アメリカのスタンフォード大学(Stanford University)などで行われた研究によって、メキシコ原産の小さな犬チワワのDNAに、野生のコヨーテと共通する断片が含まれていることが明らかになりました。
ひざの上に収まるあの愛玩犬の中に、野生で暮らすイヌ科動物の一部が、ひっそりと受け継がれていたのです。
しかし研究チームは、遠い昔に混ざったわずかな断片を、どうやってDNAの中から見分けたのでしょうか?
研究内容の詳細は2026年7月25日に『Nature Communications』にて発表されました。
目次
- チワワはメキシコにいた昔の犬を祖先に持つ
- チワワのDNAに、コヨーテの断片が混ざっていた
- コラム:遺伝学は「弱い犬ほどよく吠える」に迫っている
チワワはメキシコにいた昔の犬を祖先に持つ

散歩中のチワワが、自分の何倍もある大型犬に向かって一歩も引かずに吠えている。
そんな光景に出くわしたことのある人は多いはずです。
両手に収まるほどの体なのに、態度だけは堂々としています。
大きな耳をぴんと立て、よく通る声を張り上げる姿には、どこか野生の気配すら漂います。
愛玩犬の代表のように扱われるこのチワワという犬種は、メキシコで生まれました。
いまのチワワには、ヨーロッパから持ち込まれた犬の血が混ざっていますが、メキシコの地元の犬の血もわずかに残っているとされています。
その地元の犬とは、コロンブスが着くよりずっと前から、アメリカ大陸で人と暮らしてきた犬たちです。
一方、この大陸には、ほかの大陸にはいない野生のイヌの仲間、コヨーテがすんでおり、コロンブス以前のアメリカ大陸では、人々が犬とコヨーテを掛け合わせていた証拠が見つかっています。
では、そのコヨーテの血は、いま私たちに身近なチワワにまで届いているのでしょうか?
じつは、昔の地元の犬に残る証拠だけでは、この問いに答えが出ません。
昔のメキシコにいた犬のうち、どの犬がチワワの祖先につながるのかが、はっきりしていないからです。
その祖先は、コヨーテの血を持っていたのか?
持っていたとして、ヨーロッパの犬と混ざり合い今のチワワという品種が出来上がるまで残り続けたのか?
どちらも、過去の証拠からはたどれないのです。
答えを出すには、いま生きているチワワのDNAを直接調べるしかありません。
もっとも、直接調べても、答えはすぐには見えてきません。
何百年も前の交わりの跡は、DNAの中で細かく切り刻まれているからです。
たとえば、ある犬の群れにコヨーテが1頭加わると、その子どもでは、DNAの半分がまるごとコヨーテ由来です。
しかし孫の世代では、コヨーテの部分が切り貼りされて、いくつかの大きな塊に分かれます。
その先も犬どうしで代を重ねるたびに、塊はさらに切られて短くなっていきます。
そして短い断片は、まわりの「ふつうの犬」の部分に埋もれてしまいます。
そのため、いまのチワワにコヨーテの名残が眠っているとしても、その場所を1つずつ指し示すのは簡単ではありません。
同様の問題は人間にも当てはまります。
いま生きている人のDNAのどの部分が、どんなルーツの祖先から来たのかを見分けるのも、時代を遡るほど難しくなっていきます。
スタンフォード大学のアレクサンダー・G・イオアニディス氏らの研究チームは、この人間の問題に取り組むために、解析ソフト「Gnomix」を開発しました。
その実力を試す舞台に選ばれたのが、チワワです。
チワワのDNAに、コヨーテの断片が混ざっていた

新たな遺伝子解析ソフト「Gnomix」では、DNAを細かな区間に区切って区間ごとに「どの祖先の並びに似ているか」を見立て、さらに前後の区間の見立てと突き合わせて判定を仕上げることができます。
答えの分かっている人間の模擬データで試すと、混ざってから100世代たった断片でもおよそ9割の正解率を保ち、比べたほかの手法を上回りました。
次に研究チームは、この実力を実際のデータで示す場として、犬を選びました。
オオカミやコヨーテ、さまざまな犬種を合わせた191頭のゲノム(全遺伝情報)で見分け方を学ばせ、531頭の犬のゲノムを読み分けたのです。
その中でチワワのゲノムを読むと、ところどころに「コヨーテ」と判定される断片が見つかりました。
その断片だけを取り出してオオカミやほかの犬と見比べると、似ている者どうしを近くに並べる系統樹の上で、コヨーテのすぐ隣に並びました。
断片の並びそのものが、確かにコヨーテ寄りだったのです。
チワワに残るこの断片は、先に述べた昔の犬とコヨーテの交わりの名残である可能性があります。
では、チワワの強気な性格も、コヨーテ譲りなのでしょうか。
今回の研究に関わっていない動物学者のジャクリーン・ボイド氏は、この発見が「小さくても強気」というチワワの評判を一部説明するかもしれないと述べています。
どの断片が性格に関わるのかはまだ分かっていませんが、ひざの上の小さな犬の中に、野生のコヨーテと交わった歴史が刻まれていることは確かです。
コラム:遺伝学は「弱い犬ほどよく吠える」に迫っている

