授業中、気づくと足が机の下で動いている。「じっとして」と言われても、次の瞬間にはまた動いている。
福井大学の研究チームは、線条体(脳の奥にある部分)のドーパミンが大きく減っているのに多動になるマウスを作りました。
背景にあったのは、ドーパミンを受け取る側の細胞が、生まれて間もない時期に失われることでした。
さらに、ADHD(注意欠如・多動症)の薬に別の薬を組み合わせると、多動と衝動性が和らぎました。
マウスでの結果ですが、ADHDの薬が効きにくい人の治療の手がかりになると研究チームは考えています。
研究内容の詳細は2026年9月15日に『Neuropsychopharmacology』にて発表されました
目次
- ドーパミンが「減っている」のに動き回るマウス
- 「薬が効きにくい人」のADHDと、どうつながるのか
ドーパミンが「減っている」のに動き回るマウス

この研究の主役は、マウスの脳で働くNSF(エヌエスエフ)というタンパク質です。
NSFは細胞の中で袋どうしをくっつけ、神経の信号のもとになる物質を外へ出す手伝いをしています。
そしてNSFは、ドーパミンを受け取る「D2受容体(じゅようたい)」というタンパク質と結びつくことが知られていました。
福井大学の研究チームは、D2受容体を持つ細胞だけでNSFを失わせたマウスを作り、多動と衝動性が出ることを見つけました。
比べたのは同じ親から生まれ、NSFを失わせる仕掛けが働かないマウスで、オスとメスの両方を使いました。
体中でNSFを失わせたマウスは、生まれる前に死んでしまいます。
学校全体の放送を止めるのではなく、ある教室のスピーカーだけ線を抜くような仕掛けです。
線条体(せんじょうたい)は、脳の奥にある部分で、神経細胞がたくさん集まっています。
ドーパミンを受け取るD2受容体を持つ細胞も、この線条体にたくさんあります。
線条体は、ご褒美や、やる気にかかわる場所とされています。
すると、NSFを失ったマウスの線条体では、D2受容体を持つ細胞が減っていました。
この細胞の減少とともに、生まれて間もない時期に細胞の死が増えていました。
線条体そのものも小さくなり、線条体のドーパミンの量は大きく減っていました。

ここまで読むと、「ドーパミンが減ったなら、おとなしくなるはず」と思うかもしれません。
ところが行動は、その逆でした。
多動と衝動性(後先を考えずに動いてしまう性質)という、ADHDに似た行動が出たのです。
研究チームは、ADHDの薬メチルフェニデートと、D2受容体を働かせる薬キンピロールを組み合わせて与えました。
すると、多動も衝動性も和らいだ。
この組み合わせは、薬が効きにくい人のADHDの治療を補う方法になりうる、と研究チームは考えています。
では、「受け取る側の細胞」が減ったマウスの結果は、人のADHDとどうつながるのでしょうか。
「薬が効きにくい人」のADHDと、どうつながるのか

まず研究チームは、減ったのが本当にD2受容体を持つ細胞なのかを確かめています。
比べる相手に選ばれたのは、同じ線条体にあるD1受容体(ドーパミンを受け取る別の受容体)を持つ細胞。
D2受容体を持つ細胞の密度は調べたどちらの部位でも下がっていたのに、D1受容体を持つ細胞の密度はむしろ上がっていました。
密度が下がっていたのは、D1受容体を持つ細胞ではなく、D2受容体を持つ細胞のほうでした。
線条体では、ドーパミンを回収する運び役のタンパク質も減っており、ドーパミンの働きが弱っていることがうかがえました。
薬の実験は、若いマウスに薬を注射して行われました。
初めての広い箱に入れ、注射の前と後でどれだけ動き回るかを比べる。
衝動性は、台の上に置いたマウスがどれくらいで台から落ちてしまうかで測っています。
ここから、人のADHDの話に移ります。
ADHDの薬メチルフェニデートは、脳のドーパミンの働きを強める薬です。
ところが以前の研究で、ADHDの人の最大3割は、この薬の効きが悪いと報告されています。
ナゾロジーでは以前、脳のドーパミン受容体の違いがADHDの薬の効き方に影響している、という研究を紹介しました(なぜADHDの薬が効かない人がいるのか?)。
この薬が効きにくい人は、効く人に比べて線条体の一部が小さかった、という報告もあります。
多くの研究をまとめた解析でも、ADHDの人は線条体を含む脳の部位が小さく、働きが弱い傾向が報告されています。
今回のマウスと、どこが重なるのでしょうか。
マウスも線条体が小さく、D2受容体を持つ細胞が減っていました。

