お風呂でおもちゃのアヒルはぷかぷか浮いているのに、うっかり落とした金属のスプーンは一直線に底へ沈んでいきます。
海に浮かぶブイや観測用のセンサーは、内側に水が入らない密閉した空間を持つことで浮いています。
ところが大きなひびが入ると、その空間に水がなだれ込み、構造ごと海の底へ沈んでしまうことがあります。
こうした海の機材にはステンレス鋼や硬いプラスチックがよく使われていますが、どちらも「壊れたあとも浮かせ続ける」という問題は解決できていません。
一方で、金属の細い柱を網目状に組んだ「格子構造」は、水の10分の1以下の密度にできるほど軽いのに、水に入れると沈んでしまいます。
では、すき間だらけの金属の骨組みを水に浮かせ、さらに壊れても沈まないようにすることはできるのでしょうか?
研究の詳細は、豪RMIT大学らにより、2026年8月28日付で学術誌『Advanced Materials』に掲載されました。
目次
- 軽い金属の骨組みが水に沈んでしまうワケ
- すき間だらけのチタンは水に浮くのか?
- ひびが入っても沈まない秘密
軽い金属の骨組みが水に沈んでしまうワケ

金属の格子構造とは、細い柱を立体的に組み合わせた、ジャングルジムのような形の素材です。
とても軽いのに強さを保てるため、医療や航空宇宙、防衛、熱の制御といった分野で大きな可能性を示してきました。
ところが、海に浮かべる構造物にはなかなか使えずにいました。
柱と柱のあいだのすき間がすべてつながっているため、水がその中に自由に入り込んでしまうからです。
スポンジの穴に水が吸い込まれるように、すき間が水で満たされれば、骨組みが軽いという利点は消えてしまいます。
研究を主導した豪RMIT大学のジョーダン・ノローニャ氏も「開いてつながったすき間から水が入り込むため、沈んでしまうのです」と説明しています。
そこで研究チームは、骨組みの「柱そのもの」を中空のパイプにして、その中だけに水を通さない材料を詰めることにしました。
金属の粉をレーザーで溶かして積み重ねる3Dプリンターを使い、中空の柱をつなげたチタン合金の格子を作りました。そのうえで、各柱の内側の通り道に、ふくらむ性質をもつポリウレタンの発泡材を注入したのです。
以前ナゾロジーではこういう記事も紹介しています(「絶対に沈まない金属」が開発される ヒントは「ヒアリ」?)
柱のまわりのすき間はあえてふさがず、水は格子の中を通り抜けられるままにしてあります。
すき間だらけのチタンは水に浮くのか?

結論から言えば、この骨組みは水に浮きました。
試作品は真水の中で2か月以上も浮かび続け、研究チームによると、金属と樹脂を組み合わせた格子状の素材が浮くことを示したのは、これが初めての報告だといいます。
カギになったのは、密度の「数え方」を見直したことでした。
これまでの計算では、格子の中のすき間もすべて素材の体積に含めていました。
しかし、そのすき間は水で満たされてしまうので、浮く力にはまったく役立ちません。
そこで研究チームは、水を寄せつけない部分だけを数える「骨格密度」という新しい物差しを考え出しました。
今回の設計でいえば、チタンの壁と、発泡材を詰めて閉じた柱の内側の通り道がその部分にあたります。
この骨格密度は、1立方センチメートルあたり1.0グラムを下回るように抑えられていました。
ノローニャ氏は「骨格密度がまわりの液体より低ければ、外側のすき間すべてに水が流れ込んでいても構造物は浮きます」と述べ、技術者にとってシンプルな設計のルールになると話しています。
新しい素材は、浮くだけでなく強さでも優れていました。
全体の密度をそろえて比べると、海で使われているステンレス鋼や高密度ポリエチレン(ポリタンクなどに使われる硬いプラスチック)より70%強かったのです。
さらに、メルボルンのポートフィリップ湾でくんだ天然の海水に2週間沈めたところ、失われた重さは0.15%にとどまり、強さの低下も1%未満でした。
海水の中でも腐食に強く、柱の内側に水が入り込まないことも確かめられています。
ただし、これはあくまで短い期間の試験の結果です。
ひびが入っても沈まない秘密

今回の研究でとくに大事なのは、骨組みが大きく壊れても浮き続けたことです。
ひびが入ったり、柱どうしをつなぐ大事な接合部が壊れたり、格子の層がまるごと1枚割れたりしても、素材は沈みませんでした。
沈んだのは、ひどく押しつぶされて、ぎゅっと圧縮されたときだけでした。
なぜ、ここまで壊れても浮いていられるのでしょうか?
秘密は、柱の中に詰めた発泡材にあります。
発泡材の中には密閉された小さな部屋がたくさんあり、そこにガスを閉じ込めることで、中空の柱に水があふれ込むのを防いでいるのです。
ノローニャ氏は、発泡材が骨組み全体に散らばった防水の壁のように働くと説明しています。
ひびが入ると急速に水で満たされてしまうことがある、これまでの中空の海洋構造物とは対照的です。
また、コンピューターで壊れ方を計算するシミュレーションでも、実験で見られたのと同じ壊れ方を予測できました。
研究チームは実用性を示すため、この素材を使ったブイも3Dプリンターで作りました。
波立つ海水のタンクの中で最大45度まで傾けても、ブイは安定して浮いていました。
しかも、密閉した外殻も、保護のための塗装も、追加の浮き具も使っていません。
研究チームは今後、試作品を大型化し、実際の海や深海の環境で長い期間どう振る舞うかを調べる予定です。
また、チタンの骨組みの中に詰める材料を変えれば、衝撃の吸収や熱の管理、振動の制御といった別の用途に合わせられる可能性もあるとしています。
「金属は沈むもの」「穴があいたら沈むもの」という2つの思い込みを、すき間だらけの骨組みが同時にくつがえしてみせたわけです。
浮くかどうかを決めるのは穴の多さではなく、水を寄せつけない部分がどれだけ軽いかなのかもしれません。
次にお風呂でスプーンを落としたら、沈んでいく姿を見送りながら「骨格密度が足りないな」とつぶやいてみるのもよさそうです。
参考文献
Engineers Have Created the World’s First Floating Titanium (SciTechDaily)
https://scitechdaily.com/engineers-have-created-the-worlds-first-floating-titanium/
元論文
Breaking the Surface: Buoyant Metal–Polymer Open–Cell Hybrid Lattice Metamaterials
https://doi.org/10.1002/adma.74641
ライター
天道銀河: 科学、歴史、心理、宇宙、生き物、テクノロジーなど、気になるものにはジャンルを問わず首を突っ込む雑食系ライターです。ひとつの分野を深く極めるというより、さまざまな知識を広く集め、意外なつながりを見つけるのが好きです。専門家ほど深くはなくても、好奇心の広さなら負けません。「こんな世界もあるのか」と思えるような、面白くてわかりやすい話題を届けていきます。
編集者
ナゾロジー 編集部
