お寺の鐘がゴーンと鳴ったあと、その余韻がだんだん小さくなっていくのを、つい最後まで聞き届けてしまうことがあります。
私たちの耳には、音は途切れることなく、なめらかに消えていくように聞こえます。
では、音の消え方をとことん小さな単位までのぞき込んだら、最後の最後はどうなっているのでしょうか。
米スタンフォード大学(Stanford University)の研究チームは、音叉のように震える極小の装置を使って、この「音の消え際」を見届けることに挑みました。
研究内容の詳細は2026年9月17日に『Science』にて発表されました。
目次
- 音にも「粒」がある? 最小単位「フォノン」とは
- 音の「最後の1粒」は、どんなふうに消えたのか?
- 量子コンピューターの「エラー探し」にも役立つかもしれない
音にも「粒」がある? 最小単位「フォノン」とは

光に「光子(フォトン)」という最小のかたまりがあるように、音にも「フォノン」と呼ばれる最小の単位があります。
フォノンは、たくさんの原子がそろって揺れ動く、その動きのひとかたまりを表すものです。
量子力学は、震えている物体のエネルギーが連続した量ではなく、とびとびの「かたまり」になっていると予言しています。
つまり音のエネルギーも、ミクロの世界では粒の数で数えられるはずなのです。
ところが、このとびとびの性質は、物体がどれだけ揺れているか(位置)をいくら測っても見えてきません。
粒の数を1つずつ見分けるには、揺れの大きさではなく、エネルギーそのものに反応する、まったく別の種類の測り方が必要になります。
しかも量子の状態はとても壊れやすいため、その状態を乱さずに何度もくり返し確かめられる検出器でなければなりません。
そのため、フォノンがたった1個消えていく様子を、時間を追って直接見届けた例はこれまでありませんでした。
最後の1粒は、鐘の余韻のようになめらかに薄れていくのか、それとも別の消え方をするのか、その瞬間を実際に確かめる必要があったのです。
音の「最後の1粒」は、どんなふうに消えたのか?

研究チームがまず用意したのは、音叉のように震える、ナノサイズの小さな「機械振動子」です。
そして検出器として使ったのが、量子の情報をためておける電気回路「超伝導量子ビット」でした。
共同筆頭著者のタクマ・マキハラ(Takuma Makihara)氏とエリック・サキエル(Erik Szakiel)氏は、この量子ビットと振動子をつなぐ方法を開発しました。
チームは位置を正確に合わせて転写する技術で両者を1つにまとめ、量子ビットが振動子の揺れの大きさではなく、フォノンの数に反応するようにつなぎました。
最近スタンフォード大学で博士号を取ったマキハラ氏は「この非常に長持ちする振動体を作り、どちらのしくみも台なしにせずに、小さな電気の検出器である量子ビットと組み合わせるために、新しい工程を次々と開発し続けなければなりませんでした」と振り返っています。
カギになったのは、振動子がとても長く鳴り続けられることでした。
この振動子は2ミリ秒(1000分の2秒)ものあいだ震え続けます。これは、同じ性能をもつふつうの大きさの音叉なら数時間鳴り続けるのに相当します。
この長い「余韻」のおかげで、研究チームは数百回もの読み取りを行えました。
量子ビットは振動子の状態を壊さずにくり返しフォノンの数を測り、「フォノンが1個ある状態」と「1個もない状態」を見分けていきました。
また、測定の結果が「いま1個入っている」と知らせる形で、フォノンが1個だけある状態を用意することにも成功しています。その忠実度(狙った状態をどれだけ正確に作れたかを表す値)は85%でした。
こうして読み取りを時間の順に追っていくと、振動子が「1」の状態から「0」の状態へ、不連続にパッと切り替わる瞬間がとらえられたのです。
音の最後の1粒は、少しずつ薄れたのではなく、一気に消えていたわけです。
これは、音の「量子ジャンプ」(量子の状態がとびとびに一瞬で切り替わること)を直接とらえた初めての観測とされています。
研究チームは、この不連続な移り変わりを、質量をもって震える物体の中で量子力学がはっきりと姿を見せた例だと位置づけています。
振り返ると、量子ジャンプは1900年代初めに理論の中で考え出されました。1986年には閉じ込めたイオン(電気を帯びた原子)で初めて示され、2007年には光子でも観測されています。
音でもこれまでに量子ジャンプの手がかりは得られていましたが、ひとつひとつのジャンプをリアルタイムで直接追いかけたことはありませんでした。
今回の成果は、1世紀以上続いてきたこの実験の歴史に、「音」という新しい1ページを加えたことになります。
量子コンピューターの「エラー探し」にも役立つかもしれない

この発見は、量子コンピューターが抱える悩みの解決にもつながるかもしれません。
量子コンピューターは、ふつうのコンピューターでは手に負えない一部の複雑な計算をこなせる可能性がありますが、量子の状態がもろいため、計算が終わる前にエラーが生じてしまうことがあります。
以前ナゾロジーではこういう記事も紹介しています(「時間の逆転」を量子コンピュータで実現!)
提案されている多くの量子コンピューターのしくみでは、量子ジャンプはまさに「エラー」にあたります。
ところが、そのジャンプがいつ起きたのかを突き止めるのは、これまで難しいことでした。
音の量子ジャンプを追いかけられるようになったことは、そうしたエラーを見つけて正すための一歩になると考えられています。
チームを率いたアミール・サファビ=ナエイニ(Amir Safavi-Naeini)准教授は「振動する物体が量子的なふるまいを示しうることが分かり、これは量子コンピューティングやセンシングに必要な多くの操作の前提条件です」と述べています。
この振動子はチップ作りの技術で作られており、1枚のチップにたくさん載せて複雑な働きをさせられるほど小さいのも特徴です。
その小ささと、振動子と量子ビットを組み合わせたしくみの感度の高さから、とても精密な計測にも使える可能性があります。
実際に研究チームは、カリフォルニア工科大学(Caltech)のマイケル・ロークス(Michael Roukes)氏のチームと協力し、このしくみで細胞の中のタンパク質を検出・識別する方法をすでに探り始めています。
サキエル氏も、音をとても細かく制御できると示せたことで、スマートフォンなど音を基本技術に使う身近な機器が、いずれずっと良くなるかもしれないと話しています。
私たちの耳にはなめらかに消えていくように聞こえる音の余韻も、少なくともこの小さな振動子の中までのぞき込めば、最後は粒がパッと消える、階段のような出来事だったのです。
もっとも、鐘の余韻に耳を澄ませて「いま1粒消えた」と言い当てられる人がいたら、その人はたぶん量子ビットより耳がいいはずです。
参考文献
Scientists Just Watched a Single Quantum of Sound Vanish for the First Time (SciTechDaily)
https://scitechdaily.com/scientists-just-watched-a-single-quantum-of-sound-vanish-for-the-first-time/
元論文
Quantum jumps of sound
https://doi.org/10.1126/science.aeh7535
ライター
天道銀河: 科学、歴史、心理、宇宙、生き物、テクノロジーなど、気になるものにはジャンルを問わず首を突っ込む雑食系ライターです。ひとつの分野を深く極めるというより、さまざまな知識を広く集め、意外なつながりを見つけるのが好きです。専門家ほど深くはなくても、好奇心の広さなら負けません。「こんな世界もあるのか」と思えるような、面白くてわかりやすい話題を届けていきます。
編集者
ナゾロジー 編集部
