オーストラリアのサンシャインコースト大学(UniSC)などで行われた研究によって、あるイルカが魚が吐くまで追い回しては、吐き出された吐瀉物(ゲロ)を食べるという行為を、何年も繰り返していたことが明らかになりました。
追い回されていたのはイルカよりも小さなアジの仲間で、本来ならイルカが魚本体を食べてしまってもおかしくありません。
しかし研究者が確かめた範囲では、このイルカが追いつめた魚そのものを食べる姿は一度も確認されませんでした。
なぜこのイルカは、目の前の魚ではなく、魚が吐いたものを狙うのでしょうか?
研究内容の詳細は2026年9月13日に『Ecology and Evolution』にて発表されました。
目次
- 魚を吐くまで追い詰めゲロを出させる
- なぜ魚の「ゲロ狩り」をするのか?
- 「ゲロ狩り」はバブルスだけの秘伝なのか?
魚を吐くまで追い詰めゲロを出させる

海水浴場や観光地で、手に持っていたパンやおにぎりをトンビにさらわれた。
そんな場面に出くわした人は少なくないはずです。
「トンビに油揚げをさらわれる」ということわざがあるように、他人の獲物を横からかすめ取る行動は、昔から身近なものでした。
動物の世界でも、ほかの動物が捕まえたエサを奪う「横取り(労働寄生)」は珍しくありません。
なかでも名手が多いのが海鳥です。
たとえばグンカンドリは、ほかの海鳥を空中で追い回し、くわえた魚を落とさせたり吐き出させたりして自分のものにすることで知られています。
ところが水中ではその一部始終を見届けるのが難しく、イルカやクジラの仲間では詳しい記録がほとんどありませんでした。
そこで研究チームが注目したのが、グレートバリアリーフ南部のレディ・エリオット島で見られる、奇妙な追いかけっこです。
主役は、地元で「バブルス」と呼ばれるオスのハンドウイルカでした。
少なくとも2017年から島の周辺に現れ、アジの仲間を繰り返し追い回すことで知られていました。
論文の筆頭著者で、サンシャインコースト大学の博士課程に在籍するロムニー・エドワーズ=フランシス氏らの研究チームは、水中映像などを集め、バブルスが魚を追ったあとに何をしているのかを調べました。
集まった映像には、バブルスがアジの群れに挑む場面が20回記録されており、そのうち11回は、アジが吐いたものをバブルスが食べるところまで映っていました。
相手は、小魚を食べるアジの仲間、ギンガメアジです。
バブルスの狩りは、毎回ほぼ同じ手順をたどります。
最初は「品定め」です。
バブルスはアジの群れのそばを鋭くターンしながらゆっくり泳ぎ、頭を左右に振りながら、カチカチというクリック音を出します。
イルカは、自分が出した音がものに当たって跳ね返ってくる響きで、周りの様子を探ることができます(反響定位、エコーロケーション)。
この首振りは、群れの中から狙う1匹を探している動きだとみられています。
やがて頭の動きがぴたりと止まり、1匹のアジにだけ向けられます。
ここからバブルスは、すぐそばを泳ぐほかのアジには目もくれず、その1匹だけを追いかけます。
スピードを上げてぴったりと後ろにつき、アジが右へ曲がれば右へ、左へ切り返せば左へと、その動きをそっくりなぞるように追い続けます。
そしてついに、追い詰められたアジが胃の中のものを吐き出し、バブルスは吐き出されたものを食べてしまいます。
しかしなぜバブルスは、わざわざ吐瀉物を食べるようになったのでしょうか?
なぜ魚の「ゲロ狩り」をするのか?

