日本の京都大学(KyotoU)などの研究チームが、対馬で通常の半分ほどの長さしかない尾をもつツシマヤマネコを見つけました。
ツシマヤマネコが属するベンガルヤマネコの仲間で短尾の個体が報告されたのは、把握されている限り初めてです。
しかも尾に異常のある個体は1頭ではなく、島内の複数地点で少なくとも3頭が確認されています。
研究チームがまず疑ったのは、同じ島で暮らすイエネコ(飼い猫)との交雑でした。
筆頭著者の松本悠貴氏は「珍しい見た目はすぐに交雑を疑わせますが、外見だけで結論を出す前に、ゲノムが実際に何を語っているのかを客観的に確かめたかった」と述べています。
短い尻尾は、本当にイエネコから持ち込まれたものだったのでしょうか。
研究内容の詳細は2026年8月5日に『Global Ecology and Conservation』にて発表されました。
目次
- 対馬のヤマネコは替えがきかない
- 25頭分のゲノムを突き合わせても、イエネコの血は出てこなかった
- では、なぜ短いのか
対馬のヤマネコは替えがきかない

世界中のイエネコの祖先は、北アフリカから中東にかけて分布するリビアヤマネコという野生ネコの系統です。
世界各地にはもともと地元のヤマネコたちがいましたが、リビアヤマネコに人間に好ましい変化が起こり、世界中に拡散していったと考えられています。
たとえば古代中国の遺跡を調べた研究では、5000年以上前から西暦150年ごろまで、人々のそばで暮らしていたのはずっと地元のベンガルヤマネコだったことが分かっています。
リビアヤマネコの血を引くイエネコが中国に現れるのは、そこから数百年の空白をおいた唐の時代でした。
人のそばで暮らすネコの顔ぶれが、地元のヤマネコから外来のイエネコへ、まるごと入れ替わっていたのです。
ナゾロジーにて過去に報告した研究では、その入れ替わりの様子が明かされています。
対馬に生息するツシマヤマネコもまた、昔から対馬に生息していた地元のヤマネコです。
環境省の最新の調査では、島の北部にあたる上島に約90〜100頭が生息すると推定され、南部の下島では少なくとも17頭が確認されている絶滅危惧種です。
このような小さな島に閉じ込められた野生のヤマネコ集団にとって、イエネコとの交雑は病気や事故とは別の形の危機になります。
交雑を繰り返すことで、イエネコ由来の遺伝子は世代を追うごとに集団の中へ散らばっていきます。
一度混ぜてしまった絵の具が元の色に戻らないのと同じで、対馬のヤマネコだけが受け継いできた遺伝的な特徴は、薄まったあとで取り戻すことができません。
実際、ヨーロッパヤマネコではイエネコとの交雑が広い範囲で進み、交雑した個体についてヤマネコとして扱うかイエネコとして扱うかという難しい問題が出てきてしまっています。
対馬のヤマネコだけが持つ特徴を守るには、イエネコとの交雑を避けなければなりません。
しかし2024〜2025年の調査により、尾に異常のある個体が複数地点で少なくとも3頭見つかりました。
環境省はこのうち1頭を捕獲し、レントゲン検査などを行っています。
するとオス成獣の一般的な尾の長さが24.5センチ前後であるのに対し、この個体の尾は10.4センチであることが明らかになりました。
ここで真っ先に疑われたのは、対馬にいるイエネコとの交雑です。
日本の猫には、尻尾が短い個体やカギ状に曲がった個体が少なくありません。
ジャパニーズボブテイルのように、短い尾そのものが品種の特徴になっている猫までいます。
25頭分のゲノムを突き合わせても、イエネコの血は出てこなかった

そこで今回、研究チームはこの短尾個体に加え、通常の尾をもつツシマヤマネコ15頭、対馬のイエネコ5頭、大陸のアムールヤマネコ4頭の、計25頭分のゲノム全体を比較しました。
比べたのは、個体によって1文字だけ塩基が異なる箇所(一塩基多型、SNP)の約380万か所です。
近い世代で交雑があったなら、イエネコ由来のDNAが断片として残っているはずでした。
しかし分析を行うと、短尾個体はツシマヤマネコの集団の中にすっぽり収まり、イエネコとの中間には位置しませんでした。
ゲノムがどの集団にどれだけ由来するかを推定する解析でも、短尾個体はほぼすべてがツシマヤマネコ由来と割り当てられました。
さらに交雑に特化した分析でも、近年の交雑を支持する結果は出ませんでした。
母親からのみ受け継がれるミトコンドリアDNAも、他のツシマヤマネコと同じ型でした。
イエネコで短い尻尾を作ることが分かっている2つの遺伝子(TBXTとHES7)についても、短尾個体のゲノムが調べられましたが、そのような変異は見つかりませんでした。
では、なぜ短いのか

イエネコから証拠が出ないなら、次の容疑者は誰でしょうか。
研究者が提示する別の要因は、近親交配です。
血縁の近い個体どうしの繁殖が続く集団では、体の作りの異常が表に出やすくなります。
ツシマヤマネコのDNAを分析すると、父親から来た配列と母親から来た配列がそっくり同じまま長く続く区間が、平均でゲノムのおよそ6割を占めていました。
イエネコや大陸のアムールヤマネコでは平均1〜2割ほどですから、際立った高さです。
ただ分析では、短尾の個体がほかのツシマヤマネコより特に近親交配が進んでいたという証拠は得られませんでした。
一見すると、近親交配は原因ではなさそうに見える結果です。
ところが、短い尾が1頭きりではなかったという事実とあわせると、別の側面が見えてきます。
研究チームは複数の個体に共通する遺伝的な要因や、体がつくられる過程の異常が潜んでいる可能性をあげています。
とはいえ詳しく調べられたのは1頭だけで、残りは姿勢も角度もばらばらな写真しかなく、3頭の短い尾が同じ現象なのか、そもそも子に受け継がれるものなのかも分かっていません。
それでも、この研究が前に進めたものははっきりしています。
外見から生まれた交雑の疑いを、ゲノムに照らして確かめられたことです。
交雑かどうかの判断は、その個体を野生に戻すか、繁殖計画に組み入れるかという、取り返しのつかない決定に直結します。
松本氏も「絶滅危惧の野生動物を管理するとき、外見だけでは判断を誤ることがあります」と述べています。
研究チームは、さらに多くの短尾個体を調べることを目指し、ふんなどから集めたDNAで捕獲せずに集団を追う手法の整備も進めているとしています。
参考文献
The first short-tailed Tsushima leopard cat
https://www.kyoto-u.ac.jp/en/research-news/2026-09-07
元論文
Genome-wide assessment of suspected domestic cat introgression in the critically endangered Tsushima leopard cat
https://doi.org/10.1016/j.gecco.2026.e04365
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。
大学で研究生活を送ること10年と少し。
小説家としての活動履歴あり。
専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。
日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。
夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部