研究チームは、薬が効きにくいADHDでは、D2受容体の不調そのものを狙う治療が手がかりになりうると述べています。
言えるのは、D2受容体を持つ細胞でNSFが失われると、細胞の死と線条体の縮小、ドーパミンの減少が起きることです。
そして、それでもマウスは多動と衝動性を示し、薬の組み合わせで両方が和らぐ、というところまでです。
言えないのは、人のADHDでも同じことが起きているかどうかです。
研究チームも、NSFとD2受容体の関係の乱れが「ADHDに似た行動」にかかわりうる、という言い方にとどめています。
組織のドーパミンの量はオスだけで測っており、一部の解析は匹数が少なく、オスとメスを分けて調べられていません。
薬の組み合わせが人に効くかどうかも、この研究では調べていません。
刺激薬(メチルフェニデートなど)が効くこと自体が、その考えを裏付けるとされてきました。
ドーパミンの量だけでなく、受け取る側の細胞にも目を向ける。今回のマウスは、その見方を後押ししています。
スピーカーの線を抜いた教室は、静かになるどころか、かえってにぎやかになったわけです。
参考文献
Regional brain volume predicts response to methylphenidate treatment in individuals with ADHD (BMC Psychiatry)
https://doi.org/10.1186/s12888-021-03040-5
Methylphenidate-Elicited Dopamine Increases in Ventral Striatum Are Associated with Long-Term Symptom Improvement in Adults with ADHD (Journal of Neuroscience)
https://doi.org/10.1523/jneurosci.4461-11.2012
Structural and Functional Brain Abnormalities in Attention-Deficit/Hyperactivity Disorder and Obsessive-Compulsive Disorder (JAMA Psychiatry)
https://doi.org/10.1001/jamapsychiatry.2016.0700
Evaluating Dopamine Reward Pathway in ADHD (JAMA)
https://doi.org/10.1001/jama.2009.1308
Catecholamine Dysfunction in Attention-Deficit/Hyperactivity Disorder (Journal of Clinical Psychopharmacology)
https://doi.org/10.1097/jcp.0b013e318174f92a
Evaluating Dopamine Reward Pathway in ADHD (JAMA)
https://doi.org/10.1001/jama.2009.1308
発達障害の一つ「ADHD」、発症メカニズムの一端を解明 福井大研究チーム、新たな治療法の開発期待
https://www.fukuishimbun.co.jp/articles/-/2699242
元論文
Deletion of N-ethylmaleimide-sensitive factor in dopamine D2 receptor-expressing cells impairs striatal development and dopaminergic function and induces ADHD-like behaviors in mice
https://doi.org/10.1038/s41386-026-02526-8
ライター
山下 浩介: むずかしい研究を、なるべく分かりやすく伝えたい。専門の言葉はふだんの言葉に置きかえて、絵や図を1枚はさむ。それで「わかった」「楽しかった」と言ってもらえたら嬉しいです。
好きなのは、通学路や台所や日常の中にある科学。眠っているあいだに記憶が整理される話や、虫の鳴き方に意味がある話のように、読み終わったあとに誰かへ話したくなる研究を探しています。
編集者
ナゾロジー 編集部