なぜバブルスは魚の吐瀉物を狙うのか?
イルカは魚を食べる動物です。
それなら、追いつめたギンガメアジをそのまま食べてしまえばよさそうです。
ところがバブルスは吐いたものを食べるだけで、ギンガメアジ本体は食べません。
研究チームが考えているのは、自分で小魚を捕まえるよりも、少ない手間で食事にありつける可能性です。
ギンガメアジは、自分で小魚を追いかけて捕まえる捕食者です。
そのため、小魚をたらふく食べたあとのギンガメアジは、お腹にイルカのエサをいっぱい抱えていることになります。
一方、イルカにとって動きの速い小魚の群れを捕まえるのは簡単ではなく、ふつうは仲間数頭で群れを追い込むという手間をかけます。
小魚がイルカにとって手間のかかる高級料理だとすれば、小魚を食べたばかりのギンガメアジは、それをぎっしり詰め込んだ高級弁当のようなものです。
バブルスのやり方なら、狩りのいちばん面倒なところはギンガメアジが済ませてくれています。
バブルスがするのは、1匹を選び、吐くまで追いかけることだけです。
食べ終えたら群れに戻って、次の弁当箱を選べばいいのです。
「この特殊な戦法は、動きの速い獲物を直接追いかけるよりも少ないエネルギーで済むのかもしれません。とくにひとりで狩りをするときには」とエドワーズ=フランシス氏は述べています。
コラム:魚もゲロる
人間は緊張やストレスで吐き気をもよおすことがありますが、じつは魚も吐きます。釣りや網で捕まったときのストレスで、魚が食べたものを吐き戻すことは以前から観察されています。吐きやすさには種類による差もあり、タラの仲間はカレイやヒラメの仲間よりずっと吐きやすいことが報告されています。
では、魚はなぜ吐くのでしょうか。
ヒントになるのが、中国の長江流域でよく見られる川魚、アオウオの子どもを使った実験です。お腹いっぱいに食べたアオウオは、向きを変える鋭さや泳ぐ速さといった逃げる力が落ちていました。ところが追いかけられると、食べたものを吐き出し、お腹の中身を満腹のおよそ半分まで減らしていたのです。満腹のまま全力で走るのがつらいのは、人間も魚も同じなのかもしれません。
つまり魚のゲロは、たっぷり食べておきながら、危険が迫ったときには余分な分を捨てて逃げ足を保つための、“緊急脱出装置”とも考えられるのです。
ギンガメアジが同じ理由で吐いているのかは、まだわかっていません。けれども、もしそうだとすれば、バブルスは魚の緊急脱出装置につけこんで、ごちそうを手に入れていることになります。
では、バブルスはどの弁当箱が満杯かを、見分けられるのでしょうか。
研究チームが注目しているのが、狩りの始まりに見せる、頭を左右に振りながらのカチカチ音です。
研究チームを率いた同大学の海洋科学者エイジア・アームストロング氏は、「エコーロケーションを使えば、イルカは標的の形や大きさ、構造のわずかな違いを見分けられます。ですからイルカは、どの魚を狙えばいちばん見返りが大きいかを、エコーロケーションで判断しているのかもしれません」と述べています。
音の跳ね返りで、魚の腹の中身まで見抜いている可能性があるのです。
声は、魚を吐かせるほうにも一役買っているのかもしれません。
狩りのようすを鮮明に録音できた75秒間の映像では、バブルスは約200回も声を出していて、その9割が低く短い声(低周波音)でした。
この低い声は、1匹を追いかけているあいだだけ出され、魚が吐くまで続きました。
研究チームは、激しいカチカチ音とこの低い声が、追われる魚の恐怖をさらにあおり、吐き出させる後押しをしているのではないかと考えています。
「ゲロ狩り」はバブルスだけの秘伝なのか?

この横取りは、バブルスだけの技なのでしょうか。
これまでのところ、同じことをするイルカはほかに見つかっていません。
バブルスは仲間と一緒にいる姿も見られていますが、横取りはいつもひとりで行っていました。
ほかのやり方で狩りをする姿も確認されていないことから、論文は、バブルスがこの技を自分で編み出した可能性を指摘しています。
「何年にもわたって彼がこの行動を繰り返すのを見てきました。いちばん腹の膨れた魚を狙えばいちばん食べごたえのある食事にありつけると、彼は学んだのかもしれません」とアームストロング氏は述べています。
ただし、ギンガメアジが吐く引き金が何なのかは、まだはっきりしていません。
イルカの声がきっかけなのか、追われる恐怖だけで吐くのか、それとも吐いたものをおとりにして逃げているのかは、これから確かめるべき謎として残っています。
それでも、狙った1匹を吐くまで追い、吐いたものだけを食べるという同じ手順が、何年にもわたって繰り返されてきたことは、映像がはっきりと示しています。
研究チームは、こうした珍しい狩りの技は、イルカやクジラの世界でまだ見落とされているだけかもしれないと考えています。
「ほかの種がこの戦法を使っている可能性は十分にあります」とアームストロング氏は述べています。
イルカといえば、笑っているような顔をした、人なつっこい海の人気者という印象があります。
しかしアームストロング氏によれば、イルカを「海の善人」と見るのは、動物に人間らしさを重ねてしまう人間のくせ(擬人化)によるところが大きく、それはイルカの顔が笑っているように見えるせいかもしれないといいます。
「イルカは捕食者です。ほかの種から奪った獲物であろうとなかろうと、積極的に狩りをするのです」と同氏は語っています。
参考文献
Bubbles the food-stealing dolphin finds shortcut to easy meal
https://www.eurekalert.org/news-releases/1144019
元論文
Repeated Observations Suggesting Kleptoparasitism by a Common Bottlenose Dolphin (Tursiops truncatus) on the Great Barrier Reef
https://doi.org/10.1002/ece3.74270
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。
大学で研究生活を送ること10年と少し。
小説家としての活動履歴あり。
専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。
日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。
夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部
