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AIが見つけた酵素に生物学者が「自分の研究では」と疑問


会議で自分が口にしたアイデアを、数分後に別の人が自分の思いつきのように話し始めると、なんとも言えないモヤモヤが残るものです。


AI企業のAnthropic(アンスロピック)は最近、同社の人気AI「Claude(クロード)」が、珍しい酵素のグループを見つけたと発表しました。


この成果は、AIが生物学の発見を切り開いた例として紹介されています。


ところが、同じ酵素を研究していたある研究者が、ひとつの疑問を投げかけました。


それは「AIは本当に自力でこの酵素の重要さに気づいたのか、それとも自分がAIに見せた未発表の研究が影響したのではないか」というものです。


AIの「大発見」は、いったいどこまでがAI自身の手柄だったのでしょうか。


専門家の解説をもとに、この問題を整理していきます。


この話題の詳細は2026年10月8日に『Phys.org』にて公開されました。




目次



  • AIが見つけたとされる「ウイルスの酵素」
  • AIの「手柄」は、どこまでだったのか?
  • AIの発見を「確かめる」ことがなぜ大切なのか

AIが見つけたとされる「ウイルスの酵素」


AIが見つけたとされる「ウイルスの酵素」
AIが見つけたとされる「ウイルスの酵素」 / ※画像はイメージです。Credit: Generated by Codex (gpt-image), ナゾロジー編集部

今回話題になったのは、「逆転写酵素」と呼ばれるタンパク質の仲間です。


酵素とは、生き物の体の中で化学反応を速めるはたらきをもつタンパク質のことです。


中でも逆転写酵素は、RNAという1本鎖の分子を写し取って、生命の設計図を担う2本鎖のDNAに作り変える役割をもちます。


研究の現場や診断検査でも使われており、一部の新型コロナウイルスの検査もこの酵素の力を借りています。


Anthropicによると、Claudeはこの逆転写酵素の中から、細菌に感染するウイルス「バクテリオファージ」が持つ珍しいグループを見つけ出しました。


同社はこれを「アレイ関連逆転写酵素(ART)」と名付けています。


ここで声を上げたのが、デンマークのコペンハーゲン大学で計算生物学を学ぶ博士課程の学生、マリオ・ロドリゲス・メストレ氏です。


メストレ氏によると、彼のチームは2022年からこの酵素を「ジャンボトロン」と呼んで研究してきました。


さらに科学誌の報道によれば、メストレ氏は自分の博士論文や論文の下書きをClaudeに見せていたといいます。


これに対してAnthropicは、モデルを利用者とのやり取りで訓練したことも、同社の生物学チームがそのやり取りを閲覧できたことも否定しています。


メストレ氏の疑問と同社の否定がぶつかり、話はここから少し込み入ってきます。


AIの「手柄」は、どこまでだったのか?


AIの「手柄」は、どこまでだったのか?
AIの「手柄」は、どこまでだったのか? / ※画像はイメージです。Credit: Generated by Codex (gpt-image), ナゾロジー編集部

まずメストレ氏の疑問について、今ある報道だけでは白黒はつけられません。


彼の未発表の研究が今回の発見に使われたという、確かな証拠は見つかっていないのです。


一方でメストレ氏は、「レトロン」と呼ばれる遺伝子の仕組みを改変する技術の特許で、発明者の一人に名を連ねています。


レトロンは逆転写酵素とそれに付き添うRNAをセットで持つ仕組みです。この特許には、今回と同じ種類のウイルス「ジャンボファージ」(遺伝情報がとりわけ大きいバクテリオファージ)の逆転写酵素の配列も載っていました。


米国での特許出願は2023年7月に公開されており、ジャンボファージの逆転写酵素について先に研究があったことは記録に残っています。


ただし、それだけでは、Anthropicが示した仕組みの全体像をメストレ氏のチームがすでに解き明かしていたとまでは言えません。


そして解説は、もうひとつ見落とされがちな点を指摘しています。


実は、話題の酵素そのものは、米テキサスA&M大学の科学者チームがすでに見つけていたのです。


Anthropicが「気づいた」と主張しているのは、酵素単体ではなく、もっと大きな仕組みの方でした。


それは、酵素と、同じ並びがくり返されるDNAの配列、そして酵素と組むかもしれない別のタンパク質がそろった仕組みです。


研究者たちは、このくり返し配列から小さなRNA分子が作られていることも突き止めました。


ただし、その証拠の一部は、別の研究チームが2022年に公開したデータを分析し直して得られたものでした。


すでにあるデータから新しい発見が生まれうる一方で、もともとデータを生み出した科学者の功績をきちんと示す大切さも浮かび上がります。


さらに、実験室での実験を行ったのは人間の科学者たちでした。


つまりAIの「大発見」は、先に酵素を見つけた人、データを公開した人、実験台に向かった人たちの仕事の上に成り立っていたのです。


AIの発見を「確かめる」ことがなぜ大切なのか


AIの発見を「確かめる」ことがなぜ大切なのか
AIの発見を「確かめる」ことがなぜ大切なのか / ※画像はイメージです。Credit: Generated by Codex (gpt-image), ナゾロジー編集部

この仕組みには、まだ分かっていないことも多く残されています。


研究者たちはまだ、この酵素が実際にはたらくのか、くり返し配列から作られるRNAを本当にDNAへ写し取るのか、ウイルスの中で何をしているのかを示せていません。


有名な遺伝子編集の道具「CRISPR(クリスパー)」に似ていることも注目を集めました。


しかし、似ているからといって、ARTが遺伝子を編集できるわけではありません。


それはこれから調べるべき可能性であって、確かめられた使い道ではないのです。


そしてAIの発見を確かめることの大切さは、Anthropic自身の報告からも読み取れます。


追加で10回行った探索では、AIのエージェント(自分で手順を決めて作業を進めるAI)はくり返し配列を見逃していました。


関係する配列を直接渡されれば、それに気づけるモデルもありました。


とはいえ、目の前に差し出された模様に気づくことと、自分の力でそれを見つけ出すことは、まったく別の話です。


今度「AIが新発見」という見出しを目にしたら、その後ろには、酵素を先に見つけた研究者や、データを公開したチーム、実験台に向かった人たちが並んでいるのかもしれません。


研究室でも職場でも、いちばん頼りになるのは「誰が先に言ったか」をこっそり残しておく、地味な記録係なのかもしれません。


全ての画像を見る

参考文献

A biologist queries whether AI 'borrowed' his work to make major discovery—an expert explains the rules (Phys.org)
https://phys.org/news/2026-10-biologist-queries-ai-major-discovery.html

ライター

天道銀河: 科学、歴史、心理、宇宙、生き物、テクノロジーなど、気になるものにはジャンルを問わず首を突っ込む雑食系ライターです。ひとつの分野を深く極めるというより、さまざまな知識を広く集め、意外なつながりを見つけるのが好きです。専門家ほど深くはなくても、好奇心の広さなら負けません。「こんな世界もあるのか」と思えるような、面白くてわかりやすい話題を届けていきます。

編集者

ナゾロジー 編集部

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