床屋の前で信号待ちをしていると、くるくる回るしま模様の看板を、ついぼんやり目で追ってしまうことがあります。
チョウの羽は、あざやかな色やくっきりした模様のおかげで、空を飛んでいてもとてもよく目立ちます。
ところが、飛んでいるチョウを空中でうまく捕まえられる天敵は、ごくわずかしかいないといいます。
「目立つのに捕まらない」というこのちぐはぐさは、チョウをめぐる長年の謎でした。
英エクセター大学(University of Exeter)などの研究チームは、この謎を解く手がかりとして、チョウの羽と床屋のサインポールの意外な共通点に注目しました。
では、チョウの羽はいったいどうやって天敵の目をかわしているのでしょうか。
研究の詳細は、2026年9月30日付で学術誌『Nature』に掲載されました。
目次
- 派手な羽なのに捕まらない、チョウのちぐはぐさ
- 「鳥の目」で見たチョウの羽に、何が起きていたのか?
- コンピューターの中で「進化」させた羽は、どんな模様になったのか
派手な羽なのに捕まらない、チョウのちぐはぐさ

チョウの羽の模様が何のためにあるのかについては、これまで異性へのアピールや体温の調節、身を隠すためなど、さまざまな説が議論されてきました。
一方、チョウより地味な色のガは、鳥やコウモリ、ネズミなど、たくさんの天敵に狩られています。
しかもヨーロッパのチョウには、毒があったりまずかったりする種がほとんどいないと、共著者のジョージ・ハンコック氏は述べています。
そこでチームが疑ったのが、「モーション・ダズル」(動く体の模様が、相手に速さや向きを見誤らせる目くらまし)と呼ばれる仕組みでした。
シマウマやヘビのしま模様も天敵の目に映る動きを狂わせると昔から考えられてきましたが、それを裏づける証拠はほとんど得られていませんでした。
ここでヒントになるのが、床屋の店先で回るサインポールです。
サインポールはその場で回っているだけなのに、人の目にはしま模様が上へ上へと昇っていくように見えます。
これは、人の目が動きを読み取るときのくせから生まれる、よく知られた目の錯覚です。
チームはまず、飛び立つ本物のチョウを、1秒間に1000コマを超える高速カメラで撮影しました。
そしてその映像を、小さな鳥の見え方をまねたコンピューターのモデルに通し、天敵の目にはチョウがどう映るのかを調べたのです。
「鳥の目」で見たチョウの羽に、何が起きていたのか?

共著者のジョリオン・トロシアンコ氏が最初のスロー映像をモデルに通すと、チョウは上へ飛んでいるのに、羽には下向きの動きが強く光って表れていました。
同氏は、最初はプログラムのミスで上下が入れ替わったのではないかと疑って確かめたものの、やがてこれが襲ってくる天敵を混乱させる完璧な方法になると気づいたと語っています。
つまり鳥の目をまねたモデルの中で、床屋のサインポールとよく似た錯覚が、チョウの羽に起きていたのです。
カギを握るのは、チョウの羽ばたき方です。
チョウの羽は飛ぶときに形を変え、打ち上げるときには左右の羽がぴたりと合わさり、打ち下ろすときにははがれるように離れます。
そのため羽ばたくたびに、しま模様の角度がずれて、あちこちの向きを指すようになります。
ここに先の読めない飛び方が加わることで、うその動きの手がかりが強まり、チョウが本当に進む向きは隠されてしまうとチームは説明しています。
ハンコック氏によると、この錯覚は、天敵が獲物をつかもうと最後の一撃に踏み切る数十ミリ秒(1ミリ秒は1000分の1秒)の間の狙いを狂わせるといいます。
その瞬間にはもう進路を変える余裕がないため、鳥などの天敵はただ空振りしてしまうことが多いと、同氏は話しています。
トロシアンコ氏によると、この錯覚によって、天敵が狙いを完全に外したり、後ろの羽や尾のように、つかまれても致命傷になりにくい部分をつかんだりすることにもつながるといいます。
チームは、この錯覚がほかのチョウにも広く見られるのかも調べました。
ヨーロッパにすむおよそ400種のチョウを再現したシミュレーションでは、動きの錯覚を生む模様が広く見つかりました。
種どうしの血縁の近さ・遠さを考えに入れた分析でも、この作戦が進化の中で広く使われてきたことが示されました。
さらに100人のボランティアに「天敵」役になってもらい、タッチスクリーンの上を飛ぶ仮想のチョウを捕まえてもらう実験も行われました。
その結果、コンピューターのモデルが出した予想は、人の「狩り」でも裏づけられました。
チョウの進む向きに沿ったずれで比べると、錯覚が最も強いチョウと最も弱いチョウとでは、人がねらった位置の中心が、チョウの平均的な体長のおよそ38%ぶん違っていたのです。
コンピューターの中で「進化」させた羽は、どんな模様になったのか

