オランダのアムステルダム自由大学(VU)などで行われた研究によって、認知症になっても、本人が選んだ好きな曲には、脳が聞き慣れない曲より強く反応することが明らかになりました。
ただし、反応する場所までは同じではありません。
音楽を受け取る脳の働き方に、病気の種類による違いが見つかったのです。
研究内容の詳細は『Brain Communications』にて発表されました。
目次
- 「認知症に音楽はいい」は、ひとくくりにしすぎていた
- アルツハイマー病では働き、前頭側頭型認知症では働かなかった脳の一か所
- 脳の反応は弱くても、音楽が好きだという答えは変わらなかった
「認知症に音楽はいい」は、ひとくくりにしすぎていた

好きな曲のサビが流れると、つい体が揺れたり、足でリズムをとったりします。
「この曲、知っている」「一緒に歌いたい」「なんだか楽しい」。
好きな一曲が流れているあいだに、脳の中ではこれだけのことが重なって起きています。
音楽を聴く働きは、音を受け取る場所ひとつで完結しているわけではないのです。
一方、認知症を引き起こす病気にも、いくつもの種類があります。
アルツハイマー病でまず目立つのは、記憶の問題です。
対して前頭側頭型認知症には、性格や人との接し方が変わっていくタイプがあります。
研究チームが比べたのも、この2つの病気でした。
どちらも脳の働きを損なう病気ですが、傷むのは脳の全部ではなく、病気によって場所も違います。
もの忘れが進んでも、音楽に関わる働きまで同じように衰えるとは限りません。
実際、知っている曲だと気づく働きは、アルツハイマー病では比較的保たれやすいと報告されてきましたが、前頭側頭型認知症では、音楽から感情を読み取ったり、リズムやメロディーをつかんだりする働きの変化が報告されています。
実際、アルツハイマー病の人でも、昔よく聴いた曲が流れると「あ、知っている」と気づくことができます。
もの忘れが進んでも、この力は比較的よく残ると報告されてきました。
けれど前頭側頭型認知症では、同じ曲から悲しさや楽しさを読み取る力や、リズムとメロディーをつかむ力のほうが、早いうちから揺らぎはじめます。
同じ一曲でも、どこが残り、どこが変わるかは、病気によって違うのです。
この違いは、好きな曲を流すケアの効き方にも関わってきます。
しかし好きな曲が流れているあいだ、2つの病気の脳では何が違っているのか、そこを見比べた研究はほとんどなかったのです。
同じ一曲を聴いていても、認知症の種類によって、脳の受け取り方は違うのでしょうか?
アルツハイマー病では働き、前頭側頭型認知症では働かなかった脳の一か所

好きな曲が流れているとき、脳のどこが反応し、どこに差が出るのか?
答えを探すために、研究チームはまず、参加者一人ひとりに自分の好きな曲を選んでもらいました。
そこからサビなど、いちばんその曲らしい10秒を切り出します。
比べるために流したのは、研究者が選んだ聞き慣れない曲と、何も流さない静かな時間です。
聞き慣れない曲は、穏やかで曲調の変化が少ない1曲を全員に共通で使いました。
歌声の有無は本人の好きな曲に合わせ、音量も同じにそろえてあります。
参加したのは、アルツハイマー病の人、前頭側頭型認知症の人、そしてもの忘れが気になって受診したものの、検査では認知機能に問題のなかった人の、合わせて60人です。
認知症の参加者は、軽度から中等度の人たちでした。
脳の様子は、機能的MRIという方法で調べました。
曲を聴いているあいだに働きが強まった場所が、明かりのように浮かび上がる撮り方です。
装置の大きな音が曲の邪魔をしないよう、撮影をいったん止め、その合間に曲を流す工夫もしています。
参加者は歌うわけでも踊るわけでもなく、ただ横になって聴くだけ。
好きな曲、聞き慣れない曲、静かな時間が代わる代わる流れて、全部で13分ほどの実験でした。
すると、3つのグループのどれでも、好きな曲のほうが強い反応を引き起こしました。
認知症があっても、脳にとって2種類の音楽は「どちらも同じ音」ではなかったのです。
ただし、明かりのともり方は同じではありませんでした。
アルツハイマー病のグループでも、検査で問題のなかったグループと同じく広い範囲が反応していました。
一方で、前頭側頭型認知症のグループでは、反応した範囲が全体として狭めでした。
そして、はっきり差が出た場所があります。
補足運動野です。

