赤ちゃんを寝かしつけたあと、ふと後頭部をなでて「ここ、少し平らかも」と手を止めてしまうことがあります。
赤ちゃんの頭の一部が平らになる「絶壁頭」は、今も多くの親や医師が気にかけている悩みです。
この形はよく、1990年代に赤ちゃんを仰向けで寝かせるよう呼びかけた運動のせいだと言われてきました。
では、そんな呼びかけがまだ無かった大昔の赤ちゃんの頭は、どんな形をしていたのでしょうか。
イタリアのパドヴァ大学の研究チームは、約3000年前の鉄器時代の頭蓋骨を詳しく調べ、この謎に迫りました。
研究の詳細は、2026年7月16日付で学術誌『International Journal of Paleopathology』に掲載されました。
目次
- 赤ちゃんの「やわらかい頭」と3000年前の墓
- 3000年前の頭蓋骨に残っていた「赤ちゃん時代の跡」とは?
- 首の骨に残る手がかりと「現代だけではない」絶壁頭
赤ちゃんの「やわらかい頭」と3000年前の墓

医学では、この状態を「変形性斜頭症」、英語ではよく「フラットヘッド症候群」と呼びます。
赤ちゃんの頭に長いあいだ圧がかかり続けることで、骨が平らになってしまうのです。
実は、赤ちゃんの頭の骨はやわらかく、しなやかにできています。
狭い産道(赤ちゃんが生まれるときに通る道)をすり抜け、生まれたあと急に大きくなる脳に合わせて広がるためです。
その代わり、仰向けに寝る、チャイルドシートに固定されるといったささいなことでも、頭の形が変わりやすいのです。
現代では、生後7〜12週の赤ちゃんの最大47%に、こうした変形が見られるといいます。
1990年代のこの運動は「バック・トゥ・スリープ」と呼ばれ、赤ちゃんの突然死のリスクを下げるために行われました。
一方で、昔の人にどれほど絶壁頭があったのかを知るのは簡単ではありません。
研究を率いたマイケル・アレン・ベック・デ・ロット氏によると、頭蓋骨が完全に残ることはめったになく、土の重さや湿気でも形が変わってしまうからです。
そこでチームが注目したのが、イタリア中部のマテリカにある2つの墓地です。
ここには紀元前9世紀なかばから8世紀ごろのピケニ人と呼ばれる人々が、眠るように横向きで体を丸めた姿で葬られていました。
チームは、形が残っていたり復元されたりした大人の頭蓋骨26個を、まず目でじっくり観察しました。
さらに、後頭部の形が気になるものはCT(体の中を輪切りの画像で見る装置)でも調べ、ほかの原因と見分けようとしました。
3000年前の頭蓋骨に残っていた「赤ちゃん時代の跡」とは?

調べた結果、26人のうち11人、割合にして42.3%の頭蓋骨で、後頭部が左右非対称になっていました。
11人の内訳は男性7人、女性4人で、男性のほうが多く見られました。
平らになっていたのは右側が多く(72.7%)、これは今の医師が赤ちゃんに見る形とおおむね重なっています。
ただし、頭に平らな部分があるだけでは、絶壁頭の証拠にはなりません。
そこでチームは、ほかの原因を1つずつ消していきました。
まず考えられるのは、何千年も土に押されて形がゆがんだ可能性です。
しかしマテリカの人々はみな右を下にして葬られていたのに、平らな部分は左右どちらにも見られました。
また、割れた骨のかけらがきれいに組み合わさったことから、土の重さでゆがんだとも考えにくいことが分かりました。
つまり頭が平らになったのは、赤ちゃんの頃だったと考えられるのです。
次に確かめたのは、わざと頭の形を変える風習の可能性です。
世界には、赤ちゃんの頭をしばって、とがった細長い形や前後に平たい形に整える文化があります。
しかしこうした風習は、骨に小さなくぼみや後頭部のへこみといった跡を残すことがあります。
今回の頭蓋骨にはそうした跡がなく、鉄器時代のイタリアで頭をしばる風習が行われた記録もありませんでした。
さらにCTによって、頭蓋骨のつなぎ目が早くくっついてしまう、まれな生まれつきの病気(頭蓋縫合早期癒合症)の可能性も否定されました。
こうして最後に残った最も有力な答えが、絶壁頭(変形性斜頭症)だったのです。
首の骨に残る手がかりと「現代だけではない」絶壁頭

この見立てを後押しする手がかりもありました。
7人には、首の骨や鎖骨のかたよりなど、生まれつき首がかたむく「先天性筋性斜頸」と合う可能性のある特徴が見られたのです。
この状態は、医療の現場で絶壁頭と関連があることが知られています。
またCTでは、いくつかの例で頭蓋骨の底のほうまで平らになり、同じ側の耳の後ろの骨が前にずれている様子も見えてきました。
頭を真上から撮った画像で測るやり方では、こうした変形を小さく見積もってしまうおそれがあるそうです。
チームは、このパターンは赤ちゃんの頭が長いあいだあまり動かない状態にあったことと合っている、と結論づけています。
そしてそれは、赤ちゃんの世話のしかたと結びついていた可能性があるといいます。
今回の例は、イタリアで知られている中で最も古い絶壁頭の例となります。
ベック・デ・ロット氏は「古代の人に見られるということは、これが現代だけの状態ではないことを示しています」と述べています。
さらに「心配なことというより、古代の人々を骨から調べる研究にとって特に興味深いものだと思います」とも語っています。
ただし、調べた人数が少ないことや、手がかりとなる骨の特徴が保存状態に左右されることなど、研究には限界もあります。
赤ちゃんの世話のしかたも、骨から間接的に推し量ったものです。
マテリカで絶壁頭が多かったのはこの土地だけのことなのか、それともイタリア中部の鉄器時代に広く見られたのかは、今後ほかの遺跡と比べて確かめる必要があります。
それでも今回の発見は、絶壁頭が「仰向け寝の時代」だけの悩みではなく、やわらかい頭で生まれる人間の赤ちゃんが、はるか昔から抱えてきたものかもしれないことを教えてくれます。
赤ちゃんの後頭部の小さな平らな部分は、長く続いてきた子育ての歴史を、ひっそりと映しているのかもしれません。
参考文献
Iron Age skulls reveal some babies had flat head syndrome—long before the 'Back to Sleep' campaign (Phys.org)
https://phys.org/news/2026-10-iron-age-skulls-reveal-babies.html
元論文
Before “Back to Sleep”: Deformational plagiocephaly and pediatric insights from Iron Age Italy
https://doi.org/10.1016/j.ijpp.2026.07.001
ライター
山下 浩介: むずかしい研究を、なるべく分かりやすく伝えたい。専門の言葉はふだんの言葉に置きかえて、身近な例で例える。それで「わかった」「楽しかった」と言ってもらえたら嬉しいです。
好きなのは、通学路や台所や日常の中にある科学。眠っているあいだに記憶が整理される話や、虫の鳴き方に意味がある話のように、読み終わったあとに誰かへ話したくなる研究を探しています。
編集者
ナゾロジー 編集部
