晴れた日にベランダへ干した洗濯物は、夕方にはすっかり乾いています。
私たちはこうした光景を「日の光で温められた水が蒸発したから」と、ごく当たり前のように受け止めています。
ところが近年、光は水を温めるだけでなく、熱とは別のやり方で水面から水を直接飛び出させているのではないか、という説が提唱されました。
もし本当なら、気候の仕組みや光を使った水の技術にも広く関わる、光と物質の新しい関係ということになります。
そこで今回、ある研究チームが、平らな純水の水面に光を当て、蒸発の速さと水面の分子の様子の両方を調べました。
光は本当に、熱とは別の力で水を空へ送り出していたのでしょうか。
研究内容の詳細は2026年9月14日に『Proceedings of the National Academy of Sciences』にて発表されました。
目次
- 光で水が「はじき出される」という仮説
- 青・緑・赤の光を浴びた水面は、どれだけ速く下がったのか?
- 100億倍の光でも、水面の分子は動じなかった
光で水が「はじき出される」という仮説

問題の説は「フォトモレキュラー(光分子)効果」とも呼ばれ、目に見える光(可視光)が水の蒸発を後押しするというものです。
考え方はこうです。
水面の水分子は、隣どうしが「水素結合」という弱い手でつながり合っています。
可視光がこのつながりをゆるめ、水分子のかたまりを空気中へはじき出すなら、水はふつうより速く減っていくはずです。
実際、先行研究では、今回と同じくらいの光を当てると蒸発が約12%速まり、さらに強い光では最大で約40%の変化が出たと報告されていました。
緑色の光(波長520nm付近)で効果が最も大きくなるという報告や、空気の湿り気が効果を左右するという見方もありました。
ただし、可視光で蒸発の増加などが観察された先行研究は、ハイドロゲルや穴だらけの素材、水滴といった複雑な形の水を使ったものでした。
以前ナゾロジーではこういう記事も紹介しています(「光」は熱がなくても水を蒸発させることができる)
こうした系では蒸発の量を熱の出入りなどから間接的に割り出す必要があり、熱や素材の形の影響が混ざりやすいという弱点があります。
そこで研究チームは平らな純水の水面を用意し、蒸発で水面が下がっていく様子を、共焦点変位センサーという精密な距離計でリアルタイムに追いかけました。
水面が下がった高さをそのまま蒸発の速さに換算するので、熱についての仮定に頼らずにすむのです。
さらに、水面に特化し、1ナノメートルに満たない深さの感度で水分子の振動を読み取る分光法も組み合わせ、つながりの強さや分子の向きの変化も見逃さない態勢を整えました。
青・緑・赤の光を浴びた水面は、どれだけ速く下がったのか?

研究チームは、純水に青(450nm)、緑(532nm)、赤(635nm)の3色のレーザー光を当てました。
光は水面に45度の角度で当てました。強さは1平方メートルあたり約1000ワットで、太陽光に匹敵し、先行研究ともそろえた条件です。
湿り気の影響も確かめるため、湿度0.1%未満のカラカラに乾かした空気と、湿度27〜36%ほどのふつうの室内の空気の2通りで測りました。
1回の測定は「消灯30分→点灯30分→消灯30分」の3区切りで、光を当てている間だけ蒸発の速さが変わるかどうかを見比べます。
その結果、光を当てても、水面が下がるペースはほとんど変わりませんでした。
乾いた空気では、点灯中の蒸発の速さの変化は−1.8〜−0.8%にとどまりました。
室内の空気でも変化は−0.1〜0.7%で、光の色による決まった違いも見られませんでした。
先行研究で効果が最大とされた緑色の光でも、蒸発が速まる様子は現れなかったのです。
では、単に装置の感度が足りなかっただけなのでしょうか。
研究チームが見積もったところ、この測定で見分けられる変化の下限は約4.8%でした。
報告されていた約12%や約40%といった変化が本当に起きていれば、はっきり捉えられたはずの精度です。
また、光を当てていないときの蒸発の速さは毎分1.8〜2.2マイクロメートルで、先行研究の値(毎分約1.5および約1.2マイクロメートル)とも合っており、実験の条件がかけ離れていたわけでもありません。
3色の光と2通りの湿度、合わせて6つの条件のすべてで、光による蒸発の速さの意味のある変化は見られなかったのです。
100億倍の光でも、水面の分子は動じなかった

とはいえ、水面の高さに表れないほど小さな変化が、分子のレベルで起きている可能性はまだ残ります。
もし光が熱とは別のしくみで働いているなら、水面の水分子のつながりや向きに何らかの変化が出るはずだからです。
そこで研究チームは、先ほどの分光法を使い、同じ環境で光を当てた水面の分子を調べました。
つながりの強さや分子の向きが変われば、水素結合した分子の信号や、空気側に突き出たOH(どの分子とも水素結合していない酸素と水素の組、フリーOH)の信号の山(ピーク)に、わずかなずれが現れます。そのため、ごく小さな乱れも読み取れるのです。
しかし、3色の光を当てても、水分子のつながりや向きに検出できるほどの変化は見られませんでした。
研究チームはさらに踏み込み、熱ではなく光の電場そのものが水を揺さぶるというしくみを直接確かめることにしました。
使ったのは、1000兆分の1秒単位でごく短く光るフェムト秒パルスで、波長は515nmの可視光と、800nmと1030nmの近赤外線です。
研究チームは光を短い時間にぎゅっと詰め込み、瞬間の強さを10桁以上、つまり100億倍以上にまで引き上げました。
それでも、水面の分子の並びに変化は観察されなかったのです。
これらの結果から研究チームは、純粋な水と空気の境目は可視光に対して驚くほど鈍感だとしています。
複雑な素材で報告された大きな蒸発の増加は、液体の水そのものに備わった新しいしくみというより、光が熱に変わる効果や素材の形の効果で説明するのが最も筋が通る、という見立てです。
ただし今回確かめたのは、純水の平らな水面と、実験で試した範囲の湿度でのことです。
光が水を消し去る力は、水そのものではなく、水を抱えた素材の側に隠れていたのかもしれません。
どうやら水は、スポットライトを浴びても舞い上がらない、案外クールな性格のようです。
参考文献
Visible light leaves evaporation and interfacial structure of neat water unchanged at the air–water interface (Proceedings of the National Academy of Sciences)
https://doi.org/10.1073/pnas.2615377123
元論文
Visible light leaves evaporation and interfacial structure of neat water unchanged at the air–water interface
https://doi.org/10.1073/pnas.2615377123
ライター
天道銀河: 科学、歴史、心理、宇宙、生き物、テクノロジーなど、気になるものにはジャンルを問わず首を突っ込む雑食系ライターです。ひとつの分野を深く極めるというより、さまざまな知識を広く集め、意外なつながりを見つけるのが好きです。専門家ほど深くはなくても、好奇心の広さなら負けません。「こんな世界もあるのか」と思えるような、面白くてわかりやすい話題を届けていきます。
編集者
ナゾロジー 編集部
