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女性の胸のふくらみは、赤ちゃんを温めるために進化したのかもしれない


フィンランドのオウル大学などで行われた研究によって、授乳期間の女性の乳房は部屋が冷えても温度を保つ力「冷却耐性」が強いことが明らかになりました。


研究では部屋の温度を32℃から27℃へ5℃下げても、授乳中の女性の胸は平均で0.1℃しか下がらないことが示されており、さらに低い18℃でもその力は発揮されていました。


研究者たちは授乳期間の女性の乳房がこのような「冷却耐性」を持つのは赤ちゃんを冷たさから守るためだと考えています。


保温機能を発揮しているのは、乳房のどの部分なのでしょうか?


研究内容の詳細は『Evolutionary Human Sciences』にて発表されました。




目次



  • 母乳を出すのに、胸の大きさは要らない
  • 授乳中の女性の胸は気温が下がっても温かい
  • 胸のふくらみは熱を渡す場所でもあった

母乳を出すのに、胸の大きさは要らない


母乳を出すのに、胸の大きさは要らない
母乳を出すのに、胸の大きさは要らない / Credit:Canva

女性の胸がなぜふくらんでいるのか。


この問いに、多くの人が最初に思い浮かべる答えは母乳でしょう。


ところが、母乳を作るのに胸の大きさは必要ありません。


母乳を作っているのは、胸の中にある専用の組織(乳腺)です。


外から見えるふくらみの大きさを決めているのは、その乳腺のまわりにたまった皮下脂肪であって、乳腺の量ではありません。


母乳を出す仕組みと、胸がふくらんでいることは、別々の話なのです。


時間の流れで見ると、奇妙さがはっきりします。


胸がふくらみ始めるのは思春期。


最初の妊娠は、多くの場合その何年もあとです。


そして授乳が終わっても、ふくらみは消えません。


授乳とは関係のない時期に、母乳を作らない組織が増え、そのまま居座り続けるのです。


チンパンジーやゴリラといった大型類人猿でも胸が目立つことはありますが、それは授乳の初期に限られ、乳腺が活発に働くことで起きる一時的な変化です。


お乳を出さない時期までふくらんだ胸を保ち続けるのは、霊長類の中で人間の女性だけなのです。


おまけに、このふくらみには代償があります。


胸が大きいほど背中の痛みなどの不調が起きやすいことが知られており、体の設計としては明らかに不利です。


損のほうが大きい特徴は、ふつう進化のなかで削られていきます。


ところが人間の乳房は、不利益がはっきりしているのに残り続けています。


この謎には、これまで主に2つの説明が語られてきました。


1つは、ふくらんだ胸が健康さや子どもを産む力を異性に示すサインとして発達したという考えです。


ただ、胸をとくに性的なものとして扱わない文化も各地にあり、世界中どこでも通じる説明にはなっていません。


もう1つは、人類の進化の途中で皮下脂肪が増えた副産物としてまず胸がふくらみ、あとから異性へのアピールとして磨かれたという考えです。


どちらも、胸のふくらみを赤ちゃんの保温に結びつける説明ではありませんでした。


しかし胸には、もう1つの役目がありえます。


オウル大学のティーナ・クヴァヤ氏らの研究チームが目を向けたのは、生まれたばかりの赤ちゃんの「寒さ」でした。


人間の赤ちゃんは、とても冷えやすい生き物です。


人類はおよそ200万年前、体を覆っていた毛の大部分を失ったと考えられています。


その一方で脳は大きくなり、人間の赤ちゃんは生後18カ月のあいだに、チンパンジーの赤ちゃんより8.7%多いエネルギーを必要とすると見積もられています。


その上乗せ分は、大きくなった脳を育てることと、大きな頭から逃げていく熱を補うためだと考えられています。


毛皮を持たず、未熟なまま生まれ、頭から熱を失っていく人間の赤ちゃんにとって、それは大きな問題でした。。


特に火も衣服もなかった時代では、赤ちゃんにとっていちばん確実な熱源は母親の体でした。


熱が移るのは肌と肌が触れ合っている部分なので、触れる面が広いほど多くの熱が渡ります。


柔らかくふくらんだ胸は、赤ちゃんの体の丸みに合わせて沿うことで、平らな胸板の何倍もの接触面を得ることができ、冷たい空気にさらされる赤ちゃんの肌も減ります。


研究チームは、この赤ちゃんのための保温が人間の胸がふくらんでいる理由ではないかと考えました。


ただし、広く触れられることと、その面が温かいこととは別の話です。


どれだけ面積があっても、触れた先が冷たければ赤ちゃんは温まりません。


確かめるべきだったのは、胸そのものがどれだけの熱を持ち、寒さのなかでどれだけ保てるのかでした。


授乳中の女性の胸は気温が下がっても温かい


授乳中の女性の胸は気温が下がっても温かい
授乳中の女性の胸は気温が下がっても温かい / Credit:Canva

乳房は、赤ちゃんを温められるほど温かいのか?


