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「ご当地ソング」を歌うザトウクジラ、遺伝子も別物だった


引っ越した先の夏祭りで、町の誰もが踊れる盆踊りの曲に、ひとりだけついていけずに立ち尽くした人もいるでしょう。


実は海の中にも、そんな「ご当地ソング」を持つクジラたちがいます。


アラビア海に暮らすザトウクジラは、ほかの海では聞かれない独自の歌を歌い、ほかの集団が行う季節ごとの長い旅もしません。


では、このクジラたちは、ほかのザトウクジラとどれほど違う存在なのでしょうか。


野生生物保全協会(WCS)などの研究チームは、オマーンで集めたクジラの遺伝子を世界のザトウクジラと比べ、その答えに迫りました。


研究内容の詳細は2026年8月10日に『Frontiers in Marine Science』にて発表されました。




目次



  • 3つの亜種の解析に含まれていなかった「変わり者」のクジラ
  • 遺伝子が語ったアラビア海のクジラの正体とは?

3つの亜種の解析に含まれていなかった「変わり者」のクジラ


3つの亜種の解析に含まれていなかった「変わり者」のクジラ
3つの亜種の解析に含まれていなかった「変わり者」のクジラ / ※画像はイメージです。Credit: Generated by Codex (gpt-image), ナゾロジー編集部

ザトウクジラは、これまでの遺伝子の研究から、3つの亜種(同じ種の中を、さらに細かく分けたグループ)に分けられてきました。


北大西洋のグループ、南半球のグループ、北太平洋のグループの3つです。


ところが、この仲間分けのもとになった解析には、アラビア海のザトウクジラの試料が含まれていませんでした。


アラビア海のザトウクジラは、一部では「世界で最も変わったザトウクジラの集団」とも見なされています。


以前ナゾロジーではこういう記事も紹介しています(現存する「最古のザトウクジラの声」の音源を発見)


ほかの集団が季節に合わせて南北へ大移動するのに対し、この集団は一年じゅう熱帯や亜熱帯の海にとどまって暮らしているのです。


さらに、アラビア海でしか聞かれない歌を歌うことでも知られています。


歴史の記録や行動の観察、過去の遺伝子の研究からも、この集団はほかから離れて同じ海に住み続ける、独立したグループだとみられていました。


そこで研究チームは、オマーンで集めた試料を、すでに認められている3つの亜種と比べることにしました。


比べたデータは、世界の海のザトウクジラと合わせて2285頭分にのぼります。


以前ナゾロジーではこういう記事も紹介しています(太平洋を横断して広まるザトウクジラたちの大ヒットソングを発見!)


あわせて、イラクの標本も、体の形と遺伝子の両方から調べ直しました。この標本は、「メガプテラ・インディカ」という学名(生き物の世界共通の名前)のよりどころになっているものです。


遺伝子が語ったアラビア海のクジラの正体とは?


遺伝子が語ったアラビア海のクジラの正体とは?
遺伝子が語ったアラビア海のクジラの正体とは? / ※画像はイメージです。Credit: Generated by Codex (gpt-image), ナゾロジー編集部

では、アラビア海のザトウクジラは、ほかの亜種とどれほど違っていたのでしょうか。


解析の結果、アラビア海のクジラとほかの3つの亜種とのあいだには、はっきりとした遺伝的な違いがあることが分かりました。


遺伝的な違いの大きさを表す2種類の指標のどちらでも、ほかの亜種との差が数値に表れていたのです。


また、イラクの標本はザトウクジラのものであり、いまアラビア海にいるクジラと近い間柄だと確かめられました。


これまでにも、繁殖や行動の面でほかの集団から切り離されていることを示す証拠がありました。それと合わせると、今回の遺伝子のデータは、アラビア海のザトウクジラを4つ目の亜種として認めることを支持しています。


その名前は、イラクの標本にちなんで「Megaptera novaeangliae indica」となる見込みです。


ただし、海の哺乳類の新しい亜種を正式に認めるのは海洋哺乳類学会の分類委員会であり、今回の成果はその判断を後押しするものという位置づけです。


論文の筆頭著者であるリタ・アマラル博士は、アラビア海のザトウクジラは何万年ものあいだ独自の進化の道を歩んできたと述べています。


研究チームは、この遺伝的な違いが、およそ4万3000〜11万3000年のあいだに、地理や環境の条件と行動の変化が絡み合って生まれた可能性があると考えています。


一方で、この特別なクジラたちの行く末は明るいとは言えません。


数は少なく、ここ20年ほどで増えている様子も見られていないのです。


さらに、遺伝子の多様さ(同じ集団の中での遺伝子のバラエティ)が低く、ザトウクジラの中でも特に厳しい状況にある可能性が指摘されています。


漁の道具や船との衝突、騒音や化学物質による汚染といった人間活動の脅威に加え、気候に左右されるエサの量の問題もあります。


研究チームは、この海からザトウクジラが姿を消してしまうおそれがあるとして、周りの国々が協力して急いで守る必要があると訴えています。


以前ナゾロジーではこういう記事も紹介しています(ザトウクジラの母、死んだ子に数時間寄り添う姿を観察)


オマーン環境庁のアイダ・アル・ジャブリ氏も、国際捕鯨委員会を通じた地域の協力や、国際的な仕組みで大切な海域の保護を強める検討など、実際の保護へ動き始めていると語っています。


同じ「ザトウクジラ」という名前でくくられていても、その中には何万年もかけて別の道を歩んできたグループが隠れていました。


アラビア海に響く歌も、ただのご当地ソングではなく、長い独り立ちの歴史を持つ仲間たちの歌として聴いてみると、少し違って聞こえてきそうです。


盆踊りにどうしてもついていけない時は、自分は回遊しないタイプなのだと言い張って、会場の端で静かに歌っておくのが良さそうです。


全ての画像を見る

参考文献

One Of The World’s Most Unusual Humpback Whale Populations Sings A Song Unique To The Arabian Sea. Now, Scientists Are Saying It's A New Subspecies (IFLScience)
https://www.iflscience.com/one-of-the-worlds-most-unusual-humpback-whale-populations-sings-a-song-unique-to-the-arabian-sea-now-scientists-are-saying-its-a-new-subspecies-84792

元論文

A whale apart: further evidence for genetic isolation of Arabian Sea humpback whales from other recognised subspecies
https://doi.org/10.3389/fmars.2026.1735173

ライター

山下 浩介: むずかしい研究を、なるべく分かりやすく伝えたい。専門の言葉はふだんの言葉に置きかえて、身近な例で例える。それで「わかった」「楽しかった」と言ってもらえたら嬉しいです。
好きなのは、通学路や台所や日常の中にある科学。眠っているあいだに記憶が整理される話や、虫の鳴き方に意味がある話のように、読み終わったあとに誰かへ話したくなる研究を探しています。

編集者

ナゾロジー 編集部

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