アメリカ地質調査所(USGS)などで行われた研究によって、深海の底から持ち帰った岩石が、実験室で処理している最中に熱と煙を出し、自然発火していたことが明らかになりました。
火をつけたわけでも、加熱の実験をしていたわけでもありません。
粉砕機にかける前に、乾かした岩を手で小さく割っていただけです。
岩の温度は、測定に使った温度計の上限である100℃を振り切り、どこまで上がったのか分からないほどでした。
論文では「海底の熱水がつくる金属の鉱石が熱を出すことは、これまで調べられてこなかったが、船の上で急に燃え上がる火災を引き起こす可能性がある」と記述されています。
冷たい深海の底で何事もなく眠っていた石が、なぜ実験室で割られただけで燃え出したのでしょうか。
研究内容の詳細は2026年9月28日に『Scientific Reports』にて発表されました。
目次
- 深海に眠る燃える石
- 57個のうち燃えたのは2個、石油のせいでもなかった
- 中身はカイロの鉄粉より細かい粒に変わっていた
- 危ないのは海の底ではなく、船の上で水を切るとき
深海に眠る燃える石

キャンプで焚き火のまわりを石で囲むのは、石が燃えないからです。
ところが鉱山の世界では、硫黄を含む鉱石が自然に発火する事故が古くから記録されてきました。
金属と硫黄が結びついた鉱物──金属硫化物は、条件がそろうと自分で熱を出し、火を噴くことがあるのです。
同じ鉱物が、いま深海で注目を集めています。
海底の熱水噴出口からは、地中で熱せられ、金属を溶かし込んだ水が噴き出しています。
その水が冷たい海水と出会うと、溶けていた金属は硫黄と結びついて沈みます。
それが長い年月をかけて積み上がり、海底に小山や煙突のような塊を作ったものが、海底の鉱床(海底塊状硫化物鉱床)です。
銅、亜鉛、鉛、金、銀を含むこの鉱床は、陸の鉱山で何十年も掘られてきた鉱石と、もとは同じものです。
陸の鉱床も、大昔の海の底で同じようにできたものが、のちに陸地になったものだからです。
だからこそ、まだ海の底に残っているほうの鉱床にも、手を伸ばそうという動きが始まっています。
深海の資源を管理する国際機関である国際海底機構(ISA)は、大西洋とインド洋の海嶺で探査契約を結んでいます。
パプアニューギニアの海域では、採掘免許も出されました。
海底の鉱床にある金属硫化物が熱を出す仕組みは、使い捨てカイロによく似ています。
カイロは、袋から出して空気に触れさせるだけで温かくなります。
中身は鉄の粉で、鉄が空気中の酸素と結びついて錆びるときに熱が出るからです。
錆びること自体は、放置した釘でもフライパンでも起きています。
ただそちらは何年もかけてじわじわ進むので、熱が出ていることに気づきません。
カイロが熱くなるのは、鉄を細かい粉にして、空気に触れる面を極端に増やしてあるからです。
塊のままならゆっくりとしか進まない反応が、粉にすれば半日から一日ほどで走りきります。
金属硫化物も、酸素と出会えば熱を出します。
出た熱がそのつど周りへ逃げていくうちは、何も起きません。
しかし熱が逃げ場を失って内側にたまると、石の温度が上がります。
温度が上がれば、反応は速くなり、さらに多くの熱を生みます。
いったんこの回転が始まると、止まる理由はどこにもありません。
行き着く先が、発火です。
ただしこの回転は、海の底ではまず始まりません。
今回の岩石が採られたエスカナバ・トラフは、北カリフォルニア沖の深海にあります。
周囲の海水はおよそ2℃と冷たく、溶けている酸素も、世界じゅうの熱水噴出域のなかでいちばん乏しい部類でした。
冷たくて酸素が乏しければ、酸化はゆっくりとしか進みません。
わずかに出た熱も、周りの海水が運び去ってしまいます。
海底の石は、カイロが袋に入ったまま置かれているようなものでした。
では、袋から出された石は、どれもいずれ熱を持つのでしょうか。
57個のうち燃えたのは2個、石油のせいでもなかった

同じ場所で採り、同じ手順で乾かして砕いた石は、どれも同じようにふるまったのか?