自分の何倍もある犬に向かって、小さなチワワが全力で吠えかかる。
その姿を見て、「弱い犬ほどよく吠える」ということわざを思い出す人もいるでしょう。
近年の犬の研究では、そんな直感があながち間違いでないことが見えてきました。
たとえばアメリカのペンシルベニア大学のダフィー氏らは2008年、30を超える犬種の飼い主を対象に調査を行いました。
その結果、チワワとダックスフントは、人に対しても犬に対しても、攻撃性が平均より高く出ました。
さらに同じ研究者らのまとめによると、攻撃性や怖がりの点数が高く出やすい小型犬種は、飼い主への甘えや「構ってほしい」気持ちの強さでも高い点がつきやすい傾向がありました。
強気な態度と、怖がりな心と、飼い主べったりの甘えん坊ぶりが、同じ小さな体に同居しているのです。
では、この傾向は犬種ごとの個性なのでしょうか、それとも体の小ささそのものなのでしょうか。
オーストラリアのシドニー大学のマクグリービー氏らは2013年、49犬種・8301頭の行動データを、犬種ごとの体高や体重、頭の形と照らし合わせました。
すると33もの行動の特徴が体の大きさや頭の形と連動しており、そのうち1つを除くすべてが、飼い犬としては困った行動でした。
その後の研究では、体高や体重が小さくなるほど、物音や見慣れないものへの怖がり、落ち着きのなさ、構ってほしがる行動が目立つようになると整理されています。
小さいこと自体が、気質の傾向と結びついている可能性が見えてきたのです。
そこへ遺伝子の側から切り込んだのが、2016年に発表されたザパタ氏らの研究です。
研究チームは、さまざまな犬種の数百頭の遺伝情報を、犬種ごとに知られている怖がりや攻撃性の傾向と照らし合わせました。
浮かび上がった遺伝子の中には、行動とは縁が薄そうなものが含まれていました。
体の成長を促す物質IGF1に関わる遺伝子と、HMGA2という遺伝子です。
どちらも、犬の体を小さくする変異を持つことで知られていました。
その「小さくする変異」が、留守番中の不安、体を触られることへの敏感さ、飼い主への攻撃性、同居犬との張り合いとも結びついていたのです。
研究チームは、同じ1つの変異が体の大きさと行動の両方に関わっている可能性を提案しています。
小さな体と、不安がりで張り合いの強い気質は、別々に受け継がれた性質ではなく、同じ遺伝子を根に持つひとつながりのセットなのかもしれません。
では、IGF1の領域にある「体を小さくする型」は、どこから来たのでしょうか。
アメリカ国立ヒトゲノム研究所(NHGRI)などの研究チームは2022年、この領域で体の大きさを左右する1カ所の変異に狙いを定め、その起源をたどりました。
すると、小さくする型のほうが、もともとあった古い型でこの型はネコやフェレット、パンダにも共通しており、イヌ科の祖先も、この型を持つ小柄な動物だったとみられています。
この型と体の大きさの関係は、犬だけでなくオオカミやコヨーテでも確かめられました。
一方の大きくする型は、あとからオオカミの系統で生まれた新顔で、その誕生は5万3000年以上前にさかのぼるとされています。
人間は、小さな犬を選んで殖やすことで、この古い材料を小型犬の中に集めてきたと考えられています。
もしザパタ氏らが提案したように、体を小さくする変異が気質にも関わっているのなら、人間は小さな犬を選ぶうちに、気質まで知らず知らず一緒に選んできたのかもしれません。
もちろん、これらは犬種ごとの傾向であり、一頭一頭の性格を言い当てるものではありません。
それでも、遺伝学は、「弱い犬ほどよく吠える」の中身に、確かに迫りつつあります。
参考文献
Breed differences in canine aggression(Applied Animal Behaviour Science, 2008)
https://doi.org/10.1016/j.applanim.2008.04.006
Dog Breeds and Their Behavior(Domestic Dog Cognition and Behavior, Springer, 2014)
https://doi.org/10.1007/978-3-642-53994-7_2
Dog Behavior Co-Varies with Height, Bodyweight and Skull Shape(PLOS ONE, 2013)
https://doi.org/10.1371/journal.pone.0080529
Associations between Domestic-Dog Morphology and Behaviour Scores in the Dog Mentality Assessment(PLOS ONE, 2016)
https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371%2Fjournal.pone.0149403
Genetic mapping of canine fear and aggression(BMC Genomics, 2016)
https://doi.org/10.1186/s12864-016-2936-3
Natural and human-driven selection of a single non-coding body size variant in ancient and modern canids(Current Biology, 2022)
https://doi.org/10.1016/j.cub.2021.12.036
元論文
Scalable high resolution ancestry deconvolution for genomic data
https://doi.org/10.1038/s41467-026-75391-0
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。
大学で研究生活を送ること10年と少し。
小説家としての活動履歴あり。
専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。
日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。
夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部
