冬の朝、布団から出られないまま、ぼんやり天井を見つめて「今日はもう何もしたくない」と思ってしまうことがあります。
淡水にすむ小さな生き物「ヒドラ」は、年をとらない「不死」の生き物として知られています。
中でも「ヒドラ・オリガクティス」という種は、暖かさと食べ物に恵まれていれば、自分のクローンを作りながら増え続けます。
ところが寒くなると、この生き物はクローン作りをやめて精子や卵を作り始め、やがて老いて死んでしまうのです。
不死だったはずの体の中で、そのとき何が起きているのでしょうか。
研究の詳細は、2026年7月27日付で学術誌『Aging Cell』に掲載されました。
目次
- 寒さで「不死」を手放すヒドラ
- 老いていくヒドラの体で、大きく減っていた物質とは?
- 子作りと老いの裏で起きているとみられる「大量の細胞死」
寒さで「不死」を手放すヒドラ

ヒドラは刺胞動物の仲間で、淡水にすむポリプ(筒のような体の先に触手をもつ形の生き物)です。
体のつくりは単純で、細胞の種類もかぎられています。
それでもヒドラの仲間は、ストレスを受けた時も、精子や卵を作って増える時でさえも、老いないことが知られています。
その中で、寒さをきっかけに老いて死んでしまうヒドラ・オリガクティスは、ヒドラの仲間で唯一の例外なのです。
寒さのような環境のストレスを受けると、この種は増え方を「クローン」から「精子と卵」へと丸ごと切り替えます。
研究者たちは、これを「緊急の有性生殖」と呼んでいます。
これは、高い山の湖のきびしい環境に合わせた仕組みだと考えられています。
精子と卵からできた胚は丈夫で、さらに厳しい寒さにも耐えられるからです。
ただしその代わりに、親のヒドラは不死を失ってしまいます。
では、不死を手放して老いていくとき、ヒドラの体の中ではどんな変化が起きているのでしょうか。
そこでインスブルック大学のニッキ・マラミ=ゾヌーズ氏とイルゼ・クランナー氏らの研究チームは、寒さで老いていくヒドラの体内の物質を調べました。
使ったのは、体の中で作られたり使われたりする小さな物質(代謝物)を、まとめて測る分析法です。
寒さにさらしたヒドラが精子や卵を作れる体になり、さらに老いていくまでの数週間、物質の量の移り変わりを追いかけたのです。
老いていくヒドラの体で、大きく減っていた物質とは?

調べた結果、ヒドラの体内の物質の変化には、はっきりとしたパターンがあることがわかりました。
いくつかの物質は、寒さにさらしてから8週目に向けて、少しずつ増えたり減ったりし続けていました。
8週目のヒドラは、すでにひどく老いた状態です。
一方で、4〜6週目に精子や卵を作れるようになった時に、量がピークを迎える物質もありました。
つまりヒドラの体内には、「老い」と「子作りの準備」という2つの変化が同時に刻まれていたのです。
中でも目立ったのが、4週目に現れた変化です。
オスでもメスでも、細胞を守る働きや、神経どうしの情報のやりとりがうまくいかなくなっているしるしが見つかりました。
そして、その代表が「タウリン」という物質の大幅な減少でした。
タウリンはアミノスルホン酸(アミノ酸に似たつくりの物質)の一種で、私たちヒトにとっても欠かせない物質です。
実はタウリンが足りなくなることは、ほかの生き物ではすでに老化を進める原因の1つとして知られています。
大学の発表によると、哺乳類でも年をとるとタウリンが減ること、そして補えば健康に過ごせる期間が延びることが示されています。
では、老いていくヒドラにタウリンを補うと、どうなるのでしょうか。
研究チームが試したところ、寒さにさらし始めた最初の2週間と、寒さをきっかけに精子や卵を作る体へ変わっていく過程で起こる幹細胞(さまざまな細胞のもとになる細胞)の減少が、一部もとに戻りました。
大学の発表では、タウリンがヒドラに「アンチエイジング」のような働きをもたらしたと紹介されています。
ただし、論文の要旨で示されているのはあくまで、幹細胞の減少が「一部」もとに戻ったという結果です。
子作りと老いの裏で起きているとみられる「大量の細胞死」

体の中の変化は、タウリンだけではありませんでした。
細胞の働きに欠かせない「NAD+」(エネルギーを生み出す反応などを助ける物質)を作ったり使い回したりする道筋にかかわる物質も、減っていたのです。
さらに、細胞がエネルギーを生み出す反応にかかわる物質の変化からは、精子や卵を作ることにも老いることにも、より多くのエネルギーが必要になっていたことがうかがえました。
そして最も大きく量が変わったのは、「尿酸」でした。
尿酸は、プリンという物質が分解されて最後にできるものです。この尿酸は、オスでもメスでも精子や卵を作れるようになった時にピークを迎え、その後も高いままでした。
細胞の中の遺伝子の材料が分解されてできる物質の多くも、同じように増えていました。
研究チームは、これを細胞が計画的に死ぬ「アポトーシス」の表れとみています。
つまり精子や卵を作るとき、ヒドラの体では大量の細胞が自ら死んでいき、それが老いともつながっていると考えられるのです。
また精子や卵を作れるようになる時期(性成熟)には、精子づくりに必要な物質がはっきりと増えていました。
加えて、オスとメスでは代謝のようすにはっきりとした違いがありました。
生物医学の研究ではメスの代謝のデータがまだ少ないため、研究チームはこの点を特に強調しています。
共著者で長年ヒドラを研究してきたベルト・ホブマイヤー氏は「この研究の結果によって、私たちは初めて、こうした原始的な動物の老化を脊椎動物やヒトの老化と結びつけることができます」と話しています。
ヒドラ・オリガクティスは、脊椎動物と、進化の上でずっと古い不死のヒドラたちとをつなぐ存在だというのです。
ヒドラは体のつくりこそ単純ですが、遺伝子の多くを脊椎動物と共有しているため、老化の基本的な仕組みを調べる手がかりになると期待されています。
老いることのない生き物と、老いて死ぬ生き物の境目は、思っていたよりずっと細い一本の線なのかもしれません。
今年の冬は、こたつを「不老不死の装置」と名付けて、堂々と入り浸ってもいいかもしれません。
参考文献
Hydra loses its immortality after cold triggers switch to sexual reproduction (Phys.org)
https://phys.org/news/2026-10-hydra-immortality-cold-triggers-sexual.html
元論文
Metabolic Signatures of Aging and Gametogenesis in Hydra oligactis
https://doi.org/10.1111/acel.70643
ライター
天道銀河: 科学、歴史、心理、宇宙、生き物、テクノロジーなど、気になるものにはジャンルを問わず首を突っ込む雑食系ライターです。ひとつの分野を深く極めるというより、さまざまな知識を広く集め、意外なつながりを見つけるのが好きです。専門家ほど深くはなくても、好奇心の広さなら負けません。「こんな世界もあるのか」と思えるような、面白くてわかりやすい話題を届けていきます。
編集者
ナゾロジー 編集部
