健康診断の紙を受け取ると、まず体重の欄を見てため息をつくのが毎年のお決まりです。
体重を減らす痩せ薬「GLP-1薬」は、いまや世界で最も売れている薬になりました。
ところがこの薬について、体重計では測れない「体の年齢」との関係を調べた報告が出てきました。
デンマークのノボ ノルディスクとイーライリリーという製薬大手2社が、老化の治療法を探る学会で、自社の痩せ薬と老化の関係を発表したのです。
では、痩せ薬は体重だけでなく、体の年齢にも何か影響を与えていたのでしょうか。
この話題の詳細は2026年10月6日に『MIT Technology Review』にて公開されました。
目次
- 体の年齢を測る「老化時計」と痩せ薬
- 痩せ薬を使った人の「体の年齢」はどうなった?
体の年齢を測る「老化時計」と痩せ薬

人の年齢には、誕生日から数える年齢のほかに、体の状態から見積もる「生物学的年齢」(体がどれだけ年を重ねているかを表す年齢)という考え方があります。
これを測る道具が「老化時計」です。年月とともにDNAにたまっていく変化を手がかりにするほか、新しいタイプでは体の中の重要なたんぱく質の量を手がかりにします。
ただ、老化時計の数字が本当に健康の物差しとして使えるのかは、これまではっきりしていませんでした。
一方のGLP-1薬は、脳に「もうお腹は空いていない」と伝える体の受け取り口(GLP-1受容体)を刺激して、体重を減らす薬です。
実際に使った人を調べたこれまでの研究では、この薬が腎臓の働きを良くし、血圧を下げ、死亡する可能性そのものまで大きく下げることが分かっています。
体重以外にもこれほど幅広い効果があることから、この薬は老化の根っこに働きかけているのではないかと考える科学者も少なくありません。
そこでノボ ノルディスクは、自社の薬「セマグルチド」(商品名オゼンピック、ウゴービ)の試験で、太り気味の人や糖尿病の人1万52人の血液を調べました。
参加者の半数は薬を、もう半数は偽薬(有効成分の入っていない見た目だけの薬)を使っていて、研究の始めと数カ月後に採った血液を「たんぱく質の老化時計」で測りました。
イーライリリーも自社の薬「チルゼパチド」(商品名マンジャロ、ゼップバウンド)で、より小さな規模ながら、DNAにたまった変化を数える老化時計を使って同じような研究を行いました。
痩せ薬を使った人の「体の年齢」はどうなった?

結論から言うと、両社とも、薬を使った人は偽薬の人に比べて生物学的年齢が低く出ていたと報告しました。
ノボ ノルディスクのプロジェクトリーダー、ニコライ・ロエド氏によると、その差は全体でおよそ2〜3年だったといいます。
同氏は、複数の試験や体のさまざまな組織にわたって、患者の生物学的年齢の改善が見られていると話しています。
なかでも心臓に関わるたんぱく質を見る老化時計では、時間がたつにつれて、最大で4年ぶんの遅れが出ていました。
同社の科学者アレハンドロ・アグアヨ=オロスコ氏は、学会で「臓器の年齢がずれてきているのは、かなり明らかだと思う」と語っています。
イーライリリーの研究でも、おおむね薬を使った人のほうが、体の中の時間がゆっくり進んでいました。
同社で老化研究を率いるケビン・ダフィン氏は「年齢を30年も戻せるわけではないが、はっきりした低下だ」と述べています。
ただし差の大きさは、どの種類の老化時計を使うか、どの臓器を調べるかによって大きくばらついていました。
老化時計の生みの親とされるカリフォルニア大学ロサンゼルス校のスティーブ・ホーバス教授は、「2年というのは、かなり強い効果だ」と評価しています。
ホーバス教授は、こうしたデータが、GLP-1薬は老化を遅らせ、場合によっては巻き戻す薬である証拠になりうると見ています。
この結果は、老化時計そのものにとっても大きな後押しになりました。
幅広い効果がしっかり確かめられている薬を使った人で、時計の示す年齢がちゃんと下がることが示されたからです。
とはいえ、今回の対象は太り気味の人や糖尿病の人で、健康な人にも同じことが言えるかは分かっていません。
ノボ ノルディスクの測定に協力したハーバード大学のバディム・グラディシェフ氏も、「不健康な人たちには老化を防ぐ薬だと思うが、健康な人では誰にも分からない」と話しています。
また、ホーバス教授は、GLP-1薬には筋肉が落ちるなどの副作用もあり、多くの人の助けにはならないかもしれないと注意を促しています。
ホーバス教授自身も、使うことを考えたことはあるものの、まだ自分で使う気にはなれないそうです。
学会では主催者が、満員の会場でノボの科学者に「普通の人もセマグルチドを使い始めるべきか」と尋ねましたが、返ってきたのは「私は医師ではないので答えられない」という言葉でした。
なお、今回の数字は、薬を販売する製薬会社自身が学会で報告したものです。
誕生日は毎年必ず1つ増えますが、太り気味の人や糖尿病の人を対象にした今回の試験では、老化時計が示す体の年齢は、薬を使った人のほうが偽薬の人より低く出ていたのです。
痩せ薬が動かしていたのは、体重計の針だけではなく、体の中の時計の針でもあった可能性があるのです。
次の同窓会で若く見えたあの友人に会ったら、秘訣を聞くより先に、まずは自分の体重計にそっと乗ってみようと思います。
参考文献
Weight-loss drugs show signs of slowing biological aging, say drugmakers (MIT Technology Review)
https://www.technologyreview.com/2026/10/06/1145836/weight-loss-drugs-glp1-lilly-novo-aging-clocks/
ライター
山下 浩介: むずかしい研究を、なるべく分かりやすく伝えたい。専門の言葉はふだんの言葉に置きかえて、身近な例で例える。それで「わかった」「楽しかった」と言ってもらえたら嬉しいです。
好きなのは、通学路や台所や日常の中にある科学。眠っているあいだに記憶が整理される話や、虫の鳴き方に意味がある話のように、読み終わったあとに誰かへ話したくなる研究を探しています。
編集者
ナゾロジー 編集部