アメリカ地質調査所のエイミー・ガートマン氏らの研究チームの手元には、2022年の調査航海で無人探査機ジェイソンが集めた、エスカナバ・トラフ4地域の岩石57個がありました。
試料は凍らせたまま水分を抜く凍結乾燥にかけられ、そのあと分析のために粉にされます。
57個のうち、金属硫化物を主成分としていたのは41個。
その41個のなかで、手で割った段階で熱と煙を上げたのは2個だけでした。
残りは、同じ手順で同じように砕かれても、何も起こしませんでした。
燃えた2個の主成分は、白鉄鉱(マーカサイト)という硫化鉄の鉱物でした。
燃えたあとの石を調べると、中身は、鉄が酸素と結びついた物質(マグヘマイト)に変わっていました。
表面が焦げたのではありません。
石の中の硫黄が燃えて気体となって抜け、あとに残った鉄が酸素と結びついていたのです。
ただ、この海域には、ほかにも燃えうるものがありました。
石油です。
エスカナバ・トラフは、陸から流れ込んだ厚い堆積物に埋もれた熱水地帯です。
堆積物が熱水に温められると、石油が作られます。
それが金属硫化物の鉱物にまぎれこむことは、この海域では以前から知られていました。
石油もまた、自分で熱を出して燃える物質です。
しかし、燃えた2個に含まれる有機物由来の炭素の量は、燃えなかった石と変わりませんでした。
試料を少しずつ温めながら重さの変化を測る試験でも、自分から熱を出したのは、燃えた2個から取り分けた試料だけでした。
有機炭素を3倍以上多く含む堆積物を同じように温めても、自分から熱を出す反応は現れませんでした。
さらに、試料が自分から熱を出したときに減った重さは、含まれていた有機炭素の量を、最大で10倍も上回っていました。
まぎれこんだ油をすべて燃やしたとしても、まるで足りない量です。
燃えていたのは、石そのものでした。
しかも白鉄鉱は、燃える危険のある鉱物として名前が挙がることの少ない鉱物です。
その白鉄鉱が、なぜ割っただけで燃え出すほど不安定になっていたのでしょうか。
中身はカイロの鉄粉より細かい粒に変わっていた

白鉄鉱は、はじめから白鉄鉱としてできたものだったのか?
研究チームは、燃えた2個から取り分けてあった試料を、顕微鏡やX線で細かく調べました。
見えてきたのは、「白鉄鉱」という名前からは想像のつかない生い立ちと中身でした。
鉱物は、できるときの条件に応じて、決まった形に育ちます。
燃えた石の白鉄鉱は、細長い板が折り重なった形をしていました。
ところがこの板の形は、もともと白鉄鉱のものではありません。
磁硫鉄鉱(ピロータイト)という、白鉄鉱とは別の種類の硫化鉄が作る形です。
エスカナバ・トラフで最初にできる鉄の硫化鉱物は磁硫鉄鉱で、そこから白鉄鉱に置き換わったものが、今回の石でした。
外から見える板の形は磁硫鉄鉱のまま残し、中身だけが入れ替わっていたのです。
問題は、その入れ替わり方でした。
板を1枚ずつ輪切りにして見ると、中心に近づくほど割れ目とすき間が増えていきます。
結晶ひとつの大きさは、5〜16ナノメートル。
髪の毛の太さのおよそ1万分の1という小さな結晶が、すき間を抱えたまま寄り集まっている状態です。
石の中身は、カイロの鉄粉よりはるかに細かい粒の集まりだったことになります。
外から見れば1個の硬い石でも、酸素と向かい合う面は、けた違いに広がっていたのです。
鉱物は時間とともに姿を変え、結晶は大きく整い、落ち着いた状態へ向かっていきます。
変化し終えた鉱物ほど反応しにくい、というのが鉱物の世界の定番の見方です。
ところがこの石では、変化した後のほうが、変化する前より不安定になっていました。
鉱物が変われば落ち着くとはかぎらないことを、この2個の石が示したと論文は述べています。
やっかいなのは、外からは区別がつかないことです。
板の形は磁硫鉄鉱のままなので、見た目で鉱物を判定するかぎり、中身が入れ替わっていることに気づけません。
論文は、こうして別の鉱物の姿に隠れた白鉄鉱を、「ステルス白鉄鉱」という言葉で表しています。
これまで磁硫鉄鉱は、不安定で危ない鉱物の代表として名指しされてきました。