答えを得るため研究チームは、温度や湿度を細かく設定できる実験室(気候チャンバー)に協力者を招きました。


集まったのは20〜40歳の27人で、内訳は授乳中の女性8人、授乳していない女性12人、男性7人です。


ただ赤ちゃんは実験に登場せず、大人の胸の温度だけが測定対象となりました。


参加者は上半身を出した状態で、32℃、27℃、18℃の部屋にそれぞれ20分ずつ入り、その間の胸の表面温度を、熱を色で映し出すカメラ(サーモグラフィー)で記録しました。


すると、まず一番温かい32℃の部屋では、授乳中の女性の胸が35.4℃、授乳していない女性が35.1℃、男性が34.2℃となり差はわずかでした。


しかし部屋を冷やすと、差がはっきりとしてきました。


27℃まで下げると、授乳していない女性と男性の胸は、32℃のときより1.5℃ほど低い値になりました。


ところが授乳中の女性の胸は、32℃のときから平均でわずか0.1℃しか下がっていません。


部屋の空気が5℃冷えても、そこだけがほとんど動かなかったのです。


18℃まで下げると、差はさらにはっきりしました。


32℃のときからの下がり方は、授乳していない女性で4.7℃、男性で4.3℃でしたが、授乳中の女性は2.5℃しか下がりませんでした。


そして20分が終わった時点では、授乳中の胸はまだ33℃近くを保っていたのに対し、ほかの2グループの胸は30℃前後まで冷えていました。


授乳中の女性の胸は、3つの温度のどれでも、ほかの2グループより温かいままでした。


またこの調査によって、保温が脂肪のお陰でないこともわかりました。


授乳していない女性の胸は、胸に脂肪の少ない男性の胸とほとんど同じように冷えていたからです。


統計的に見ても、この2グループの冷え方に差は見られず、授乳中の女性だけが両方から明確に離れていました。


研究者たちは、この冷えにくさを生んでいるのは脂肪の断熱ではなく、妊娠・出産・授乳にともなって活発になった乳腺と、胸まわりの血管の働きだと考えています。


胸のふくらみは熱を渡す場所でもあった


胸のふくらみは熱を渡す場所でもあった
胸のふくらみは熱を渡す場所でもあった / Credit:Canva

授乳とは、母乳を渡す行為だと考えられてきました。


今回の結果が示しているのは、そこに熱の受け渡しが重なっていた可能性です。


肌と肌を合わせたとき、母親の皮膚の温度が赤ちゃんの体温を安定させる重要な要素になることは、以前から知られていました。


赤ちゃんを母親の胸に抱いて温めるケア(カンガルーケア)の場面では、赤ちゃんの必要に応じて乳房の温度が調節されることを示した報告もあります。


新生児が体温を失うことは、設備の整った現代の病院でさえ深刻なリスクであり、火も服もなかった時代、赤ちゃんにとって最も確かな熱源は、母親の体温だったのでしょう。


そして今回の研究では、その胸がどれだけの熱を持ち、寒さのなかでどれだけ保てるのかを、数字にしたことになります。


似た現象は、ヒト以外の霊長類でも見つかっています。


野生のベルベットモンキーを調べた2024年の研究では、授乳中のメスの体温が授乳していないメスより高いことが報告されており、論文はこの違いにも赤ちゃんの体温維持が関わっている可能性をみています。


授乳中の体が熱を持つこと自体は、ヒトだけの特徴ではないようです。


ヒトに固有なのは、その熱を渡す面が大人になってもふくらんだままで、赤ちゃんを広く包める形をしていることでした。


この結果は、これまでの説明を追い出すものではありません。


論文は、乳房がまず皮下脂肪の増加という別の変化の副産物として現れ、のちに性的選択によって発達したという見方と、今回の結果は矛盾しないとしています。


胸がふくらみ始めるのは思春期、最初の妊娠よりずっと前です。


その時期の脂肪は、エネルギーの貯えという別の役割を持っているのかもしれない、と論文は述べています。


そのうえで研究チームは、脂肪は赤ちゃんと触れ合う面積を大きくする役目を担い、冷えにくさそのものは乳腺の活動が生んでいる、と結論づけました。


もっとも、参加者は27人、そのうち授乳中の女性は8人です。


測ったのも成人の乳房の表面温度であって、赤ちゃんの体温ではありません。


それでも論文は、この研究が仮説の成り立ちうることをはっきり示したと述べています。


研究チームは次に、人数を増やし、別の温度でも同じことが起きるかを確かめる必要があるとしています。


さらに、授乳中と授乳していないメスのチンパンジーで胸の温度を比べれば、ふくらんだままの胸の起源に迫れると提案しています。


お乳を与える場所は、赤ちゃんに温もりを渡す場所でもあったのかもしれません。


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元論文

Infant’s thermal balance and the evolution of the human breast – a proof-of-concept study
https://doi.org/10.1017/ehs.2025.10024

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。
大学で研究生活を送ること10年と少し。
小説家としての活動履歴あり。
専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。
日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。
夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

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