またチームは、でたらめな模様から出発して、5万通りを超える羽の模様をコンピューターの中で「進化」させました。
動いているときに最も混乱を生む模様を選び続けたところ、できあがった模様は、自然のチョウの羽と驚くほどよく似たものになりました。
このことから、目の錯覚はチョウの羽の進化を形づくってきた大きな力の一つである可能性があります。
錯覚を強める模様は1通りではなく、前の羽のくっきりした縦じま、1本の縦の帯、羽のふちの中で色がはっきり分かれる模様など、いくつもの道があることも分かりました。
一方、真っ白な羽は、前へ進む動きの信号を最も強く出します。人は白のようにくっきりした物の速さを実際より速く見積もりやすいため、これも見誤りにつながりえます。
こうした働きは、異性へのアピールや体温の調節といった模様のほかの役目とぶつかるものではなく、むしろ補い合っている可能性があるといいます。
ただしチームは、今後は羽の裏側の模様や、もっと多様な飛び方、見る角度や距離、背景の違いまで考えに入れる必要があるとしています。
それでも、こうした条件を加えても全体の結論は変わらず、細かな違いが見えてくるだけだろうとチームは考えています。
なお今回、「天敵」の役を務めたのは、鳥の目をまねたモデルと人だったという点も頭に入れておく必要があります。
トロシアンコ氏は、動きで相手を惑わせる仕組みは、鳥の羽ばたく翼やトカゲや魚の尾の動きなど、自然界にこれまで考えられていた以上に広くあるだろうと話しています。
チームは、この知見が、ロボット工学で使う、生き物にならった動きの検出技術の改良などに役立つ可能性も挙げています。
止まっているときには身を隠せる模様も、動き出せば見つかってしまいます。
目立つ羽を広げて飛ぶチョウは、隠れるのではなく「見せて惑わせる」という、空中でのまったく別の守り方を身につけたのかもしれません。
以前ナゾロジーではこういう記事も紹介しています(「透明な羽をもつチョウチョ」ガラスのような羽の作り方が明らかに)
ふらふらと頼りなく見えるあの飛び方こそが、長い進化の中で磨かれた守りの作戦の一部だったと考えると、チョウの見え方も少し変わってきます。
参考文献
What butterfly wings have in common with barbershop poles (Ars Technica)
https://arstechnica.com/science/2026/09/what-butterfly-wings-have-in-common-with-barbershop-poles/
Popular Science (Popular Science)
https://www.popsci.com/environment/butterfly-wings-optical-illusions/
元論文
Butterfly wing patterns in flight create powerful illusory motion cues
https://doi.org/10.1038/s41586-026-11062-w
ライター
山下 浩介: むずかしい研究を、なるべく分かりやすく伝えたい。専門の言葉はふだんの言葉に置きかえて、身近な例で例える。それで「わかった」「楽しかった」と言ってもらえたら嬉しいです。
好きなのは、通学路や台所や日常の中にある科学。眠っているあいだに記憶が整理される話や、虫の鳴き方に意味がある話のように、読み終わったあとに誰かへ話したくなる研究を探しています。
編集者
ナゾロジー 編集部
