病院で薬をもらうとき、同じ病名なら隣の人と同じ薬が出てくるものだと、なんとなく思っています。
ところが今、患者一人ひとりのがんに合わせて設計する「個別がんワクチン」の研究が進んでいます。
そして今回、腎臓がんの手術を終えた再発リスクの高い患者9人に、この個別ワクチンを打つ初期段階の臨床試験の結果が報告されました。
手術のあと、9人の体には何が起きたのでしょうか。
研究内容の詳細は2025年2月5日に『Nature』にて発表されました。
目次
- がんごとに違う「目印」を狙うワクチン
- ワクチンを打った9人に何が起きたのか?
- 「9人全員」の結果をどう受け止めるべきか
がんごとに違う「目印」を狙うワクチン

がん細胞の遺伝子には、正常な細胞には無い変異が入っています。
この変異から生まれる、がん細胞だけが持つ目印は「ネオアンチゲン(新生抗原)」と呼ばれます。
変異の中身は患者ごとに違うため、この目印も一人ひとり異なります。
そこで患者のがんを調べて目印を予測し、それを狙うように免疫を訓練するのが「個別がんワクチン」です。
これまでの研究で、このワクチンが血液中に目印への免疫反応を生み出せることは分かっていました。
しかし、その反応ががんを後押しする重要な変異(ドライバー変異)まで狙えるのか、患者自身のがんを見分けられるのか、そして実際に病気を抑える力があるのかは、ほとんど分かっていません。
とくに腎臓がんは遺伝子の変異が少ないタイプのがんで、こうしたがんでもワクチンが働くのかは気になるところでした。
腎臓がんでは過去にもワクチンが試されましたが、がん細胞をまるごと使うものは試験の設計に疑問が出て開発が打ち切られ、がんに多い分子を狙うものも手術後には目立った効果を示せませんでした。
そこで研究チームは、第1相試験(少人数で安全性などを確かめる最初の段階の臨床試験)を行いました。対象は、ステージ3〜4の淡明細胞型腎細胞がん(腎臓がんで最も多いタイプ)を手術で取り切った、再発リスクの高い患者9人です。この9人に、それぞれのがんの目印を狙う個別ワクチンを打ちました。
一部の患者には、CTLA4(免疫にブレーキをかける分子)の働きを抑える薬「イピリムマブ」をワクチンのそばに注射する組み合わせも試しています。
ワクチンを打った9人に何が起きたのか?

では、ワクチンを打った9人のその後はどうだったのでしょうか?
手術からの追跡期間の中央値が40.2カ月(ワクチン開始からは34.7カ月)の時点で、9人のうち腎臓がんが再発した人は1人もいませんでした。
中央値とは、9人の追跡期間を短い順に並べたときに真ん中にくる値で、40.2カ月はおよそ3年4カ月にあたります。
また、投与量を制限しなければならないほどの副作用(用量制限毒性)も見られませんでした。
研究チームが調べたのは、再発の有無だけではありません。
9人全員で、ワクチンに入れた目印にT細胞(免疫細胞の一種)が反応するようになっていたのです。
その中には、VHL、PBRM1、BAP1、KDM5C、PIK3CA(いずれも遺伝子の名前)といった、腎臓がんのドライバー変異に由来する目印への反応も含まれていました。
さらに接種後は血液中で特定のT細胞の集団が増え、その状態は最後の接種から何年もたっても続いていました。
反応の中心になっていたのは、他の免疫細胞を助ける役割を持つ「CD4陽性T細胞」でした。
研究チームは、CD4陽性T細胞が、がん細胞を攻撃するCD8陽性T細胞を後押ししたり、自らがんに働きかけたりすることで、がんへの免疫に重要な役割を果たしている可能性があると考えています。
そして注目されるのが、9人中7人で、T細胞が患者自身の腫瘍の細胞に反応したことです。
つまりこのワクチンは、予測した目印に反応するだけでなく、本物のがん細胞を見分ける免疫を引き出した可能性があるのです。
研究チームは、変異の少ない腎臓がんでも全員分のワクチンを作れたうえ、主要なドライバー変異を狙ってがんへの免疫を引き出せることが示されたと述べています。
研究チームはまた、手術でがんを取り切り、目に見えないほど小さながんしか残っていない時期こそ、このワクチンを使うのに理想的な場面だと考えています。
がんが大きく広がった状態では、これまで個別ワクチンの効果は控えめにとどまってきたからです。
敵の数が少ないうちなら、訓練された免疫が残ったがんを片づけられるかもしれない、というわけです。
「9人全員」の結果をどう受け止めるべきか

ただし、この結果には慎重に向き合う必要があります。
今回は初期段階の第1相試験で、参加者はわずか9人でした。
しかも9人は全員がワクチンを打った人たちで、再発がなかったことをワクチンの効果だと言い切ることはまだできません。
研究チーム自身も、効果を確かめるにはより大規模な試験が必要だとしています。
イピリムマブを組み合わせても問題なく使えましたが、接種直後の血液中の免疫反応の大きさや性質は、大きくは変わらなかったようです。
ただし今回の投与量は通常の使い方よりかなり少なかったため、量を増やせば違う結果になる可能性もあると研究チームは述べています。
さらに接種後には、血管の新生にかかわる因子や、免疫を抑える方向に働く分子が血液中で増えていることも分かりました。
これは免疫が活性化したときに体がかけ直すブレーキのような反応とみられ、この仕組みを抑える治療と組み合わせれば、ワクチンの効き目を高められるかもしれません。
腎臓がんの手術後の免疫療法としてすでに承認されているPD-1阻害薬(免疫のブレーキを外す薬)も、組み合わせの自然な候補に挙げられています。
ワクチンといえば感染症を防ぐもの、というイメージがありますが、自分のがんの目印を免疫に覚えさせるワクチンは、手術のあとに潜むかもしれない小さな敵に備える新しい手段になるかもしれません。
この9人で見えた手応えが、より大きな試験でも確かめられるのか、続報が待たれます。
参考文献
A neoantigen vaccine generates antitumour immunity in renal cell carcinoma (Nature)
https://doi.org/10.1038/s41586-024-08507-5
元論文
A neoantigen vaccine generates antitumour immunity in renal cell carcinoma
https://doi.org/10.1038/s41586-024-08507-5
ライター
天道銀河: 科学、歴史、心理、宇宙、生き物、テクノロジーなど、気になるものにはジャンルを問わず首を突っ込む雑食系ライターです。ひとつの分野を深く極めるというより、さまざまな知識を広く集め、意外なつながりを見つけるのが好きです。専門家ほど深くはなくても、好奇心の広さなら負けません。「こんな世界もあるのか」と思えるような、面白くてわかりやすい話題を届けていきます。
編集者
ナゾロジー 編集部
