ハンガリーのエトヴェシュ・ロラーンド大学(ELTE)などで行われた研究によって、話し言葉を単語に区切るときに母音より子音を頼りにする、これまで人間でしか見つかっていなかった「子音びいき」が、犬の脳にも備わっていることが明らかになりました。
大きく響く母音ではなく、小さく目立たない子音の並びから単語を切り出すこの聞き方は、人間に近いサルの仲間でさえ見つかっていないものです。
しかも犬の子音びいきは、生後3カ月を過ぎてから人の家にやってきた犬にもはっきり現れていました。
共同筆頭著者のキンガ・G・トート氏は「人間以外の種の脳でも子音びいきが生まれうることを示す、初めての証拠です」と述べています。
言葉を話せない犬が、なぜ人間と同じ耳の使い方をしているのでしょうか?
研究内容の詳細は2026年9月24日に『Science』にて発表されました。
目次
- 人間の言語は子音を重視している
- 犬の脳は母音ではなく子音で言葉の区切りをみつけている
- 子音を重視するのは種を超えた仕組みなのか?
人間の言語は子音を重視している

知らない外国語のニュースを聞くと、音がひと続きに流れていくばかりで、どこで単語が切れているのかさっぱりわかりません。
実はこれは、外国語に限った話ではありません。
ふだん話している言葉にも、単語と単語のあいだに空白のようなはっきりした切れ目はないのです。
それでも母語なら、脳が音の流れを自動的に単語へ切り分けてくれます。
では、脳は何を目印にして切っているのでしょうか。
素直に考えれば、大きくてはっきりした音のほうが目印に向いています。
母音は声を長く響かせる音で、子音よりも音のエネルギーが大きく、耳に目立ちます。
実際、1歳になる前の赤ちゃんは、その目立つ母音を頼りにしていることが報告されています。
ところが1歳を過ぎたあたりを境に、人間は手がかりを子音のほうへ切り替えます。
目立つ音より、目立たない音を重く見るのです。
理由は、子音のほうが単語を見分ける情報を多く持っているからです。
たとえば「ナゾロジー(NAZOROJI)」を子音だけで「NZRJ」と書いても、「信長(NOBUNAGA)」を「NBNG」と書いても、その決まりを知っている人には何のことか見当がつきます。
ところが母音だけを抜き出して「AOOI」や「OUAA」とすると、情報が足りず、何のことだかさっぱり分かりません。
単語を見分ける情報の多くを、子音が握っているからです。
だから多くの言語で、単語の切れ目を探すときには子音が目安として使われます。
実際、母音を省く書き方は、古代エジプト語や古典ヘブライ語にも見られます。
さらに現代のアラビア語でも短い母音はふつう書かれず、「kataba(彼は書いた)」は「ktb」と3つの子音で書かれます。
このように、単語を聞き分けるときに母音より子音を頼りにする傾向を、「子音びいき(子音バイアス)」と呼びます。
では、この子音びいきはどこから来るのでしょうか。
人間に近いサルの仲間を調べた実験でも見つかっていないことを考えると、言葉を話す人間だけが持つ、特別な言語能力や脳の配線から生まれるようにも思えますが、本当なのでしょうか?
それとも、話し言葉を毎日聞くうちに、よく出てくる音の並びを覚えることで自然に身につくのでしょうか。
後者なら、言葉を話せない動物でも、人の話を聞いて暮らしていれば子音びいきが育つはずです。
そこで研究チームが目をつけたのが、犬でした。
犬自身は言葉を話しませんが、家庭で暮らす犬は毎日のように人に話しかけられています。
犬の脳は母音ではなく子音で言葉の区切りをみつけている

