ハイキングの帰り、ズボンの裾にべたついた草の毛がくっついて、なかなか取れないことがあります。
舞台は、中国南西部の土のやせた高い山。
そこに生えるユキノシタの仲間の小さな草は、葉も花びらも茎も粘つく毛におおわれています。
1875年、進化論で知られるダーウィンは、ユキノシタの仲間には虫を食べる草がいるかもしれないと考えました。
この草を雲南省の山で調べた研究チームは今回、毛が虫を捕まえるだけでなく、消化して栄養にしていることを確かめました。
つまりこの草は、ダーウィンの予想どおりの食虫植物だったのです。
実際の草の画像はこちら(画像)。
研究内容の詳細は2026年8月4日に『Nature Communications』にて発表されました
目次
- 山の草の「粘つく毛」に、小さな虫が捕まっていた
- 花粉を運ぶ虫と「食べる虫」は、どう分けているのか
山の草の「粘つく毛」に、小さな虫が捕まっていた

この草が生えているのは、中国南西部の横断山脈です。
主役は、学名を Saxifraga candelabrum というユキノシタの仲間の草。
葉にも花びらにも茎にも、先が甘くべたつく小さな毛がびっしり生えています。
その毛には、ユスリカという小さな羽虫がよくくっついています。
研究チームがこの草の押し葉の標本を調べると、花の付いた45点のうち43点で、毛に虫が捕まっていました。
採られた時代も場所もばらばらな標本で、ほぼ毎回です。
たまたま虫が付いたのではなく、この草のいつもの姿だと研究チームは見ています。
ここで「くっつく」と「食べる」は別の話だ、と思った人がいるかもしれません。
そのとおりです。くっついただけでは、食べたことにはなりません。
給食を思い出してください。皿に載せただけでは、食べたとは言いません。
かんで飲み込み、体の栄養になって、はじめて「食べた」になります。
植物なら、捕まえる、消化する、体に取り込む、がすべてそろう必要があります。
研究チームは、この草でその全部を確かめました。
まずは、消化を確かめる実験です。
食虫植物が消化に使う酵素が毛にあるかを、酵素が働くと光る試薬で調べました。
毛が、黄緑色に光った。
食虫植物として有名なムシトリスミレの仲間と、同じ反応です。
一方、同じ場所に生える近い仲間の草は、同じ条件でも光りませんでした。
次は、取り込みを確かめる実験です。
研究チームは、目印を付けた窒素を含ませたショウジョウバエを、この草に与えました。
しばらくすると、この草の体には目印の窒素が増えていました。
同じように与えても、虫を食べない近くの草では増えません。
周りの土も調べましたが、目印の窒素は土からは来ていませんでした。
つまり虫の体の栄養が、毛から草の中へ移っていたのです。
捕まえて、消化して、取り込む。ダーウィンの予想どおり、この草は虫を食べていました(ダーウィンとその後の科学が見つけた答え)。

ただ、ここで気になることがあります。
虫を捕まえる毛は、花の枝にも生えています。
花粉を運んでくれる虫まで、捕まえてしまわないのでしょうか。
花粉を運ぶ虫と「食べる虫」は、どう分けているのか

答えを先に言うと、この草は花粉を運ぶ虫をほとんど捕まえていませんでした。
花粉を運ぶ役に立っていたのは、ハエやハチの仲間の大きめの虫です。
この大きな虫たちは、毛にはめったに捕まりません。
毛に捕まるのは、おもに体の小さなユスリカでした。この小さな虫は、花粉運びにはほとんど役に立っていません。
多くの食虫植物は、花と虫を捕まえる場所を離して、この問題を小さくしています。
この草は離す代わりに、花粉を運ばない小さな虫だけを選んで捕まえる、という別のやり方を取っていたのです。
では、虫はどうやって毛のところまで来るのでしょうか。
使ったのは、ガラスの箱と白い網。
研究チームは花の咲いた株を、それぞれで囲みました。ガラスは匂いを遮り、網は見た目を遮ります。
虫が多く来たのは、網のほうだった。
虫を呼ぶのに、匂いへの反応が関わっている、ということです。
実際、花の香りには、虫が感じ取ったり引き寄せられたりすることにかかわると報告されてきた成分が含まれていました。

取り込んだ栄養の行き先も、調べられています。
目印の窒素がいちばん多くたまっていたのは花で、次が茎につく葉、いちばん少ないのが根元の葉でした。
この草は、一生に一度だけ花を咲かせる草です。
研究チームは、子孫を残す部分に栄養を多く回していると見ています。

遺伝子にも、食虫植物らしさがありました。
研究チームはこの草のゲノム(すべての遺伝情報)を読み、ほかの食虫植物と比べました。
すると、葉の形づくりや消化、栄養に関わる遺伝子が、別々に食虫になった系統どうしで同じ向きに変わっていました。
ここまでで、言えることと言えないことを整理しておきます。
言えるのは、この高山に育つ草が虫を捕まえ、消化し、栄養として取り込んでいる、つまり食虫植物だということです。
ユキノシタの仲間で今回、虫を消化する反応が確かめられたのは、この草です。同じ場所に生える近い仲間には、その反応が出ませんでした。
ほかのユキノシタの仲間まで同じかどうかは、この研究からは言えません。
枝が多く長い株ほど虫を多く付けていましたが、これは関連で、枝を増やせば捕れると示したわけではありません。
目印の窒素を比べた場所についても、同じ山の中で土の性質に少し差があったと研究チームは断っています。
研究チームは、虫を食べる草は花を咲かせる植物の中に、これまで思われていたより広くいるかもしれないと見ています。
1875年の予想の答え合わせが、ようやく今。植物は食事も返事ものんびりです。
参考文献
Plantwatch: The insect-eating alpine plant that proves Darwin was right (The Guardian)
https://www.theguardian.com/science/2026/sep/16/plantwatch-the-insect-eating-alpine-plant-that-proves-darwin-was-right
A new carnivorous plant lineage (Triantha) with a unique sticky-inflorescence trap (PNAS)
https://doi.org/10.1073/pnas.2022724118
On the Origin of Carnivory: Molecular Physiology and Evolution of Plants on an Animal Diet (Annual Review of Plant Biology)
https://doi.org/10.1146/annurev-arplant-080620-010429
元論文
Identification of carnivory in the flowering plant Saxifraga via multidisciplinary evidence
https://doi.org/10.1038/s41467-026-75288-y
ライター
山下 浩介: むずかしい研究を、なるべく分かりやすく伝えたい。専門の言葉はふだんの言葉に置きかえて、絵や図を1枚はさむ。それで「わかった」「楽しかった」と言ってもらえたら嬉しいです。
好きなのは、通学路や台所や日常の中にある科学。眠っているあいだに記憶が整理される話や、虫の鳴き方に意味がある話のように、読み終わったあとに誰かへ話したくなる研究を探しています。
編集者
ナゾロジー 編集部
