アメリカのノースウェスタン大学(UN)の研究で、人は息を吸っているときよりも、吐いているときのほうが合図に速く反応できることが明らかになりました。
反応が最も遅かったのは、息を吸い込む勢いがピークに達するあたりで、最も速い瞬間との差は約41ミリ秒になったことも示されました。
100メートル走の一流選手どうしのスタート反応のばらつきは約30ミリ秒であることを考えると、数十ミリ秒の反応の遅れは無視できない差になります。
研究チームは、呼吸のリズムが、注意を保ち続ける場面で反応の速さに波が生まれる一因だと考えています。
研究内容の詳細は2026年9月28日に『iScience』にて発表されました。
目次
- 吸うときと吐くときで人間の反応速度は変るのか?
- 反応時間に41ミリ秒の差
- とっさに動くなら吐く息、思い出すなら吸う息?
吸うときと吐くときで人間の反応速度は変るのか?

信号が青に変わってからアクセルを踏むまでにも、ゲームで敵が飛び出してからボタンを押すまでにも、わずかな時間がかかります。
体調も練習量も変わっていないのに、反応の速さには波があります。
定番の説明は「集中力」です。
集中していれば速く、気が散っていれば遅れやすい、というわけです。
けれども反応の速さは、数十分や数時間だけでなく、数秒ほどの短い間にも変わります。
そんな短い周期で繰り返す体の働きとして、研究者が注目してきたのが呼吸です。
呼吸は、脳に酸素を届けるために欠かせません。
ただ、酸素が十分に届いているなら、吸っているか吐いているかまでは、頭の働きに関係なさそうに思えます。
しかしこの10年ほどで、その見方に合わない証拠が積み上がってきました。
実際、覚えたことを思い出す正確さや、顔に表れた感情を見分ける速さは、息を吸っているときのほうが良いと報告されてきました。
ところが、合図が来たら素早く反応するだけの単純な課題では、研究によって結果が食い違っていました。
1965年の報告では、音の合図に対する反応は、吐くときや、呼吸の合間の休止中のほうが速いとされました。
1974年の報告では逆に、その2つの段階では反応が遅いとされています。
1991年の報告では、自然に呼吸している場合、呼吸の段階による差はないという結果でした。
この問いは1928年にはもう論文になっていましたが、100年近くたっても答えはそろっていなかったのです。
特に画面の色が変わるような、目で捉える合図についても、呼吸のどの段階で速く反応できるかは、はっきりしていませんでした。
そこで研究チームは、吸う・吐く・その合間の休止という呼吸の段階ごとに、反応の速さを測ることにしました。
反応時間に41ミリ秒の差

呼吸の段階ごとに、反応の速さは本当に違うのでしょうか。
これを調べるため、研究チームは、18歳から33歳までの健康な成人35人に、鼻から出入りする空気の流れを測る装置をつけ、簡単な課題をしてもらいました。
課題は、画面の赤い四角が不意に黄色へ変わった瞬間に、できるだけ速くスペースキーを押すというものです。
研究チームが調べたのは、色が変わった瞬間の呼吸です。
そのときに息を吸っていたのか、吐いていたのか、呼吸の合間の休止中だったのかで、キーを押すまでの時間を比べました。
結果、今回の参加者では、一呼吸にかかる時間は平均でおよそ4秒であることがわかります。
具体的には、吸うのにおよそ1.4秒、吐くのにおよそ1.7秒かかっていました。
残りのおよそ1秒は、吸い終わりと吐き終わりに訪れる、空気の流れが止まる短い休止の合計です。
吸う・止まる・吐く・止まるという自然なリズムが、課題の間も続いていたのです。
次に合図が出たときの反応時間の平均を比べると、
息を吸っている最中はおよそ325ミリ秒
吐いている最中はおよそ313ミリ秒
呼吸の合間の休止中はおよそ303ミリ秒
となっていました。
吐いているときと休止中はほぼ統計的に差がなかったものの、どちらも吸っているときより速く反応できたわけです。
「 吐いている最中 ≒ 呼吸の合間の休止中 > 吸っている最中 」という並びです。
さらに一呼吸を20の区間に分けて細かくみると、いちばん反応が遅かったのは、息を吸い込む勢いがピークに達するあたりで、この区間と最も反応が速かった区間との差は約41ミリ秒となりました。