しかしそう報告されてきた石の中にも、実はステルス白鉄鉱が混じっていたのではないか、と研究者たちは問いかけています。
白鉄鉱の石が採れたのは、熱水がもう止んだ場所か、ぬるい水しか出ていない場所でした。
こんな不安定な石が海底で何事もなく横たわっていられたのは、冷たく酸素の乏しい深海が、反応を先延ばしにしていたからだと研究チームは見ています。
長く海底にあったことは、陸でも扱いやすいことの保証にはなりません。
割る、砕く、すりつぶすといった力は、そのひと押しとなるエネルギーを石に与えます。
新しい割れ目が現れた瞬間に熱と煙が出始めたことは、この見方と一致すると論文は述べています。
危ないのは海の底ではなく、船の上で水を切るとき

手で割っただけで熱と煙が出るのなら、同じことは海の上でも起こりえます。
海底から引き上げられた石は、空気に触れ、温度も圧力も湿り気も変わり、海の底とはまるで違う場所に置かれることになるとアメリカ地質調査所は説明しています。
場所が変われば、石がどれだけ反応し、どれだけ熱を出すかも変わりうるとしています。
論文が注意を向けているのは、採る瞬間よりも、そのあとの処理です。
海の中で岩を割るぶんには、まわりの水が熱を奪っていくので、危険は小さくてすむと論文は見ています。
危ないのは船に上げてからです。
計画されている深海の採掘では、引き上げた鉱石の水を切る作業まで、船の上で行います。
そこでさらに砕いたり、水を抜きすぎたりすると、新たに熱を出すきっかけを作りかねないと論文は指摘しています。
陸の鉱山での経験では、完全に乾くより手前の、中途半端に水分が残った状態がとくに危ないと報告されています。
裏を返せば、止め方もそこにあります。
酸素か水のどちらかを取り除けば、反応は進みません。
水を抜けない事情があるなら、むしろ水を足すほうがよいと論文は書いています。
出てくる熱を水に吸わせてしまえば、燃え出すのを防げるからです。
水は、すっかり抜くかたっぷり与えるかで味方になり、中途半端に残っているときだけ敵になるということです。
ただし、今回調べられたのは、海底に顔を出している小山や煙突から採った石です。
実際の採掘で大量に掘り出されるのはその下に埋もれた鉱石で、そちらは現代の海底からほとんど採取されていません。
それでも、海から引き上げて乾かし、手で割っただけで100℃を超える石が実在することは、実験室で確かめられました。
海底の採掘にそなえた発火の評価も、現場の設備も、まだどこにも用意されていません。
研究チームは、陸の鉱山の経験をそのまま持ち込むのではなく、深海から来た石に合わせた危険評価と対策を用意することが、危険を管理する助けになると提言しています。
資源がどこにどれだけ眠っているかを知るだけでは、足りないということです。
参考文献
Deep-sea sulfide minerals can spontaneously heat and combust when exposed to air
https://www.usgs.gov/programs/cmhrp/news/deep-sea-sulfide-minerals-can-spontaneously-heat-and-combust-when-exposed-air/
元論文
Spontaneous combustion of metal sulfide minerals and implications for seafloor massive sulfide mining
https://doi.org/10.1038/s41598-026-70438-0
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。
大学で研究生活を送ること10年と少し。
小説家としての活動履歴あり。
専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。
日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。
夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部