好きな曲と聞き慣れない曲の反応の差を3グループで見比べると、ほかの2グループではこの場所に明かりがともり、前頭側頭型認知症のグループではともりませんでした。
音を受け取る場所などは、このグループでもちゃんと反応していました。
ほかの2グループより反応が弱かったのは、「運動」と名のつくこの一か所だけです。
体を動かす実験ではないのに、なぜ「運動」と名のつく場所で差が出たのでしょうか?
脳の反応は弱くても、音楽が好きだという答えは変わらなかった

じっと聴いているだけなのに、なぜ「運動」の場所が明暗を分けたのか?
研究チームが注目しているのは、補足運動野の役割が体を動かすことだけではない、という点です。
この場所は、次のメロディーを頭の中で思い浮かべることや、音楽の心地よさ、知っている曲だと気づく働きにも関わると考えられてきました。
好きな曲には、たいてい聞き覚えがあります。
「あ、この曲だ」と気づくことと、つい口ずさみたくなることは、切り離されてはいません。
著者らは、補足運動野がそうした複数の働きを束ねる結び目になっている可能性を挙げています。
そして前頭側頭型認知症では、この場所とつながる脳の回路が早くから傷みやすいとされています。
いま自分にとって大事なものを拾い上げ、そこへ注意を向ける回路(サリエンス・ネットワーク)です。
アルツハイマー病では、この回路は比較的保たれます。
音楽を支える仕組みの、どこが先に傷むのか。
その違いが、反応の差として現れたのかもしれません。
脳の明かりだけでなく、研究チームは聴いたあとの気持ちも尋ねています。
好きな曲を聴いたときの心地よさ、気持ちの高ぶり、そして自分の人生で音楽がどれだけ大事か。
参加者自身が答えたこれらには、3つのグループでめだった差がありませんでした。
それどころか前頭側頭型認知症の13人のうち7人は、病気になる前より音楽を強く求め、繰り返し聴くようになったと身近な人が報告しています。
脳の一か所の反応が弱いことと、その人が音楽を楽しめないことは、同じではないのです。
著者らは、病気の種類によって、音楽を使ったケアの効き方も変わるかもしれないと述べています。
本人の好きな曲を選ぶことに加えて、その人の脳が音楽をどう受け取るのかも、どんなケアを選ぶかの手がかりになるということです。
音楽の使いどころは、ケアだけではないかもしれません。
症状が重い人ほど、好きな曲と聞き慣れない曲の反応の差が小さくなる場所もありました。
音楽は心を動かすだけでなく、脳のどの働きが保たれているかをのぞく窓にもなると著者らは考えています。
ただし、60人のうち前頭側頭型認知症の参加者は13人です。
偶然の差が混じっている可能性は、著者ら自身が認めています。
それでも、好きな曲のほうが強く反応することは、3つのグループのどれでも共通して見えていました。
好きな一曲は、認知症の脳にもきちんと届いていたのです。
筆頭著者のヨッフム・ファン・ト・ホーフト氏は、研究所の紹介記事で
「ただの音楽ではなく、あなた自身の音楽なのです」
と述べています。
認知症を調べることは、「何が失われたのか」を数えることだけではありません。
その人が大切にしてきた一曲を通して、「今も、何に反応しているのか」を知ることでもあるのです。
参考文献
The brain still responds to favourite music in dementia
https://nin.nl/news/the-brain-still-responds-to-favourite-music-in-dementia/
元論文
Music processing in behavioural variant frontotemporal dementia and Alzheimer’s disease: a functional MRI study
https://doi.org/10.1093/braincomms/fcag196
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。
大学で研究生活を送ること10年と少し。
小説家としての活動履歴あり。
専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。
日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。
夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部
