冷蔵庫の奥を片づけていたら見覚えのない瓶が出てきて、中身を確かめる前にそっと元に戻してしまいました。
深い海の底には、金属を含んだ塊がたくさん広がる場所があります。
そのひとつ「クラリオン・クリッパートン断裂帯」は、世界最大の深海鉱物探査海域です。
この海底の泥には独特な微生物の群れが暮らしていますが、彼らに取りつくウイルスについては、ほとんど分かっていませんでした。
そこで研究チームは、この海域の海底からウイルスのゲノム(遺伝情報)を集め、大規模なカタログを作り上げました。
採掘候補の海の底には、いったいどんなウイルスが潜んでいたのでしょうか。
研究の詳細は、2026年9月29日付で学術誌『Nature Communications』に掲載されました。
目次
- 金属の塊が眠る海底と、知られざる微生物たち
- 採掘候補の海底のウイルス、既存のデータベースに載っていたのはどれだけ?
- なぜ採掘の前に「ウイルスの名簿」が必要なのか
金属の塊が眠る海底と、知られざる微生物たち

クラリオン・クリッパートン断裂帯の海底には、価値の高い鉱物を含む「多金属ノジュール」と呼ばれる塊が広がっています。
ノジュールとは、いくつもの金属を含んだ、こぶのような塊のことです。
こうしたノジュールが広がる海域の海底には、ほかの場所とは違う独特な微生物の群れが暮らしています。
主役となるのは、細胞の中に核を持たない小さな微生物、いわゆる「原核生物」です。
そして、その原核生物たちを左右する存在が、彼らに取りつくウイルスです。
ところが、この海底でどんなウイルスが暮らしているのかは、これまでほとんど分かっていませんでした。
金属の塊に恵まれた深海の生態系で、ウイルスがどんな役割を担っているのかも、はっきりしていなかったのです。
将来、採掘による環境への影響を評価しようにも、もとの姿が分からなければ比べる物差しがありません。
そこで研究チームは、この海域の海底からウイルスのゲノムを集めたデータセットを作り、その多様さと生態系での働きを調べました。
解析では、ウイルスどうしが共通して持つタンパク質を手がかりにつないだ網の目(ネットワーク)と、進化の系図をたどる系統解析を組み合わせています。
さらに、それぞれのウイルスがどの微生物に感染するのかを推定し、ウイルスと微生物の間で遺伝子がやり取りされた跡も調べました。
こうして浮かび上がってきた海底のウイルスは、どんな顔ぶれだったのでしょうか。
採掘候補の海底のウイルス、既存のデータベースに載っていたのはどれだけ?

解析の結果、この海底には非常に多様なウイルスがひしめいていることが分かりました。
似たウイルスどうしをまとめたグループ(ウイルスクラスター)で数えると、その99%以上が、現在の参照データベースに登録されていないものだったのです。
たとえるなら、100の顔ぶれを図鑑で引いても、載っているのは1つにも満たないという状況です。
深海の泥の中には、これまでの記録にほとんど無いウイルスの世界が広がっていたと言えるでしょう。
では、これほど見知らぬウイルスたちは、海底で何をしているのでしょうか。
研究チームがウイルスと宿主(ウイルスが取りつく相手の生物)の組み合わせを推定したところ、ウイルスの感染先は幅広い系統の原核生物に及んでいると考えられました。
その中には、炭素、窒素、リン、硫黄、そして金属の循環に関わる微生物が含まれていると見られます。
つまりウイルスは、海底で物質の巡りを担う微生物たちに取りついている可能性があるのです。
さらにウイルスたちは、「補助代謝遺伝子」と呼ばれる遺伝子も持っていました。
補助代謝遺伝子とは、宿主となる微生物の代謝、つまり栄養やエネルギーのやりくりに関わる遺伝子のことです。
研究チームは、ウイルスが重要な働きを持つ微生物に感染し、こうした遺伝子を備えていることで、感染中の宿主の代謝や生き残りを調整している可能性があると考えています。
その影響は、ノジュールが広がる海底の堆積物で起きる元素の循環にまで関わってくるかもしれません。
加えて、遺伝子のやり取りを調べた解析からは、ウイルスが宿主の微生物を金属によるストレスに適応させる手助けをしている可能性も示されました。
金属の多い海底で微生物が暮らしていけるのは、ウイルスとのやり取りも一因なのかもしれません。
なぜ採掘の前に「ウイルスの名簿」が必要なのか

採掘の前に「ウイルスの名簿」が必要なのは、採掘が環境に与える影響を評価するときに、比べるための物差しになるからです。
今回の成果は、この海域のウイルスについて初めての大規模なカタログです。研究チームはこれを、採掘が始まる前の微生物の生態系を記録した、重要な「基準線(ベースライン)」と位置づけています。
ウイルスは、物質の巡りを担う微生物に取りつき、その代謝や生き残りを左右している可能性がある存在です。だからこそ、採掘前の顔ぶれを記録しておけば、将来の影響評価で比べる出発点になるというわけです。
もっとも、今回示されたウイルスの働きの多くは、遺伝子の解析から推定された「可能性」の段階です。
ウイルスが実際に海底の元素の循環をどれだけ動かしているのかは、これからの研究で確かめていく必要があります。
深海の海底で見逃せないのは、金属の塊だけではありません。その下の泥で、参照データベースにほとんど載っていないウイルスたちが、取りつく相手の微生物とともに営む暮らしも、同じくらい大切な「宝」なのかもしれません。
参考文献
Viral diversity and ecological functions in the world’s largest deep-sea mineral exploration region (Nature Communications)
https://doi.org/10.1038/s41467-026-78161-0
元論文
Viral diversity and ecological functions in the world’s largest deep-sea mineral exploration region
https://doi.org/10.1038/s41467-026-78161-0
ライター
天道銀河: 科学、歴史、心理、宇宙、生き物、テクノロジーなど、気になるものにはジャンルを問わず首を突っ込む雑食系ライターです。ひとつの分野を深く極めるというより、さまざまな知識を広く集め、意外なつながりを見つけるのが好きです。専門家ほど深くはなくても、好奇心の広さなら負けません。「こんな世界もあるのか」と思えるような、面白くてわかりやすい話題を届けていきます。
編集者
ナゾロジー 編集部