吸うときと吐くときの平均差が約12ミリ秒なのに対し、最も速い区間と遅い区間の差は、その3倍以上あったことになります。
研究では、35人のうち27人(4人に3人以上)で、吸うときより吐くときのほうが速く反応していました。
とっさに動くなら吐く息、思い出すなら吸う息?

息を吐いているときと、吸っているときでは、体の中で何が違うのでしょうか。
呼吸と体の反応の関係は、今回とは別の実験でも報告されています。
たとえば突然大きな音を聞いて驚いたとき、思わず目をつぶる反射は、息を吐いている最中のほうが大きく出ます。
本人の意思とは無関係に出る反射でさえ、息を吸うときと吐くときで強さが違うのです。
また、体の感覚や動きに関わる脳の領域(感覚運動野)の活動も、力を抜いて息を吐いているときに、呼吸のリズムと最もよくそろうと報告されています。
注意を保つ働きに関わる脳のネットワークにも、呼吸に合わせて活動が変わる領域があります。
ぼんやりしているときなどに働く「デフォルトモードネットワーク」や、課題に注意を向ける「前頭頭頂ネットワーク」が、その例です。
研究チームは、こうした脳の活動と呼吸の結びつきが、今回の反応時間の違いにも関わっているのではないかと考えています。
では、逆に吸う息が向いている仕事もあるのでしょうか。
これまでの研究では、「顔に表れた感情を見分ける」「覚えたことを思い出す」といった課題で、吸うときが有利だと報告されています。
どちらも、外から入ってきた情報を、頭の中にある記憶や知識と照らし合わせる作業です。
つまり、情報の意味を読み取る作業には吸う息、合図に素早く反応する作業には吐く息が有利なのかもしれません。
呼吸のどの段階が有利かは、取り組む課題によって変わる――研究チームはそう考えています。
論文は、こうした違いを利用して、必要な動きに呼吸のタイミングを合わせる可能性にも触れています。
スタートの合図を待つ短距離選手や水泳選手、単調な道を走るドライバーなどの反応にも、役立てられるかもしれません。
ただし今回の反応課題では、参加者に呼吸の仕方を指示しておらず、意識して息を長く吐けばその分だけ速くなるのかは、まだ確かめられていません。
また、呼吸の段階によって反応の速さが変わる仕組みも、まだわかっていません。
ただ心理学者のケン・パラー氏は、さまざまな脳波のリズムが呼吸とそろうという先行研究に注目しています。
そのうえで、脳の働きの効率が、反応の速さに関わっているのではないかと説明しています。
研究チームは今後、寝不足で反応が鈍るときにも、呼吸に伴う数十ミリ秒の違いは残るのでしょうかも確かめたいとしています。
「脳と身体のつながりを調べる研究はまだ新しい分野です。だからこそ、今回の研究結果はいっそう興味深いものになっています」と、筆頭著者のエリカ・M・ヤマザキ氏は述べています。
シビアなタイミングが求められるゲームで、成功したり外したりするとき、息を吸っていたのか吐いていたのかが裏で関わっているのかもしれません。
参考文献
Ready, set, exhale: Study links respiration and cognition Scientists discover response speed is measurably faster when exhaling than inhaling
https://news.northwestern.edu/stories/2026/09/ready-set-exhale-study-links-respiration-and-cognition?fj=1
元論文
Response speed is modulated by respiratory phase
https://doi.org/10.1016/j.isci.2026.117535
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。
大学で研究生活を送ること10年と少し。
小説家としての活動履歴あり。
専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。
日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。
夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部