犬も子音に注目して、人間の言葉を聞いているのでしょうか。
答えを得るため研究者たちは、成人20人とハンガリーの飼い犬20匹に、3パターンの人工の「言葉の流れ」を聞かせました。
流れてくるのは、意味を持たない3音節の単語を、切れ目なくつないだ音声です。
一つ目は、子音を頼りに単語を区別する場合です。
日本語でたとえるなら、「tanaka(たなか)」と「tanuki(たぬき)」のように、t-n-k という3つの子音が同じ順に並び、あいだの母音だけが入れ替わっています。
二つ目はその逆で、母音を頼りに単語を区別する場合です。
「tanaka(たなか)」と「yamada(やまだ)」のように、a-a-a という母音の骨組みが共通で、子音のほうが入れ替わります。
三つ目は、どちらの目印もない場合です。
同じ音節をばらばらの順につなげただけで、繰り返し現れるまとまりがそもそもありません。
そして、頭に貼った電極で、人間と犬の脳波を測りました。
音楽を聴いていると、曲のリズムに合わせて思わず手拍子を打ちたくなることがあります。
これまでの研究で、人間の脳にもこれとよく似た性質があり、聞こえてくる音にリズムを見つけると、脳波がそのリズムに合わせて規則正しく揺れはじめることがわかっています(神経同調)。
脳が「ここからここまでが1つの単語だ」と気づいていれば、それに対応する脳活動が発生し、脳活動は手拍子を入れたような反応をみせてくれるわけです。
研究チームを率いるアッティラ・アンディクス氏によれば、リズムを確実にとらえているほど、脳の反応はリズミカルになるといいます。
では犬の場合はどうなのでしょうか?
犬に「どれが単語に聞こえた?」と尋ねることはできませんが、この手拍子の強さを比べれば、どの音声で単語を見つけたのかを脳から読み取れるのです。
すると犬の場合、どちらの目印もない音声と比べて、子音型の音声を聞いたときにだけ人間と同じように、単語の頭に揃う波が現れました。
犬の脳にとって、母音のパターンは単語の目印として働いていなかったことになります。
一方で人間の脳は、子音型でも母音型でも、単語の頭に揃う波をはっきり示していました。
人間にとって母音は、子音に劣る目印ではあっても、目印ではあったわけです。
ただ揃い具合は子音型のほうが高く、母音型を25%ほど上回っていたと報じられています。
別の角度から測っても、同じ結果が出ました。
話し言葉を単語に切り分けているとき、脳には単語の始まりから約0.4秒後に特徴的な反応が現れることが知られています。
この反応も、人間と犬の両方で、子音型の単語を聞いたときにだけはっきり現れました。
興味深いのは、どの音声でも母音のほうが子音より大きく響いていたという点です。
もし音の大きさのみをもとに区別していたなら、母音での区別が優勢になるはずですが、実際はそうなりませんでした。
研究チームは「子音の並びのほうが、ひと続きの音を小さなまとまりに切り分ける手がかりとして役に立つ」ことから犬でも脳がそちらを優先するのだと考えています。
人間にしかないと思われてきた言葉の聞き方が、人の話を聞きながら暮らす犬の脳にもあったのがはっきり示されたのは、今回が初めてです。
子音を重視するのは種を超えた仕組みなのか?

では、犬の子音びいきは、子犬のころから人の声を聞いて育たないと身につかないのでしょうか。
子犬が周りの環境に慣れていく大切な時期(社会化期)は、生後12〜14週ごろまでとされています。
今回の犬20匹のうち11匹は、この時期が終わる前から人の家で暮らしていたとみられる犬で、残る9匹は生後12週を過ぎてから人の家にやってきたとみられる犬でした。
調べてみると、両グループのあいだで子音びいきの強さに差はなく、遅くやってきた9匹だけで調べても、子音びいきははっきり現れていました。
子音びいきは、子犬時代に話し言葉を浴びなければ手に入らない「期間限定」の能力ではないと考えられます。
もっとも今回の研究で調べられた犬の数は多くなく、引き取られる前の暮らしぶりも完全にはわかっていないため、研究チームはこの点の読み取りには慎重を求めています。
それでも、遅れて人の家にやってきた犬たちの脳にも、子音びいきが見られたことは動きません。
研究チームは、年齢に関係なく働く脳の仕組み、つまり繰り返し耳にする音の並びから規則性を拾い上げていく力(統計的学習)が、子音びいきを生んでいると見ています。
そうだとすれば、人間の赤ちゃんの子音びいきも、特別な言語能力がなくても、同じ仕組みだけで育ちうるのかもしれません。
アンディクス氏は「これらの結果は、脳が話し言葉に合わせて調整されること、とりわけ子音バイアスが生まれることに、生まれつき特別な配線をもつ脳や人間のような言語能力は必要ないことを示唆しています。日常的に話し言葉を聞くだけで脳の働きが変わり、これまで人間でしか見られなかった処理の特徴が生まれうるのです。たとえ進化的に私たちから遠い種であってもです」と述べています。
ひと続きの情報を小さなまとまりに区切ろうとする性質そのものは、複数の種に共有される素因だと論文は位置づけています。
もしこの結果が正しいならば、犬につける名前は母音ばかりよりも子音の多い名前のほうがいいかもしれません。
私たちが何気なくかける「おはよう」や「散歩に行こうか」も、犬の脳の中では、子音を手がかりに単語へと切り分けられているのかもしれません。
参考文献
Dogs segment the speech they hear with a human-like consonant bias
https://www.eurekalert.org/news-releases/1144618
元論文
Neural evidence that dogs segment the speech they hear with a humanlike consonant bias
https://doi.org/10.1126/science.adw7709
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。
大学で研究生活を送ること10年と少し。
小説家としての活動履歴あり。
専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。
日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。
夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部
