には影響が無いのに、授乳や子育ての行動に影響が出ます。
体の中ではとても短命なホルモンでもあり、血液中のオキシトシンは5分もたたないうちに半分に減るとされています。
形は、同じく脳で作られるバソプレシンというホルモンとよく似ていて、違うのはアミノ酸(たんぱく質の部品)2つだけです。
人とのかかわりでは、イヌと飼い主が見つめ合ってオキシトシンを高め合う仕組みがオオカミでは見られず、イヌが進化の中で身につけたものだと分かっています。
写真で見るネコたち




参考文献
ネコと飼い主、オキシトシン濃度が相関―ネコとの近さは飼い主の活力とも関連― (kyoto-u.ac.jp)
https://www.kyoto-u.ac.jp/ja/research-news/2026-10-15
オキシトシン (脳科学辞典)
https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E3%82%AA%E3%82%AD%E3%82%B7%E3%83%88%E3%82%B7%E3%83%B3
麻布大学 トピックス(2015年4月17日)
https://www.azabu-u.ac.jp/topics/2015/0417_2502.html
科学技術振興機構 サイエンスポータル(2015年4月17日)
https://scienceportal.jst.go.jp/newsflash/20150417_01/index.html
元論文
Cats and humans show correlated affiliative physiological states
https://doi.org/10.1016/j.isci.2026.117934
ライター
山下 浩介: むずかしい研究を、なるべく分かりやすく伝えたい。専門の言葉はふだんの言葉に置きかえて、身近な例で例える。それで「わかった」「楽しかった」と言ってもらえたら嬉しいです。
好きなのは、通学路や台所や日常の中にある科学。眠っているあいだに記憶が整理される話や、虫の鳴き方に意味がある話のように、読み終わったあとに誰かへ話したくなる研究を探しています。
編集者
ナゾロジー 編集部
